ーLight of deathー死の光

天の父ヤーウェは、最初の人として、リリスLilith)という名の女を創造した。

リリスが地上で目覚めると側に一人の天使が座っていて、彼は彼女に向かって言った。

「愛しい我が娘、リリスよ。わたしはあなたを育てる為に天から降りて来て此処に来た。あなたはまだ幼く、多くの教えを必要とする者だからである。あなたはわたしのことを母と呼んでも良いし、父と呼んでも良いが、あなたの真の父の名はヤーウェであることを忘れないでください。わたしの名は、あなたが最初にわたしを呼んだ名にしよう。さあ好きなように、わたしを呼びなさい。」

幼い少女リリスは、あどけない微笑みを浮かべながら彼の美しい目を見つめて言った。

「ナァマ、ナァマ、ナァマ。」

彼は男神であったが、どうやらちいさなリリスは彼を母として認識したようだ。

彼は彼女に微笑み返すと、頷いて言った。

「今日からわたしの名はナァマである。わたしはあなたが成長するまで此処にいて、あなたを一人で育てる。あなたが成長する日まで、わたしはあなたの母となる。」

そう言うと彼はリリスを抱き上げ、膝の上に載せて身体を揺り篭のように揺らした。

リリスは嬉しそうに声を出して笑った。

この幸福な時間がこのエデンで、三十年ものあいだ続いた。

彼は悲しみを押し殺し、成長した彼女をひとり地上に残して天に帰った。

天でヤーウェは、彼女の為に、最初の人の男を創造した。

神はそれをアダム(Adam,土と血の意)と名付けた。

それは実際に、血を飲んだ土によってできたからである。

神が息吹を吹き込んだ瞬間、アダムは目覚め、側で自分を見つめ下ろすリリスに向かって言った。

「アァパ…。」

アダムの目は不安に揺れていて、リリスの彼を見つめる目は冷たかった。

そのとき、天から声が降りて来て、リリスに及んだ。

リリスは天の父に代わって、アダムに向かって言った。

「アダムよ。お前の名はアダム。最初に創られた人の男である。お前はわたし、リリスと同じ土と血によってできた。お前はまだ幼く、何も知らないが、やがてわたしとお前は夫婦となり、地に子孫を繁栄させることが父の望みである。」

そう冷ややかに言い捨てるとリリスはちっぽけなアダムの側を離れた。

ちいさなアダムは、言いようのない悲しみと寂しさを覚えて涙と鼻水を流した。

これを天から見ていた神は、夜の泉の淵で不貞腐れて佇んでいるリリスに向かって言った。

リリスよ。何故お前は生まれたばかりの自分のひとり息子を放ったらかしにしているのか。今すぐ行って、アダムを抱いてあげなさい。あなたは彼のたったひとりの母親なのだから。」

リリスはこれを聴いて、地に突っ伏して泣きながら言った。

「おお、わたしの愛する天の父よ。どうかわたしに母(ナァマ)を戻してください。わたしは彼なしで、此処で生きていたくありません。わたしは息子など欲しくなかったのです。わたしは愛するナァマさえいればそれで良いのです。」

天は黙し、彼女に返事をしなかった。

その夜、仕方無しにアダムに乳を与えながら眠っているリリスの夢のなかに神は降りて、彼女に言った。

「わたしの愛する娘、リリスよ。あなたに本当のことを話す。ナァマは、実は何処にも存在してはいない。彼はわたしが操っていた傀儡(くぐつ)であり、実体はわたしの霊であって、ほかの何者でもない。彼はまた、物質的存在ではない。あなたが感じて、触れていた彼のすべては幻である。だがこれをあなたがそのとおりに信じて、あなたが悲しみのなかに生きてゆくことをわたしは望んではいない。もし、悲しむばかりならば、この夢の記憶をあなたのなかからわたしは消し去る。だが、リリスよ、わたしはあなたを地に残して去らねばならなかったとき、どれほど悲しかったか。わたしは確かにあなたの父であり、また母なのである。人類の子孫を、この地に繁栄させることの目的と理由と意図は、あまりに複雑で、それはあなたに理解することはできない為、まだ話すときではない。」

そののち、リリスは自分の心を殺した。そうすることで、すべてに対して、といっても彼女にとっての”すべて”とは、天の父、神の存在であったが、リリスは神に対する最も良い報復の方法を知っていたからである。

真の暗黒が、彼女を包み、何より優しく抱いた。

その暗黒は、己を真の死へと至らしめるものであると彼女は知った。

或る夜のことである。神は最初の子、光を齎す者ルシエル(Lucifer)を地上に降ろした。

彼はリリスの暗黒の闇を壊(やぶ)り裂くと、光のなかで彼女を抱き、恍惚となって言った。

「わたしの愛する人リリスよ。わたしはあなたを妻にする為、天から降りて来た。あなたは最早、処女ではなくなった。光の子を無数に産み落とし、彼らのすべてを、あなたは支配するだろう。」

リリスは納得し、ルシエルを抱き返すと眩しい光のなかに彼女の闇は溶けてゆき、果たして彼女は、二度と戻らなかった。

即ち、このときリリスは、ルシエルに完全に侵食され、二人は真の一体となった。

天の父、神はこの存在を、サマエル(Samael)と呼んだ。

それは「わたし(神・EL)の毒(Sam)」という意味である。

サマエルは、両性具有の神(半神半人)であり、のちに人々は彼(彼女)をサタン(Satan)と呼んだ。

このとき、アダムはまだ幼かった。自分の母リリスに突如、男性器が生え、その風貌や身体が勇ましく、逞しくなったことに対しても、特に関心を示さなかった。

アダムは、母から愛されないことが関係してか、人として欠陥していたからである。

サマエルは、愛する可愛い我が子の下となって生きようと並々ならぬ努力をつづけた。

だがアダムは、何処までも欠失していて、幼稚であり、霊性があまりにも低かった。

とうとう、アダムが三十の歳になったとき、サマエルは自分が下になりつづけることに堪えられなくなり、彼のもとを去った。

天の父は、この哀れなアダムの為に、第二の妻を創造した。

アダムは、自分の肋骨から創られたこの幼い妻を、最初ハウヮ(Hawwa)と名付けたが、のちにこれを「ハッヴァ」と呼ぶようになった。

それは真に生きており、また呼吸していたからだった。

アダムは、自分の妻であり、また母であるリリスに捨て去られて自信を完全に喪失していたが、ハッヴァの愛らしさは彼を人として立ち戻らせ、真の幸福へと至らせるものだった。

アダムはハッヴァを我が娘として何よりも愛して育て、ハッヴァは成長しても彼を「アーム」と愛情を込めて呼び、父として愛した。

だが、ハッヴァが真に求めていたのは父でも夫でもなく、母であった。

神は天からハッヴァの寂しげな顔を見つめていた。

アダムもそれに気づいていたが、彼女の前で気付かない振りをした。

時は過ぎ、ハッヴァは女として十分に成熟する十六の歳になった。

天から朝の光線と共に声が降り、アダムのところに臨んだ。

「愛するわたしの被造物であるアダムよ。あなたの妻は真になにひとつ穢れることなく成長しました。あなたが母性を深め、無償の愛で彼女を愛しつづけたからである。だが今こそ、あなたは彼女と交わり、肉なる契を交して夫婦となるときである。その日こそ、この地で何よりも祝福される日となる。それはこれまでこの地に於いて、最も幸福な日となる。」

しかし七日間が過ぎても、アダムは彼女の身体に指一本触れることはなかった。

神は、二十二日間待った。だがハッヴァは相変わらず、処女のままであった。

神の悲しみの怒りは嵐と雷鳴となって彼に襲った。

アダムは圧し折れた樹にしがみついて天に向かって叫んだ。

「神よ…!どうかお許しください。わたしにはできません…!彼女はいまでもわたしに母を求めており、わたしに夫を求めてはいないからです。愛する天の父、彼女はまだ未熟で、心はまったく幼いのです。彼女と交わることは、わたしにはとうていできません…!」

すると神の声は稲妻のあとの轟きと同時に彼の処へ落ちてこう言った。

「アダムよ、黙りなさい。わたしはあなたの創造者である。あなたが何故、彼女と交わることができないか、わたしにはわかっている。あなたは恐れているからです。自分を棄てたリリスとハッヴァを重ね、同じことが起こることをあなたは恐れている。あなたはあまりにも弱い。その弱さが何処から来ているか、わたしが教えよう。それはあなたが今もあなたを許せないからです。あなたがあなた自身を受け容れることができないからです。あなたの申し開きを、わたしは聴きません。それは真実だからである。」

アダムの悲しみの何倍も神の悲しみはそれは深く、無限に拡がりつづけ、地上の植物はすべて枯れ果て、忽ちに地の全土は荒野と化した。

神はひとつのことを決心し、再びサマエルを天から地に降ろした。

その夜、ハッヴァはアダムと共に泣きつかれて、アダムの隣で眠っていた。

サマエルが其処へ近づくとハッヴァだけを抱き上げて少し歩いた場所にある泉の側に彼女を優しく下ろした。

ハッヴァは神の息吹と、アダムとリリスの血と肉と骨によって創られたものだった。

彼女の何よりも愛らしい寝顔を見つめながら、サマエルは静かに囁いた。

わたしはこのときを待っていた。わたしはなにものも恐れない者であることを、わたしに証明するこのときを。わたしは、全能者である。わたしはわたしに背くことを真の喜びのなかに行える者である。

そして彼は、自分の娘である彼女と肉なる交わりを通じて夫婦となり、のちにアダムを葡萄酒によって誘惑し、彼とも同時に肉の交わりを通して三位一体の(三者によるイニシエーションを行う)者となり、天の父なる神に対する最も罪深い反逆者と呼ばれるようになった。

だが神は、すべてを知っておられる。

神はサマエルを、「我が彷徨える悪意」と呼び、同時に彼を、

「(我が)死の光(Light of death)」と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Arovane - Sicht