亡者

お酒ってのはいいね。嫌なことを平気でできちゃう。シリアルキラーと呼ばれた人だって死体の解体には酒がないときつかった人がいたそうだよ。お酒があればなんだってできる。ずっと好きだった人に告白もできる。ずっと嫌いだった人を殺すこともできる。唾を吐いて地獄に堕ちろと言える。とにかく嫌なことをなんだってできる。酒の力があれば。人から馬鹿にされてばかりで実のところ自分が一番自分を馬鹿にしている。辛いだろう生きるのが、もっと苦しむといい、酒があれば生きていけるさ。なにもかも忘れさせてくれる酒がおまえには必要だ。もっと強い酒を、悪い酒を飲んで寿命を縮めるといい。人間の人生はそんなものだよ。大それたことじゃない。おまえがどんなに苦しもうが、それはまだ、まだこの世界では大それたことじゃない。おまえは胸を時めかせて待っているといい。本当の地獄というものを。どのような肉体的苦痛の拷問をも凌ぐ精神の苦痛がおまえにも必ず訪れるだろう。見たこともないほどの醜い物、それがおまえになる。

俺の知らないところで多くの人が俺を馬鹿にしているんだ。

それがどうした、お前の知らないところでおまえがなんで馬鹿にされるんだ。そいつらは自分の鏡を馬鹿にしているだけだ。可笑しいだろう、みんな自分に向かって馬鹿にしては、嘲笑ってるんだよ。この世は自虐ばかり、自虐地獄だ。自分を殺して苦しまない人がいようか、例え憎き自分であろうとも、それは愛には違わない、愛によって苦しまない人はいようか。みんな苦しみたい奴ばかりだ、一人残らず。だから他者を苦しめたがる、それが自分だからだ。自分の至らなさは他者の中にはより見えてくる。何度でも言ってやろう。おまえは自分しか見てはいない。すべての者が自分だけを見ている。何故他者の中に自分にはないものを気づくことができようか。闇を知る者が何故己れの中にない闇を闇と認識でき得る。

自分の中になければ、どうだっていいことだ。だから平気で他者を甚振る。虐げる。殺すんだ。彼等が純粋でなくて、一体何が純粋というのだろう。

幻想を死ぬまで追い求めるがいい。それはどこにも存在しないものだからだ。

真理も神も本当もそれはどこにも存在しないものだからおまえが息絶え朽ち果てるまで乞い求めるがいい。

親の愛を知らぬ亡者のように。

 

masquer

愛しい人ができたの。
恋人のあなたには少し言いづらいことだけれど、彼は愛する奥さんと子供のいる人で、43歳の役所勤めの平凡でフランス文学と音楽をこよなく愛する素敵な、とても魅力あふれる人なのよ。
親子ほど年が離れてるって?彼はわたしの父親にどこか似ているのかしら。
出会いはレイトシネマをいつも見に行く小さな映画館。
ゴルゴダの丘」をやってたのよ。私イエスを愛してるから観に行ったの。
独りで。だってあなたいないんですもの。
お酒を実は隠し持って行ったの、最近手放せなくって。
ブランデーを瓶飲みしてたら、半分も観ないうちに眠くなっちゃって、駄目ね、わたし。
ちょうど隣にいい枕があったので、借りたの。それがわたしと彼との出会い。
勘違いしないでほしいのだけれど、肩じゃなく、膝のほうよ。
頭の後ろに何か硬いものが当たってるのは気づいてたんだけれど、そのまま夢の世界へ行ったのよ。
もういいやって感じで。相手がどんな顔かも知らない、キモイおっさんかもしれない、でもそんなこともうどうでもいいと思ったのよ。
起きたら輪姦されて冬の港に置き去りにされてるかもしれないと思って眠ったらほんとにそんな夢を見たのよ。
いい夢だったわ。今度夢で逢ったら全員皆殺しにしよう、そう思いながら目を開けたのよ。
肩を軽く叩かれて、目を開けたの、するとそこに彼の顔があった。
彼は教養深い優し気な顔の口元を引きつらせていて、私を透き通った、でも暗い海の色の目で見つめて細かく震えていたの。何故だか。
私はもっさりした動きで起き上がりながら彼を見つめて涎を手の甲で拭ってこう言ったのよ。
「いやぁ、よく寝ちまったなぁ」
彼はそれを聞いた瞬間噴き出したのよ。失礼でしょう。
っておまえのほうが失礼だろって今突っ込んだ?
わたしは彼への恋に落ちた。底の見えない穴のように感じて、今すぐ彼とファックしたいと強く願った。
わたしのあそこは、瞬間的にぐっしょぐしょだったし、彼の立つかどうか少し怪しいちんぽを待って、開いてた。
わたしはまだ酒の回りで全身を侵されていたので、ぼんやりと彼にこう囁いたの。
「立って」
彼は立った。そして私に向かって照れたように微笑みながら言ったわ。
「きみも立てるかい?」
わたしは恥ずかしくなって、途端に顔を真っ赤にしてしまったの。なんて、なんて、積極的な人なのだろう、そう思ったのよ。
言われないまでも、わたしのあそことあそこも、もうこれ以上立たないくらいに立っていたから、恥ずかしくてしょうがなかったけれど、わたし応えて言ったの。
「もう立ってるわ」
彼はまたぷって噴き出して笑った。そして笑い終わって私の目の奥を見ながら言った。
「それは失敬。ぼくの目は少し濁ってるようだ」
わたしは訳がわからないんだけど、証明しようとしたのか、服を脱ぎだしたのね。
彼は慌ててそれを手で止めて、「少しどこかで休んだほうがいい、近くに喫茶店があるから、そこで水を飲もう」
そう言った。
わたしはぐったり椅子に倒れてたけど、それを起こして彼は喫茶店へと連れてってくれた。
行き先がホテルじゃないことに下唇を噛んで、噛みすぎて少し血が出た。
席へ着かしてもらうと、彼は無言でグレーのハンカチを渡してくれた。
わたしが、意味をわからないでいると彼はハンカチで私の口を拭ってくれた。
「ごめんなさい」とっさに私は謝った。焦点がなかなか合わない目で彼の目を見ようと必死になるんだけど彼の目が見えずに見えるのはグレーの海に塗られた赤い血だった。
彼はがぶがぶとわたしに水を飲ませた。そしてトイレに着いてきてくれた。
トイレの中で彼の指が私の粘膜の部分を触って、わたしは何度も吐いた。
で、少しよくなって、わたし彼に言ったの。
「ありがとう。わたし、何かお礼をしないと」
「気にしなくていい。無事に家まで送ってくよ」
私は少し考えて、紙にこう書いたの。
≪わたしは、あなたにあげられるものが一つだけある。あなたがそれを求めるか、求めないか、あなたの自由≫
彼はそれを読んで、私を見つめてまたふわっと微笑んだ。そして俯いて口に手を当てて深く思案するような顔をしてこう訊ねた。
「きみはそれを知ってるのかい?」
わたしは知らなかったけれど自信たっぷりに応えた。
「ええ」
彼は鼈甲の真ん丸眼鏡がとても似合っていて、髪はやわらかくカールして綺麗な栗毛だった。
わたしは彼に見惚れてたの。彼もその間ずっとわたしを静かに見つめていた。
ごくりと小さく喉を鳴らして、彼は応えた。
「ぼくにそれをくれるの?」
わたしは、少女のように「うんうんうん!」って三回も頷いた。
彼は震える口元で「いつ?」と訊いた。
「今からでも」わたしは興奮して言った。
彼は目頭を押さえて、ゆっくり話し出した。自分には、一応愛する妻とまだ幼い子供がいる。もう少し、時間がほしい。ただでそれをもらえるとは、ぼくも思っていない。
わたしは心の中で歯ぎしりした。
突然立ちがあり、「もう帰るわ」そう言ってよろけながらも速足で歩いて行った。
彼は私のコートを持って、急いで追いかけてきて、「待ってくれ」と焦った顔で店の片隅でわたしを引き留めた。
「どこか、別の場所へ行かないか」
必死に、懇願するように、彼のそんな姿を見て、私はもっと激しく彼を困らせてみたいと思った。
「家に帰りたくなったの、送ってくださる?」
彼は悲しそうな顔をして、少しの間のあと、こう言った。
「また会えるかい?」
店にいる客たちの視線を感じて、「とにかく店を出ましょう」とわたしは言った。
そして彼の車の中に着いたとたん、彼は私を見つめて言った。
「考えが決まったよ。今すぐにそれをくれないか」
私は彼の青い闇に浮かぶ漆黒の月のような目の奥を見つめながら小さく頷いた。
彼はその瞬間、優しく微笑んで輪っかにした指を咥えて音を鳴らした。
どこからともなく7人の奇妙な仮面を被った男たちが現れ、わたしは森の奥で髪を持って引き摺り回されて輪姦され、気が付くと港に捨てられていた。
私を犯したのは数えて8人だった。愛しい彼が、仮面を被って混ざってたのよ。
わたしはそれをわかっていて、だからわたしは8回とも、ものすごい快楽の絶頂にいったわ。
わたしは、確かに彼にあげられたのよ、彼の求めるただ一つの私の中に在るものを。
そして、彼の中にわたしが求めるただ一つのものを、わたしはもらえたの。
で、誓ったの。
次に彼に会ったら、彼の私の中に求めるもう一つのものが、私の彼の中に求めるもう一つのものだと。
それは、私は知ってるのよ。
彼を愛してしまったの。
彼はグレーの月に浮かぶ血の色の海。

glass case

私は知らない土地の知らない大きなホテルの中に宿泊している客のひとりだった。

長い廊下の突き当りの壁には天井まであるガラスケースの棚に何体ものフィギュアやプラモと言われるものなのかいろいろなキャラクターを模した小さな作り物がそのガラス内空間にせせこましく皆好き勝手な方角を向いて起立している。

それをじっと見つめる一人の青年は私の知る教徒の一人であった。

私はそれを後ろから覗き、「ああ意外と、こういうものが好きだったのか」と静かに黙って観ていた。

するといつの間にやら教徒の彼は4歳児ほどの幼児に変化しており、私はそれを訝しむこともなかった。

小さくなった教徒はじっと棚を見つめた後、左にある階段を身体を翻して降りていった。

私はそのあとを追った。そして「ああきっと腹が空いたのだろう、今ちょうど昼食が下の食堂で食べられる時間だから」とそう思い、自分も何か食べることにした。

広い食堂の壁と天井は19世紀からそのままのように古く暖色系の色が落ち着く風合いをしているが、この人の多く賑やかで騒がしい空間はまるで先ほどのガラスケース内の色も方向も顔かたちも合わさぬ集団のバラバラに着地した像とよく似ている。

通路を挟んだ長方形のテーブルの右側にこちらを向いてちょこんと彼はもう座って運ばれてくる食事を呆然とした表情で待っている。

私は知り合いをここで偶然見つけたので名前を呼び、彼の隣に座るよう指を指した。

そして私は彼女の真向かい彼の斜め左の席に着いて給仕を呼び適当なものを注文した。

すぐに皿に載った物が運ばれそれまでの私と彼女の談笑が中断された隙を狙った私は彼女とちいさい彼が大口を開けて物を口の中へ運ぼうとしたその瞬間彼へ向けて訊ねた。

「きみはフィギュアやプラモが好きなの?」

彼は物を急いで飲み込んで黒い目玉を丸くして応えた。

「うん」

私はすこし可哀そうなことをしただろうかと気にしながらも、今訊ねないときっと彼は犬や鶏のように一心不乱に食べた後は壁に跳ね返ったごむ毬のようにすっ飛んでどこかへ遊びに行って訊けなくなるだろうと無意識に悟り、自分の食事が冷めるのも忘れてまた訊ねた。

「へぇ、それはいつの頃から?」

彼はそわそわと身体を細かに揺らしながら私の眼をぼんやり見てこう応えたのだった。

「牛乳を食べてた頃から」

私はその返事を聞いた瞬間おかしくてたまらなかったが、笑いを抑えて真面目な顔で言った。

「ほぅ、牛乳をきみは食べるんだね。こう、歯と歯をカチカチいわして、こうして噛んで食べるんだね?」と自分の歯をカチカチと言わせた。

彼はすこし複雑で神妙な顔をしながら微妙な間のあとに、「うん」と応えるとやはり仔猿のように心ここにあらずの目をして目の前の食事を焦って口へ持って行って食べだした。

私はそれを観ながら、この場所は危険だということにやっと気づき始めた。

何故なら先ほどから通路を挟んだ私の左斜め前の席にいる男の視線を感じていたからである。

私はその男の顔を、男が視線をそらした瞬間にさっと一瞥してぞっと背筋が青ざめた。

その男は私のかつての婚約者であったのである。西洋かぶれした細い鼻筋と嫌味なまでの肌の色は今でも豆乳の色をしている。

栗きんとんみたいな色をした髪の色もまるで変わっていない。何故この男がここにいるか、そんなことに今気づいた私は馬鹿者であった。

視線を感じるのは男からだけではなかった、今私の左後ろの方からこちらへ近づいてくる給仕の若い男、彼もたぶんスパイだろう。いったいここに何人ものスパイがいるのか。皆わたしを殺そうと狙いを定めているのだ。

こんな時に限って私は今、なんの武器も持ち合わせていない。しかしこれを気どられては一巻の終わり。私は余裕を見せるため、自然な動きで立ち上がり振り返っては給仕に向かって近づいてまたこの西洋かぶれした男の黒髪がちりちりと巻いた隙間から見える耳元に囁きながら自分の部屋のキーを男の手の中に滑り込ませた。

気づけば教徒の彼も知り合いの姿も消えている。私はここからどうするか、なに何にも考えてはいないのだった。

天井の高い隅の方からタンゴの曲でも静かに聴こえているようだった。

 

 

 

おうなの蚕

 浅野忠信演じる若い男はカウボーイ風のウェスタンな格好で大きな古い屋敷の暗いブラウン系の部屋の中でテーブルの上に乱雑に置かれた様々な物の間に座っている化粧をした美しい老女と向かい合って立つている。

 男は老女を愛している。今、老女の夫は長く日の掛かる用事の為に家にはいない。

 男は自分の想いをずっと黙って押し込めてきたが、目の前にしなやかに少女よりも少女らしい小さく座ったその美しい老女を見つめていると心の奥に張っていた糸を老女の痩せた生白い手の持つ糸バサミでトキンと切られた感覚の瞬間ついに老女をこの手で抱き締め、嫌がり逃げようとする老女の朱い紅の差した唇とその周りを犬のように舐めまわした。

 老女は声をあげながら拒むことをやめず、テーブルの上を這ってまでも離れようとして、男が力を緩めた瞬間、白いレースガウンを羽織った老女は柔らかい風のように、また渇いて二度と潤わない植物のように逃げた。

 男は無我夢中で老女を追いかけた。

 自分がいったい老女に何を求めているかを考える隙も持たせない老女はまるで自分のすべてを知っているはずの逢ったことのない祖母という魔女のように思えた。

 老女はしかし私に何も教えてはくれなかった。

 ただ触れてはならない物を眺め続けることしかできない苦しみしか教えてくれなかった。

 老女が何故これほどに自分を拒むのか男はわかりたくないことを、わかっていた。

 老女はその気の遠くなる生涯のなかにたった一人夫しか知らない、夫しか愛さない女だった。

 男が子供の頃、老女は、老女だった。どの女よりも美しくあどけない艶めかしさは、少年の胸を毎晩、暗闇のなかで撫でて眠りつくのを妨げた。

 何年も自分をなやまし自分を悦ばせ続けた老女の幻想を男は捕まえられずにいられなくなってしまった。

 老女はいつの間にか外に出て、屋敷の壁に凭れるように寝そべり深い息をついていた。

 空は暗くも眩しくもあり男は朦朧とするなか今度は老女を優しく包み込んだ。

 老女は激しく叫び声をあげながら、蚕が脱皮するように身を震わせ、ガウンがはだけ緑の質のいいワンピース姿になって、また逃げた。

 屋敷の重いドアを開け、閉めようとした。男はそれを妨げ、ドアの隙間から身をよじらせて入り、老女をしがみつくように抱いた。

 老女は足でなんども男の体を蹴り、男の体はドアの外に押し出され、老女がまたドアを必死に閉めようとしたその時、また男が入って来て今度は優しく抱きしめられた。老女が狂わんばかりに声をあげて、顔を離し、男の顔を見たら、それは自分の最も愛する夫の顔であった。

Kikkai dream

ひとつめ。

 

「こず恵、結婚しよう」とお父さんが言った。

待っていた言葉だった。さほど驚かず。

そう言ってくれる日が来ることを、信じていたし、来るのはもうわかっていた。

私は嬉しい気持ちを必死に押し隠して平静を装ってお父さんを見上げた。

 

 

ふたつめ。

 

大事な仲間二人と向かうべき屋敷へと向かう。

亀梨には車の中で待ってもらうことにした。やることを済ませればすぐにこの場を後にできるようにするためにだ。

しかしなんとしたことだろう!不覚にも私は屋敷の中で主謀者の男の罠にまんまとはまり人質になってもうた。

驚いたことにその男は我が仲間亀梨の顔にそつくりだったのである。

もう一人の仲間もアホが、俺に続いて縛られてよる。

その瞬間だった。主謀者の男が私を見下ろし、何十人といる隷属者どもらに不敵な笑みを浮かべつつ命令し、何事かを行った。

その瞬間、私の外部情報を視覚的に感じ取る共感覚能力がこんな時にだけ正常に作動、亀梨の乗っている車が爆発したことを知る。

あまりのショックに私はすべての策略を主謀者に白状し、組織の一員になることを誓い私ともう一人の仲間は解放された。

徐々に水没していく屋敷の中、包帯で体中に巻いた視界の悪さもあり暗い階段を降りてゆくだけで疲労と朦朧とした感覚が凄まじく空間が歪んで仕方なかった、しかしその時私は擦れ違っていたのである。

自分とそつくりな男、その男の肩目掛けて後ろから鉄パイプのようなもので思い切り殴った。殴った男は亀梨であった。

殴られた男の肩が機械な音を発して破壊された。主謀者はロボツトだったのである。

亀梨の負った傷はでかく、片目は開かなかったがなんとか屋敷から逃げとおせられた。逃げたあともう一人の仲間の男はまだ屋敷内に居て組織の連中に俺の考えた脚本だとのたまっていたようだ。何故そんなアホな嘘をつくか知らんが、まあアホだったんだろう。もうあいつはほっとこう。

街はまだ締め切った店と灯りを消しきった暗い道ばかりでコンビニでトイレを借りて水を買いたかったがそれも叶わず、亀梨の待つ京国駅へ行こうとするも、どっちに行けばいいのかさえわからない。とにかく真っ暗な道を歩いていると何人かの人たちに会い、京国駅はこっちですかと訊いてみたら合っていたようでほっとした。道路を横断する猫に向かって走っていき「はよ渡れ!」と叫んでは助けてやったりしながら、道の脇で銀狐の傷ついた家族たちに出会っては悲しみ、そんなこんなしているとまた亀梨から電話、電話に出て亀梨が学校に行くまでに会いたいと言っていたので「学校は何時から?」と訊くと「明日の昼から」と言う。明日の昼までに会いたいということは今から向かう京国駅はそれまで着くかわからないくらいに遠いということかと途方に暮れてると電話が切れてしまう。とにかく暗い道を一人でとぼとぼ歩いてゆく。崖を上るちいさなイノブタを応援しているとまた電話がなり、すぐに切れてしまう。こちらからかけて、間に合うかどうかわからないし、この暗さだし、迷ってしまいそうだ、今日はもう怪我の傷もあることだし、会うのはやめたほうがいいんじゃないかと言い、黙り込んでいる亀梨に正直に言った。「命を助けてもらったのに、なんか感謝を伝え切れない、つまらないことしか言えそうにない」携帯の向こうからは亀梨の無言の寂しげな感覚が伝わってくる。この電話、電話代がはんぱないんだ、ごめん。と言うと「時間計ってないと」と優しい声で返って来た。今日は会うことはやめることに同意してもらって電話を切った。

切ったあと、ふと寂しくなる。命を懸けてまで助けてくれたのに、今日死んでもおかしくない傷を亀梨は負っていたのに、今日は会わないほうがいいと私は言った。

もう今日しか会えないということを亀梨は感ずいていたんじゃないのか。

でも電話をかけることがもうできなかった。

自分は、死んででも亀梨に会いに行きたいという気持がなかったことをわかっている自分が会おうとすることを拒んだようだった。

亀梨は、自分から会いに来ることができないくらいに、負傷していたことを心の奥で私は解っていたのに。

思えば、自分の帰る家がどこにあるのか思い出せない。

意識が戻ると、なんとしてでも会いに行けばよかったと後悔した。

 

 

SILENT FILMS

田んぼと田んぼの間の道を通り抜けて田んぼの中に足を入れた。

お父さんに持っていかなくちゃならない小さい田んぼを手に持って。

その田んぼを田んぼの中に入れて、田んぼの泥濘は甚だしく、ほんま気持悪かったわ。

足を膝上までずぶらせとったからなあ、だってもし中に死体でも沈んでる可能性もないわけじゃなし。

田んぼから上がって足を洗ったよちょうどあった水道で。

しかし汚泥を流したところで、もう間に合わんのんちゃうんか。

その頃、幹部のまだ三十六歳の町田康は全身白い服着て誰の結婚式か知らんがチャカをぶっ放す機会を待ちあぐねていたと思うともう撃ってた、ケーキに入れる刀より一分かそこら早い時間やろ、真っ白な町田の服に返り血、突っかかるようにして後ずさり、でかいケーキの台に背中が当たった、その場におったヤクザたちに一斉に撃たれてずりずりと腰を抜かし目ぇ見開いたまま町田幹部のあっけない最期、まるでサイレントフィルム。

後でわかったことやけど目的のヤクザの宅間守はその場に来てなかった。

個人的な恨みというが、うちの大事な幹部殺されてたとき、俺、田んぼの横で足あろててんで?自分に対して納得行かんやろ、これ。

俺の拘束具をだんだん増やして行くことで俺が重くなっていくから俺の形に凹んだ地面で作れるものがあなたの拘束具になっていることを。ええから聴いてください、町田幹部、俺の流したあの時の汚泥とあなたが流した返り血の細胞が入れ替わってしまったみたいなんですよ、あなたの拘束具が俺の昨日から離れたときに俺が父親に小さな田んぼを二つかそこら持っていかなくちゃならなくなって、でも実はあの時俺、自分の拘束具で自分を縛ってて暗い部屋で自分の吐き出した汚泥で型を作ってたんですよ、それが何か今わかって、それ町田幹部の明日の拘束具だったんですよ。町田幹部、わかりますか?これ長くて短いサイレントフィルムで、目が覚めると跡形もなく消し去ることだってできる世界だったんです。でもあなたの死にざまは現実のどの色より、鮮やかでほんまかっこよかった。俺は今誰が観てるサイレントフィルムの中にいるんや。

暗黒の愛

鏡の向こうに、誰がいるんだ。

鏡の向こうに、君はいるの?

鏡の向こうに手を伸ばした。その手は切断され床に転がった。

ボテッ。その切断面から魔物が出てきて僕に言った。

「マッシュルーム、腐らんうちにはよ食べや」

僕は魔物を壊した。

よく見たらゴキブリに似ていたのだけれども、喰うた。

意外と、んまかった。

僕の一番の猟奇サウンドトラックアルバムは「Romeo + Juliet」の一枚目のサントラだった。兄が持っていたものを隠れて勝手に聴いていた。

映画は別に猟奇的な映画ではないのに、なんでこんな猟奇的なアルバムかと思うかと言うとその当時97年の僕の頭ン中が猟奇的だったからだ。

このアルバムを聴きながら僕は兄の買ったシリアルキラー特集の本を兄が仕事に行ってる間こっそり兄の部屋で読んでいた。全部兄にからんでるのである。

16歳の僕。酒鬼薔薇は当時15歳で後に彼はゴキブリを生きたまま喰うた。

彼の猟奇的なものがまだ克服されていなかった証である。

しかしこのサントラはなんと素晴らしいのだろう。

久しぶりに聴いて感激している。

あの頃の世界が蘇えってくる。

あの頃、僕の人生の中で一番の色っぽい時期であった。

何故、猟奇的なものが色っぽいのか、何よりも。

それは、神に背いているからだろうか。

吸血鬼や暗黒組織、悪魔崇拝などが色っぽさを伴っているのと同じで、それらは闇に属する者たちである。

何故、闇は、色っぽいのであろうか。

僕はちょっと前に、悲しみがこの世で一番色っぽいことを提唱した。

悲しみは愛によってしか起こらない現象だからである。

なので「愛=セクシー」という論理を私は自信を持って掲げる。

しかしどうしたことだろう、猟奇的犯罪が、色っぽいことを私はどう説明するかを今から自分に対して期待しよう。

チープスコッチウィスキイに期待するぞ。

私は「モンスター」という連続殺人者の映画がすごく好きなんだけれども、あの映画を観ても、私はものすごい色っぽさを感じたのである。

同時にそしてそれは、やはり悲しみであった。

悲しみのない猟奇的犯罪が、この世に存在するのだろうか。

「モンスター」は猟奇的犯罪ではなかったけれども、その冷酷さは猟奇と紙一重なものであると感じる。

早々と俺は答えをゆうてもうたが、悲しみというものはすべてセクシーであるようだ。

未だ解明されていない暗黒組織の悪魔崇拝者達はその暮らしの中で定期的に赤子の死体から血を搾取し、飲み干すという儀式と、その血肉を喰らうという儀式を続けている、という巷の噂である。

しかしこのサントラにはThe CardigansのLovefoolという「ラブミ~ラブミ~セイダッチュラブミ~♪」というあまりにラブミーな曲も入っていてこれを聴きながら俺は僕はシリアルキラーの猟奇的犯罪の描写を読んでいたのだから、相当キている、というのは今でも冷静に思う。

そしてその次には「ッテッテレッテッテテレテ~」というあまりに明るいナンバーであって、よくこんなサントラ聴きながら俺は読んでたなと懐かしく思うのだった。

話を戻すと、暗黒崇拝者はその悲しみにおいて、セクシーなのだ。

悲しみを感じない猟奇的犯罪者はおるか?

日本では人肉を食べる欲望を抑えられなかった佐川一政という私のもう一人の愛する猟奇犯罪者がいるけれども、佐川さんもすごくセクシーな人だと私は感じる。

最初に彼を知ったときは吐き気を抑えられなかったけれども、徐々に私は彼の悲しみを愛していった。

私はただ、悲しみの深い人が好きなのだ。

悲しみの深い人に何より魅力を感じるのだ。

酒鬼薔薇は猟奇的犯罪を行ったという時点でその悲しみの深さを15歳の私は読み取ったのだろう。

そしてこのサントラアルバムの核になっているRadioheadの「Talk Show Host」という曲は私が16歳でRadioheadにはまるきっかけになった曲で、この曲の悲しみと寂しさはものすごく猟奇的犯罪の悲しみと孤独を表せている曲だと思う。

あまりにセクシーな曲だ。

あまりに悲しく寂しい曲だ。

セクシーで悲しくて寂しくて暗黒的な曲が詰まっている、また楽しい曲も狂気的な色合いと切ない今はなき想い出をうまく出せているこのアルバムは傑作であり、このアルバムは僕と僕の愛する今は亡き父と一緒に夜の車の中で当時一緒に聴いた想い出のある大切なアルバムだ。

悲しみを愛する者は猟奇的犯罪も愛してしまうということを私は夜の星の見えないぼわーっとした空に投げかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Romeo & Juliet (1996) – Radiohead – Talk Show ...