2019-01-01から1年間の記事一覧

Sad Satan

彼女と別れて、4年半が過ぎた頃のことだった。同僚の送別会のあと、ウェイターの男はタクシーを呼んだ。酷くお酒を飲みすぎてしまったからである。皆、帰ったあとの薄暗いカフェにはウェイターの男の姿だけが窓から見える。ソファーの席に深く腰を沈めて目を…

ミルク先生とシスル

『わたしは以前、数ヵ月間だけ、シスルという生き物を飼っていたことがある。』 教室の窓から、肌寒い春の風がシスルの真っ直ぐな少し伸びた前髪を揺らし、ミルク先生は静かに目を瞑る。シスルは今日も、大好きなミルク先生に自作の詩を放課後に読み聴かせて…

暗灯

今、きみを知るとき。きみが生まれる。宇宙の、見えない場所で。きみには未来もなく。過去もなく。今もない。きみは今も、いない。きみには夢もなく。世界もなく。星もない。きみは今も、観ない。今、時が過ぎ去るとき。きみが生まれる。闇の底の、独りの宇…

ひよこまめのぽーぽー

(この行を消して、ここに「迷い」と「決断」について書いてください) こう、俺の部屋の窓から、俺は遠くを観てるとするやんか。 すると、あの長い、直立して立っている棒はなんなんだと気づくんだね。 あれあんな棒、立ってたっけ。 で、あれはなんなんだ…

iが終わり、きみがはじまる。

iが終わり、きみがはじまる。 きみは、iがない。 iは、きみのなかにない。 終わったあと、きみは生きてきた。 でもきみは、やっと見つけた。 きみは、iを見つけた。 ちいさな、肉体を纏ったそのi。 きみははじめて、iを見つける。 はじめて、きみはiと出会う…

Home Helper

惰飢えは本当の、天涯孤独となった。 だから、天はこの惰飢えに、干支藻を与えたのである。 それは丁度、惰飢えが、実の姉にLINEでこう送った次の日のことであった。 「もう二度と、わたしから話しかけることはありません。さようなら。」 この日から、惰飢…

半月の戯れ

半月の戯れを閉じ込めて光のドアを硬く閉める薄明りの階段を上って、投げ入れる空中の湯のなかに、半月のタブレット花の匂いと共に時が現れる彼女は、小さな胸のなかでレースカーテンで隔たれる連れ去るように生れ落ちる半月は泡と香りと湯気となりこの階だ…

これを犯したのは、だれなのか

深夜零時半、ひとりの少女が、人けのない路肩を歩いている。 この少女は、何を考えているのか。 その顔は、何かに怯えているようにも見える。 その顔は、何かを待ち望んでいるようにも見える。 ほんの一瞬、目を離した隙に、少女が味わったものを。 それは目…

肉塊

俺はこの先も、人間を愛するだろう。 愛するほど、その者を殺したくなるだろう。 俺は目に見える。 正面に美しい君がいてその顏面にショットガンの銃口を突きつける。 真っ赤な蓮の花のように散らばる肉片、醜い肉の塊。 それが君のすべてであるし俺のすべて…

灰の馬

そこには神が燃えていた。 だがよく見ると、それは街であった。 暗黒の夜に静かに、街が燃えていた。 煌々と燃え盛る炎のなかで、馬の嘶く声が聴こえていた。 馬は蒼褪め、死者のような色をして街の広場で燃えていた。 傍には涸れたみずうみがあった。 この…

エリヤの火

右の手にはイエス、左の手には洗礼者ヨハネが立つ。どちらが本物の救世主、エリヤだと想う?天はかしら。爪先は温泉に浸かっている。腹には死が宿っている。彼女が産むのは誰なのか。産みの聖母よ、貴女は誰の子を産むつもりか。子宮のような洞窟で、男が詩…

nostalgia

男は洞窟のなかで酒の入ったカップを手に、一人の幼い少女に話し掛ける。季節は真冬だというのに足は脛まで水に浸かりながら。 聴いてくれ。一人の愚かな男が、たった一つの救いをそこに見つける。なんだと想う?男は見つけたんだ。やっとそれを。泥沼のなか…

ノスタルジア

男は微笑み、そこに見える幼い少女に向かって話し掛ける。面白い話をしてあげよう。独りの死に至る病の男が、或る夜、 酒に酔って泥沼のなかにはまってその底で眠ってしまう。すると一人の孤独な悲しい女がその男を見つけ、助けようとする。沼の岸辺で力尽き…