浅野忠信演じる若い男はカウボーイ風のウェスタンな格好で大きな古い屋敷の暗いブラウン系の部屋の中でテーブルの上に乱雑に置かれた様々な物の間に座っている化粧をした美しい老女と向かい合って立つている。
男は老女を愛している。今、老女の夫は長く日の掛かる用事の為に家にはいない。
男は自分の想いをずっと黙って押し込めてきたが、目の前にしなやかに少女よりも少女らしい小さく座ったその美しい老女を見つめていると心の奥に張っていた糸を老女の痩せた生白い手の持つ糸バサミでトキンと切られた感覚の瞬間ついに老女をこの手で抱き締め、嫌がり逃げようとする老女の朱い紅の差した唇とその周りを犬のように舐めまわした。
老女は声をあげながら拒むことをやめず、テーブルの上を這ってまでも離れようとして、男が力を緩めた瞬間、白いレースガウンを羽織った老女は柔らかい風のように、また渇いて二度と潤わない植物のように逃げた。
男は無我夢中で老女を追いかけた。
自分がいったい老女に何を求めているかを考える隙も持たせない老女はまるで自分のすべてを知っているはずの逢ったことのない祖母という魔女のように思えた。
老女はしかし私に何も教えてはくれなかった。
ただ触れてはならない物を眺め続けることしかできない苦しみしか教えてくれなかった。
老女が何故これほどに自分を拒むのか男はわかりたくないことを、わかっていた。
老女はその気の遠くなる生涯のなかにたった一人夫しか知らない、夫しか愛さない女だった。
男が子供の頃、老女は、老女だった。どの女よりも美しくあどけない艶めかしさは、少年の胸を毎晩、暗闇のなかで撫でて眠りつくのを妨げた。
何年も自分をなやまし自分を悦ばせ続けた老女の幻想を男は捕まえられずにいられなくなってしまった。
老女はいつの間にか外に出て、屋敷の壁に凭れるように寝そべり深い息をついていた。
空は暗くも眩しくもあり男は朦朧とするなか今度は老女を優しく包み込んだ。
老女は激しく叫び声をあげながら、蚕が脱皮するように身を震わせ、ガウンがはだけ緑の質のいいワンピース姿になって、また逃げた。
屋敷の重いドアを開け、閉めようとした。男はそれを妨げ、ドアの隙間から身をよじらせて入り、老女をしがみつくように抱いた。
老女は足でなんども男の体を蹴り、男の体はドアの外に押し出され、老女がまたドアを必死に閉めようとしたその時、また男が入って来て今度は優しく抱きしめられた。老女が狂わんばかりに声をあげて、顔を離し、男の顔を見たら、それは自分の最も愛する夫の顔であった。