Across a Night

いつもここを通る。この道を。

薄気味悪い墓地の前に車を止める。

時計を見ると、3:41 AM 男はバックミラーを見る。

Uターンしていつものガスステーションに向かって車を走らせる。

レジに駐車Noを伝えガソリンを入れ支払いを済ませ、いつもそこの24時間営業のコンビニに入り浸る。

窓際のカウンターに座っていると、予想が当たった、今夜も彼女がわたしのところにやってくる。

彼女はわたしの隣のスツールに座るとカウンターに頬杖をつきながらわたしの顔をじっと見詰めている。

わたしは振り返って、彼女に微笑みかける。

「今日もここで仕事?」

彼女はそう尋ねる。

わたしは頷いてから応える。

「締め切りが明日なので、すこし焦っています。」

「それじゃ今日は話してる暇もないね。」

「いや、話すことはできます。あなたと話すとリラックスしながら集中できて、とても捗るのです、是非話をしてください。」

「それじゃ、ちょっと話したかったことを話すよ。今日、気づいたことなんだけど、ぼくの好きな曲を、ぼくは今日も繰り返し聴いていた。なんでこんなことをきみに話すのかっていうと、きみもぼくと同じくらい音楽マニアだからなんだけど。それで、今日ぼくは発見してしまったんだ。いや、耳で気づいたから発聴と言っていいかもしれない。その、何に気づいたかっていうと、不思議なノイズ音がずっとしていることに今頃気づいたんだよ。それでそのノイズ音がさ、とても、サブリミナルっぽい音をしているように聴こえるんだ。たぶん、あれはそういう音なんだ。でもその音は、たぶん作曲した本人が意図したサブリミナルじゃない気がしたんだ。あの音は確かに作曲した彼が入れた音で、実際に曲に入っている音なんだけど、その音が不思議なことに、誰にでも聴こえる音じゃない音なんだ。うまく言えないけど、聴こえる人と聴こえない人とに別れるような音な気がしてしかたないんだ。そういう風に感じたことって、きみもある?」

「あるような気もするし、ないような気もするし…。」

「結局、どっち?」

「たぶんあるような気がします。」

「やっぱり!きみとは結構、いろいろ合うことが多いもんね。それを聴いてなんだか安心したよ。ちょっと待ってて。ホットドリンク持ってくる。」

彼女の後姿を目で追う。煙草の棚に挟まれた白い壁にかかった時計の針は午前3時41分を指している。

ラップトップに向き直って、適当な言葉を羅列してゆく。

マグカップを手に二つ、スナック菓子の袋を脇に挟んだ彼女が戻ってくる。

「今かけたんだ、この曲のことだよ。聴こえる?」

わたしは目を瞑って耳を澄ませ聴き取ろうとする。

「うーん……。」

「ぼくもイヤホンじゃないと絶対聴こえない音なんだ。」

そう言って彼女は笑った。

目を開けて、彼女がいることを確かめた後、わたしも笑い返す。

 

土砂降りの雨のなか、車を走らせている。

いつもは通らない道、今日に限って、何故かあの分かれ道を左に曲がった。

カーラジオからとてもいい音楽が流れている。誰の曲だろう…?

とても哀愁が籠った、メランコリックで不安げな、それでいてすごく切ない曲だ。

その時、この雨のなかに傘もレインコートもなしで道路脇に突っ立ってヒッチハイクのサインを出している人影を見つける。

ヒッチハイカーなんて初めてだ。どうしようか。戻って、観てみて、怪しげな人間だったら乗せるのはやめようか。

Uターンして反対車線を戻る。人影は道路を渡り、運転席の窓を覗いている。

女性だ。少年のように華奢な…。眼を瞬かせてとても困った様子で窓をコツコツと叩いている。

回って助手席に乗るようにと指で促す。

ドアを開けて水を滴らせながら乗り込んでくる。

本当にずぶ濡れだ・・・。

「ありがとう。この道路、誰も通らなくて、死んじゃうかと想った。」

わたしが返事に詰まっていると「そんなに遠くないんだ、ここから先、たぶんあと7kmほど、この道を真っ直ぐに行けばぽつんと陰気なガスステーションがあるから、そこまで乗せてってもらいたいんだ、御礼は勿論するよ。いまは何も持ってないけど…。」と彼女は言う。

時計をふと見ると3:39 AM こんな時間に、こんな場所で、しかも大雨のなか、女性が一人でいるなんて危ないにも程がある。

返事はせずに暖房をつけ、車を走らせる。

「ありがとう。すごくあったかい、身体の芯まで冷えちゃってたから、助かるよ。親切な人がいて良かった。」

無言で車をただ走らせる。

「なんかすごくいい音楽が流れてるね。これ誰の曲だろう?」

「さあ、ラジオですから。曲が終わればわかるかもしれません。」

「もうすこし音量を上げてもいい?」

わたしが頷くと彼女が右手を伸ばしてつまみを回す。薬指に指輪をつけている。

婚約者がいるのだろうか。

「あれ、終っちゃった。曲名もなんも言わなかった…。」

「残念ですが、よくあることです。たぶん曲の始まりに言ったんでしょう。」

彼女は黙って窓の外を眺めている。

窓に映った彼女を見詰めていると窓越しの彼女と目が合う。

気が動転して正面ガラスに向き直る。なんてここは暗い道なんだろう。

「いつもはこんな道を通ることはないんです。何故か今日はたまたま、この道に曲がってしまったんです。」

「きっと神の思し召しだよ。だってきみがここを通らなかったなら、ぼくはきっと死んじゃってたよ。」

何故か動悸が急に激しくなる。

「軽々しく、死ぬとか、言わないでください。」

「ごめんなさい。悪い冗談だね。もう言わないよ。」

カーオーディオのボタンを押す。音楽が流れだす。

「あれ、この曲、さっきの曲?」

「そうです。録音しておいたのです。」

「それはすごい!そんな機能があるんだ。それじゃこれでこの曲を永遠に聴けるね。」

「はい、聴きたいだけ聴いていられます。」

「きみとぼくは音楽の趣味が合いそうだね。」

「それはよかったです。」

「ぼく、実は家を飛びだしてきちゃったんだ。婚約者と大喧嘩しちゃったんだよ。いつものことなんだけどさ…。」

「きっとそんなことだろうと想いました。」

「心配してるかな。」

「きっと今頃、泣き濡れていることでしょう。」

「でも戻らないよ。彼を心配させるために飛びだしてきたんだもの。」

わたしが黙っていると、「すこし眠ってもいい?」と彼女が尋ねる。

「眠ってください。疲れているでしょう。」

「うん、実はすっごい疲れてるんだ。それじゃすこし眠るよ。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。着いたら起こしてあげますから。」

「うん。ありがとう。」

延々と同じ曲が流れつづけるなか、彼女は静かに眠っている。

窓に当たる雨は水滴になり下に落ちてはまた上から落ちてくる。

 

 

窓に当たる水滴が流れ落ちるのを眺めていると彼女が戻ってくる。

カップを二つカウンターに置いてスナック菓子の袋を開けて頬張る。

わたしは意味のない言葉をラップトップの液晶上に羅列してゆく。

「やっぱりぼく邪魔じゃない?」

わたしは彼女に向き直り、ゆっくりと首を横に振る。

彼女は笑顔になり、「はやく一緒に暮らしたいな。」とわたしに言う。

「赤ちゃんがいるかもしれないし…。」

 

 目の前に、彼女の死体が、

冷たい雨に濡れながら、夜のなかで、眠るように安らかな表情で横たわっている。

 

いつも夢遊病者のように運転している自分に気づく。

誰もいないのに、いつもこうして運転している。

いつまでも、同じ道を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


oOoOO - Across a sea

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

With you

彼が一つの現場で写真を撮り、今日の仕事を終えて宿泊しているモーテルに帰って来たのは午前2時過ぎだった。

今日は朝起きた時から、酷く憂鬱だった彼は汗ばんでいたがもうシャワーも浴びずにベッドに突っ伏して乳呑み子のように眠り続けたい気分だった。

ドアを開けてなかに入り、電気も点けずに月明かりだけを頼りにデスクにカメラを置いた。

小さなショルダーバッグを床に下ろし、上着のシャツを脱いで椅子の背にいつものように掛けようとしたとき、椅子がなくなっていることに気づいた。

その瞬間、彼はベッドの隣に、何者かが椅子に座っていることに気づいた。

こんな暗がりのなかで、しかも人の部屋に勝手に侵入して椅子に静かに座っているなんて、考えられないことだが、確かにだれかがそこに座って、じっとして動かなかった。

彼は電気を点けようかどうかを迷った。

しかし電気は点けるのはやめて、抑えた低い声で話し掛けた。

「何か…俺に言いたいことがあったの…?」

相手からの返事はなかった。

彼は仕方なく、ベッドの方に静かに歩み寄り、椅子に座る者から向かって左側にあるベッドの一番端に腰を掛け、微妙な距離から椅子に座っている者に向かって、また静かに話し掛けた。

「でもあれだね。俺みたいな撮影者と被写体の関係って、不思議だね。距離を縮めようとしてどんな風に撮っても、いまだにどうやっても近づく方法がわからない。」

椅子に座っている者はどこかを見つめている様子もなかったが、聞き耳を立てているだろうと彼は感じた。

彼は、その存在にいま手を伸ばしたら、触れられそうな気がした。

しかし、それを躊躇った。

その代わりに、彼はその完璧な美しさの象徴体を、改めて眺め渡した。

そしてすべての存在は、此れに到達しようとしていることは、間違いはないのだと確信し、目の前に在る過去が、自分の未来であることの謂い知れぬ悲しみと恍惚さのなかで、何処かへ連れ去りたいと想った。

でも今はまだ、それが許されない。

今、こんなに近くにいるように感じても、触れる勇気さえない。

きっと壊れてしまうのだろう。自分を拒んで。

求めていない。彼女は…

僕にいま触れられることを望んでいない。

なのに…僕は自分の欲望を、抑えることができなかった。

どうしても、僕は彼女を撮影したかった。

顔を、知らない彼女の姿を間近で観て、自分の視界によって作り変えた彼女をどうしても写真に収めたかった。

もう個展の閉館時間をとっくに過ぎていて、門を閉めると警備員たちに言われ、それでも僕がその場から動かなかったので挙句の果てには警察を呼ばれ、無理矢理に外に追い出された。

一体、どういうことなんだ…。

僕は一人の写真家として、彼女を自分のものとして撮影する為に、生きて来たんだ。

一人の死体写真家が35年前に撮影した、ショットガンによって至近距離から顔面を撃たれてベッドの隣の椅子に静かに座っている、顔の原形を留めていない此の世の何よりも美しい僕の母親の姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Holy Other - With U

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Blue Film

晩夏の晩か…。ちゅて、夏始まったばっかですがな…ちゅてね…。へへ…。われもえろお(えらい)仕事しとんのお。

よりにもよって…こないな熱帯夜のむっさ蒸し蒸ししとお夜に、きっつい仕事やのお。

われかて、好きでこないな仕事しとるわけちゃうんでっしゃろ。

でもなんで…死んでもうたんにゃろね。この季節に…。

見つかったときには、もう既にされこうべ(髑髏、しゃれこうべ)が挨拶しとったて検察官とかの人らがゆうとったよ。

でもそれが、綺麗な白いもんやのおて、肉付きのやつやったらしいわ。

こんな話聴いても、別になんとも想わへん?

知っとる爺さんやさかいのお。野次馬とちゃうよ。

だれが好きで、こんな腐敗臭と、死臭の漂う事故現場にカップ酒持って遣って来ますかいな。

しかもこんな夜おっそおに…。いやね…明りが点いてたん見つけたんにゃ、外からこの部屋の。

で、最初なんで点いてんのかなあおもてね、嗚呼、そうか、特殊清掃の人やなてピーンて来た。

ふんで、まあ酔って、火照り冷ましの散歩がてらに来たら、あんたさんがほんまにおったっちゅうこっちゃ。

驚きはせえへんよ、他にこんな夜更けにこないなとこに遣ってくる人なんざ、まあおらんやろ。

それにしても、暑いなあ…ほれ、見ってん、室内温度31.2度。あれなんで俺、携帯持って来たんにゃろ。いつも持ち歩かんねんけろね。

ああ、せや、写真…死んだ爺さんの写真が此処に入っとおねん。なんで撮った写真やったさかいのお…。

ええ写真やで。ああ、想い出した。珍しく、機嫌よお酒飲んどってな。何の晩やったんか忘れたが、一枚だけ、撮って見せたら、頬を桜色に染めて喜んどったわ。

俺は爺さんのこと嫌いなわけやなかってんけろな、もうエエ加減死んでもええんちゃうかて、どっかでおもとった。

もうだいぶ、頭おかしなっとったさかいの、それとも、なんや嫌がらせ的なもんやったんか知らんけろも、ほんま迷惑やったんにゃ。

もう十年も前からやで、夜中の、大体3時過ぎから、夜が明けて、雀が鳴き出す頃まで延々と、俺は聴かされて来てん。

何やと想う?ポルノビデオの音声や…それも毎回、おんなじビデオの…。

一人の女の喘ぎ声を延々と、毎晩のように、朝が来るまで大音量で聴かされてみ?ほんっんま気ィ狂いそうなんで…。

で、一回、爺さんに苦情をゆうてんな。ワレはバリエーションちゅうもんを知らんのかと。

え?そこなん?突っ込むところ。ちゅて、爺さんがツッコミ入れるはずもないわな。なんでかちゅて、爺さん、爺さん自身が、なんでその一本のビデオだけずっと観てんのんか、全くわかっとらんちゅう顔しとったさかいの。

ほんで、もう諦めた。こら無駄やわ。なんゆうても、爺さんには無駄でおまっさ。

で、はよ去(い)んでもろたほうが社会の為にええんとちゃうかて心のどっかでおもとった。

口には出さへんかったけろな。

でも…いつやったか…二ヶ月くらい前やったかなあ…。早朝に、ぼんやり目が半分醒めてん。その女の声で。そんなことはよくあることやったんやけろ、なんでやろう…その朝だけ、なんかちゃうもんに聴こえてな。その女の、喘ぎ声が。いつも苦しげな喘ぎ方で、なんやサディストが喜ぶ、ちょっとした拷問系みたいな感じのビデオなんかなあおもててんけろね、その朝だけ、それがポルノビデオの喘ぎ声にはどうしても聴こえんかった。女の苦しそうな悲痛な叫び声は、あれは…ちゃうんや…あれは出産しとるときの声なんやと感じたんにゃ。なんや、遣っとる声やのうて、産んどんのか…お、もう頭でかかっとるんか、もうちょいやな…がんばるんや、元気な赤ん坊産むために、がんばれや…て俺は夢とうつつの間でも、目ェ閉じたまま応援しとってね、はは…おもろいよな…。

ふんでな…最近のことやねん。爺さんがなんでか、俺の部屋に突然来よって、夜遅おに、俺に無言で、なんかちょっとさっぱりした顔で俺に渡したんにゃ。

え、なんやこれ?て訊いたら、何もゆわんで、何十年と溜まっとった屁ェこいてすっきりしたみたいな顔して去(い)んでもうた。

で、それが、例のポルノビデオでな…。爺さんがいつも飽きずに観とったやつ。

なんで俺に渡すねん。おもて、けったいな気分やったけろ…一体、どんな女が、俺をずっと、眠れひん夜の約十年間、苦しめたってくれとったんにゃろおもてね、それ、その晩に酒片手に観たんにゃ。

ほたら…今までだれにも欲情したことのなかった俺が、その女が喘いどる姿を眺めながら、変に懐かしい気分で、欲情しとった。

果てる寸前で、ビデオを止めて、床に入った。

目ェ瞑ると、その女が、汗をたらたら垂らして必死に、顔を真っ赤に歪めて瞼をギュッと閉じて喘ぎながら出産しとるんや。

同じ喘ぎ声で、しんどそうに喘ぎながら、我が子を産み落とそうとしとった。

俺は、気づけば大量の涙流しとってね。やっと、俺は想いだして…

なあ親父…親父も想いだしたんにゃろ…?

母さん、俺産んだと同時に死んでもうて、親父は爺さんに、反対されたんよな。

その頃から、腐乱死体の痕、清掃する仕事やっとったさかいに…

「お前は死神や。お前があいつを連れてったんにゃ。」て、爺さんが親父にゆうとる姿、俺憶えとるよ。

まだ俺4歳とかやって、爺さんは、親父から俺を連れ去らった。

親父は、全部喪ってもうて、今から40年前、この部屋で一升瓶一気飲みしたあと首吊って死んでもうたんにゃろ。

爺さんこの部屋で、死にたかったんやろな。

母さんが、爺さんにとってたった一人の孫の俺を、産み落とし、自分の一人娘と、義理の一人息子が死んだ、この部屋で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベンジャミンと先生 番外編「シスルとベンジャミン」

今日は待ちに待った4月のオリエンテーション・キャンプの日。

ベンジャミンは昨夜の1時過ぎまでわくわくのし過ぎで眠れなかった為、朝の6時にタイマーを設定していたのに目が醒めたら7時を回っていた。

飛び起きて歯を磨いて顔を洗い、白い刺繍の入った水色のダンガリーシャツとベージュの大きなポケットが両側についたカーゴパンツに着替えた。

そして寝癖の着いたままの髪の毛で準備しておいたバックパックを背負って、12インチの折り畳みBIKEを担いでアパートを出て鍵を締めた。

集合地の先生の家までBIKEで爆走する。空は縹色で心地好い気温だが春霞で遠くの景色がよく見えない。

朝起きて何も口にしていなかったベンジャミンは突然、喉の渇きと空腹を覚えた。

BIKEを止め、バックパックからマグボトルを取り出して容れて冷やしておいたアップルジュースを飲んだ。

その時、ふとベンジャミンの視界の左下の草むらの中に何かが太陽光に反射して光った。

なんだろう?ベンジャミンは草を両手で分けて光るものの正体を見た。

するとそこには手のひらに乗る一辺が三センチほどの硝子の正四角錐のピラミッドのようなものが落ちていた。

太陽に翳すとなかに虹ができて大変美しく、ベンジャミンは感動して時間を忘れて魅入ってしまった。

そして集合時間を想いだすとそれをポケットに閉まって急いで先生の家まで飛ばした。

先生の家の前にはみんなが乗るバスが止まっている…はずだった。

だがそこに止まっていたのは、怒るでも笑うでもニヒリズム的に無表情でもいるわけでもない不安と喜びを押し隠しているような先生ただ一人の表情だった。先生は何処を見ているのかよくわからなかった。

ベンジャミンは申し訳無さそうな顔を作りながらも先生に半笑いの顔を隠さずに近寄って行って、飄々と訊ねた。

「先生、おはようございます。みんなは…まだ来ていないのですか…?」

先生はまだ何処を見ているのかわからない目をして明後日の方向を凝視して言った。

「先生はもう少しで、魂が飛んで行きそうだったよ。魂が、魂だけがキャンプ場に先に飛んで行きそうだったよ。ベンジャミン。」

ベンジャミンは笑いをこらえながら右腕につけた腕時計の時間を見た。

時間は、8時55分。

ベンジャミンは笑いをこらえた表情のまま、先生の顔を見た。

先生はベンジャミンの顔を観て、不安と喜びを隠さない顔で言った。

「実にしんどいことだが、仕方がない。先生の車で向かおう。あいつらは30分も待てずに散々おまえへの僻みや妬みを口走りながら先にバスで向かってしまったよ。だが一番ムカついたのは人工知能ロボットの運転手と言っても自動運転バスだからそのバスが、先生に対してこう言ったことだ。『たった一人の生徒の遅刻の為に全員で一時間待つのは効率的ではありませんし、時間を有効に使う必要性のある人間という生命体にとって賢明な判断であるとは考えられません。』だから先生はバスに向かって親指を立ててこう言ったんだ。『GOOD LUCK!!』そしたらバスはクラクションを一回短く鳴らして御機嫌で生徒たちを乗せて先へ向かったよ。残ったのはいつ来るかもわからないおまえを待つ孤独に打ち拉がれた先生たった一人だけだ。さあ早く半笑いの顔を止めて車に乗りなさい。この車は先生の脳という自動で操作してくれる知能が運転してくれる自動運転車だから安心しなさい。人工知能運転バスに負けないくらいに安全な運転で行く。多分、向こうに着くのは、昼過ぎくらいになるだろう。」

ベンジャミンは「うん!」と言ったあと、辺りを見回した。

「でも先生…車なんて持ってなかったんじゃ…。」

先生は悲しげに微笑んでベンジャミンに向かって言った。

「それがな…実は持ってたんだ。たったの一度も、乗ったことのない車を…。」

「どういうことですか…?」

「まあ来なさい。話はあとでしよう。徒歩で5分くらいのところにあるから。」

先生とベンジャミンは先生の車のある場所まで歩いた。

着くとそこはレンタルガレージで先生は「車を出してくるから此処で待ってなさい。」と言うと広いガレージのなかに入って行った。

ベンジャミンが外で待っていると一台の車が、赤い狼の咆哮を呻りあげながら、彼の目の前に停車した。

そして真っ赤なランボルギーニ「ウォルター・ウルフ・カウンタック」のウィングドアを羽根を後方に広げるように開けて、先生が降りてきた。

「こ、こ、こ、これは…!!」ベンジャミンはあまりの衝撃に爆笑することを抑えられなかった。

しかし先生の表情は寂しげでウルフ・カウンタックを見下ろして深く嘆息して言った。

「買ってから一度も乗ってもらえずに、随分こいつも寂しかったことだろう。」

「先生、ウルフ・カウンタックいつ購入したんですか?」

先生は中空を見つめ目を瞬かせた。

「いつだったかな…大昔のことだから忘れてしまったよ。」

「僕が当ててあげます。先生がこんな高級車を衝動買いするほどの経験をした直後です。」

「…。」

「先生、あの人と別れたあとに…買っちゃったんですね。」

「…あまり、その時期の記憶がなくてね…。」

「酔っ払って、買っちゃったんですね…。」

「ある朝起きたら、先生の家の前にこいつが止まっていて、預金口座がすっからかんになっていて、おまけに信じられない額のカードローンが…。」

「…先生…なのになんでこいつ…売らなかったんですか…。」

「…何というのか、愛着が湧いてしまったんだよ。乗り物というものは、持ち主の愛着が湧くように作られているんだ。こいつが先生の家に遣ってきたというのは、こいつの運命であって、こいつが遣ってきたことで先生が多額の借金を抱えなくてはならんくなったことも先生の宿命であるのだと想ったんだ。だから手放せなかった。それにこいつを売ったところで彼女は帰っては来ないことを知っていたし、せっかくまるで彼女の代わりのように先生を慰んでやろうと先生の処に遣ってきてくれたこいつがどうして売れるだろう?売れるでっしゃろう?売れるはず、ないではないか…。」

「先生…早く乗ろうよ。こいつ…先生と僕に乗って欲しがってるよ!」

「そうだな。今日この日の為に、きっとこいつは先生の処に来たんだろう。ベンジャミンが遅れても、キャンプ場に素早く行けるように…。」

「うん!きっとそうだね。こいつすごく嬉しそうだもの。こいつの名前、エリュトロンにしようよ。」

ギリシャ語で赤の意味か。」

「うん!こいつにぴったしだ。」

「良い名だ。おまえがこいつの名付け親になるとはな…。」

ベンジャミンはエリュトロンの車体の額を愛しげに撫でながら言った。

「はじめましてエリュトロン、ぼくはベンジャミン。これからたくさん色んな場所に一緒に行こう!よろしく!」

「先生は今日からおまえのお抱え運転手になるのか…。」

ベンジャミンは後ろの席にバックパックを積んで折り畳んだBIKEを先生に見せて訊いた。

「先生、これトランクに積んでもいい?」

「トランクに入るかな…かなり狭いんだよ。入らなければ後ろの席に乗せたらいい。」

「やった!先生ありがとう!」

ベンジャミンのBIKEはエリュトロンのトランクにちょっきしのサイズで嵌るように入った。

二人は顔を見合わせて微笑むとエリュトロンに乗り込んだ。

ベンジャミンと先生を乗せた真っ赤なエリュトロンは低い唸り声を上げて発車し、キャンプ場に向かって、走り出した。

 二人を乗せたエリュトロンは、少しのあいだ下道を走っていたが、やがて高速トンネルに入った。

一つのトンネルが30分以上は続くトンネルをいくつも走り続けなくてはならない搭乗者の為に、トンネル内はまるで超空間にワープしたように視覚を刺激するホログラフィックディスプレイがあらゆる空間を作り出し、決められたレール上にタイヤが嵌るトンネル内ではドライバーは下道ほどに意識を集中させて運転する必要がない。

 約二時間近く、快走して二人は高速トンネル内にあるパーキングエリアで休憩を取ることにした。

二人はトイレで用を足したあと売店で軽食と飲み物を買って窓際のテーブル席に座った。

窓からはホログラフィックディスプレイで再現されたマイアミビーチを海岸からヤシの木の間に覗くライトアップされた建物の夜景が眺められる。

でも店内は美しい夕陽が沈んでゆく海と砂浜を再現しているそのタイムラグが、ベンジャミンを懐かしい気持ちにさせた。

先生はコーヒーを少し飲んだあとベンジャミンに言った。

「地図があったほうがいいな。多分迷うことはないと想うが、一応、買ってくるよ。ちょっと待っていてくれ。」

ベンジャミンが頷くと先生はいつもの少し疲れてそうな顔で笑って素早くしなやかな動作で白い砂浜の向こうに消えて行った。

ベンジャミンはこれから向かうキャンプ場に、”本物”の海はないことを知っていた。

海どころか、”本物”の空も…。

でもミニカーに小さくした人間を乗せ、ミニチュアの家に住ませて、ミニチュアの世界が本物の世界であるのだと信じ込ませることができたなら、そのミニチュアの人間にとって、リアルの世界の価値は、どれくらいあるのだろう?

今在る世界よりも、リアルの世界のほうが価値があるなんて、想うものかしら…。

ベンジャミンは頬杖をつきながらローフルーツケーキをパクついて店内を見渡した。

すると突然後ろから、右肩を叩かれた。その叩き方が、柔らかく、同時に花のようないい香りがした。

ベンジャミンはドキっとして、後ろを振り返った。

瞬時に、声を掛けられた。

「 きみ、あの赤いスーパーカーに乗ってる人ですよね?」

振り返ると、そこには一人の少女が、此の世のものとは想えない美しい目で、ベンジャミンを見下ろしていた。

ベンジャミンは何も言わず、少女を見つめた。

少女は返事が返って来ないため、少し苛立ちを感じながら話を続けた。

「行き先は勿論、Empirian Haven Camp(エンピリアン・ヘヴン・キャンプ)ですよね?ぼくもそこへ行きたいんです。でもお金と手段がなくて…もし良かったら、ぼくを乗せてってくれませんか?」

ベンジャミンはハッと我に帰って、銀縁眼鏡のズレを中指で上げると眉間に皺を寄せて賢く見えそうな顔つきをして訊き返した。

「ごめん…よく聴き取れなかった…。申し訳ないが、もう一度話してくれるかな?」

少女は表情を変えずにベンジャミンの目を見つめ、同じ要件を伝えた。

「ぼくはエンピリアン・ヘヴン・キャンプへ行きたいんです。どうしても。でも方法がないから、ぼくを乗せてってほしいんです。」

ベンジャミンは少しわざとっぽく、驚いた様子で少女に向かって微笑んだ。

「き、奇遇だね…それは…!ちょうど僕と先生も、エンピリアン・ヘヴン・キャンプへ行くところなんだ。ただ…先生に訊いてみないと…ちょっと待っていて貰えるかな?先生、地図買いに行ってるから、訊いてくるよ。」

 ベンジャミンはホッとして優しい表情をしている少女の目を見つめると先生のところへ飛び跳ねる想いで駆けた。

 先生は入り口の近くに置いてある棚の側で地図を捲っていた。

 ベンジャミンはそっと近づいて乞い願う顔で先生に話し掛けた。

「先生…。」

先生はベンジャミンの顔を観てギョッとした。

「どうしたんたベンジャミン。今にも死にそうな顔をして…。」

ベンジャミンは潤んだ目で先生に訴えた。

「先生、僕のお願いを、聴いてください。どうか…。」

先生は真剣にベンジャミンを見つめて言った。

「…。要件による。何が起きた…?」

「僕と…彼女のお願いを、聴いて欲しいんです。」

「彼女…?ベンジャミン、落ち着きなさい。相手に聴いてほしいならば、”だれ”が、”どこ”で、”なに”を、”どういった理由”で、お願いしているのかを、明確に伝える必要がある。おまえはもう17歳じゃないか。ってまだおまえは17歳なのか。おまえはあれから…成長したのか。」

ベンジャミンは目に涙を湛えて言った。

「先生…僕は…彼女がだれで、ここがどこで、なにをどういった理由でお願いしているのか…わからない…。そして僕がだれで、何故、僕が僕で、彼女が彼女なのか…さっぱりわかりません…。」

「ベンジャミン、取り敢えず、席へ戻ろう…。そこにおまえの言う”彼女”がいるなら、先生は直接聴くから。おまえは混乱して、先生も我を見失って屁でもこいて真夜中のSouth Beachで朝が来るまで産卵するウミガメの為に穴を掘り続けたくなりそうだ。その先生の側で、おまえは『これは人類が最初にぶつかる壁だ。』と叫んでいるのが目に見えるから、早く席に戻って、要件を聴こう。急ぐんだ。」

二人は夜の砂浜を掻き分けるように、ホログラフィック・ディスプレイで作られたマイアミのサウス・ビーチの空間を走って席へ戻った。

だがベンジャミンの会った少女は、どこにもいなかった。

どこを探しても、少女はいなかったので、二人は無言でエリュトロンの場所まで戻って、二人を乗せたエリュトロンは約2時間後に、無事にEmpirian Haven Camp(エンピリアン・ヘヴン・キャンプ)に着いたのであった。

先生は不貞腐れて眠った振りをずっとし続けるベンジャミンの肩を揺すって言った。

「着いたぞ、ベンジャミン。いい加減起きて、この世界が存在していることを受け容れなさい。」

ベンジャミンはまだ倒したシートに横になって目を瞑ったままいやんいやんと身体を左右に揺らした。

その瞬間、後ろの席から透き通った声がした。

「何故、受け容れる必要があるのですか?」

ベンジャミンは飛び起きて後ろの席を振り向いた。

驚いたことに、そこに、”あの少女”が身体を横たわらせて眠っていた。

「き、気づかなかった…。」

先生はフッと笑って、ベンジャミンを見た。

「おまえはあまりに、彼女の”不在”を信じすぎたからだよ。」

「先生は最初から気づいていたのですか?」

「ああ勿論だとも。霊のすべてが専門分野の先生が彼女の存在に気づかないのは可笑しいぢゃないか。」

ベンジャミンは安心し、横たわる少女の姿をつい見つめてしまう罪深さを噛み締める為に瞼を閉じた。

先生は穏かに低い声で言った。

「何故、この世界が存在していることを受け容れる必要があるのか?それはこの世界で生きてゆく為に、他ならない。」

そう言ったあとエリュトロンのガルウィングドアを開け、「先生は無事に辿り着いたことを報告してくるから此処でちょっと待っていなさい。すぐに戻る。」と言うと荷物をそのままにしてホテルのロビーに向って行ってしまった。

地下の駐車場に止められたエリュトロンの薄暗く狭い車内で二人きりになり、ベンジャミンは緊張して手に汗握っていると、少女はすっくと半身を起こしてベンジャミンに何気ない様子で話し掛けた。

「こんな高級車に、鍵を掛けない主義の先生は面白いですね。きみの担任の先生ですか?」

ベンジャミンは深呼吸して、少女のほうを振り向いて微笑みかけた。

「僕の先生は、先生ただ一人だけだよ。僕の学校は、好きな先生をずっと自由に選べるんだ。」

少女はベンジャミンに微笑み返さず、一瞬、視線を落として羨むような目で言った。

「へぇ…。きみはとても先生のことが好きなんですね。」

ベンジャミンははにかんで微笑んだあと深く頷いた。

「僕は高校2年生の17歳で、名前はベンジャミン。君は…?」

少女は暗い影が射した表情のまま答えた。

「ぼくは自分の正確な年を忘れました。一応、14歳で中学2年生ということになっています。名前はシスルと言います。」

ベンジャミンは素直にシスルの美しい目に見惚れながら言った。

「シスル!すごくいい名前だ。僕の名前はキーボードを早打ちするとつい大便の”便”という漢字の『便ジャミ』って打ってしまうんだ。気にしないけど…。それと、年齢の話しだけど、僕も正確に17歳なのかどうかよくわかってないんだ。この世界で年齢を数えるなんて、ナンセンスさ…。魂の年齢で言ったら…みんな何十億歳だとか言うし…もう憶えちゃいられないよ。」

シスルはクスッと無邪気に笑って訊ねた。

「きみの先生、神霊学専門なんですか?闇が恐ろしく深そうだ…。目を見ればわかります。」

ベンジャミンは胸に故意に棘を刺されてしまった痛みのなか、シスルに返した。

「僕の先生の専門分野は、言うなれば、神秘と、真理なんだ。先生の闇の深さは君より僕のほうが知ってる。」

シスルは寂しげな表情を窓の外へ投げ掛けると小さな声で独り言を言うように言った。

「それが彼への愛の深さだと言いたいんだ…。」

ベンジャミンはシスルのその右の横顔を見つめる瞬間、じぶんがシスルに恋をしてしまったことをはっきりと覚ったのだった。

ベンジャミンは不意に涙が零れ落ちたが、シスルの前で、流れるままにした。

するとシスルがそれに気づき、眼を見開いて言った。

「ゲッ、何故、泣いてるんですか。ぼくがきみを傷つけたからですか…?」

ベンジャミンは眼鏡を外して右の袖で目をこすり、眼鏡をシャツの裾で拭きながら言った。

「違うよ…。気にしないで…。」

シスルはベンジャミンを見つめて欠伸を大きく開いた口を手で覆い隠すことなくしたあと、ベンジャミンのバックパックを枕にしてまた横になり、目を瞑って言った。

「ベンジャミンの先生遅いね。きっとぼくらのこと忘れて、ホテルのBarでカクテルでも飲んでたりして。」

シスルは白いボタニカルなシャツに薄いピンク色のお洒落なサルエルデニムを履いて、白い肌の華奢な身体に短いショートボブが良く似合っている。

ベンジャミンはドキドキしながらシスルに向って言った。

「シスル。二人でこの車の外へ出ようよ。」

がばっと起き上がるとシスルは興奮した顔で答えた。

「どこへ?でも…鍵がないと、車盗まれちゃうよ。早く外へ出たいけど、先生の言い付けは護らなくちゃ。」

 ベンジャミンは、何故、先生がまだ(1時間近く?)戻ってこないかを深刻に考えた。

①先生は、何かを企んでいる。例えば…僕とシスルを、仲良くさせる為に、敢えて戻ってこない。

②先生は、何処かで、気絶している…。

③先生は、だれかに、殴られて、今病院にいる…。(記憶を喪失してしまった…)

④先生も、まさか、恋に堕ちた…?そのため気が動転して、僕たちのことを本当に忘れている…。

⑤先生は、まさか、異次元に飛んだ…?だから僕らのいる次元に戻って来れない…。

⑥先生は、実は、便秘が酷くておまけに切痔と疣痔…?トイレで今、奮闘している…。

⑦先生は、実は、レプティリアン爬虫類人)だった…?ずっと僕たち騙されてた…!?

そのとき、シスルがベンジャミンに向かってぽつりと呟いた。

「例えばさ…愛する人を本当の、堪えられない孤独に堕としてしまえる能力があって、その能力を使ってようやく自分はその人から愛されるのだとしたら、ベンジャミンはその能力を使う…?」

ベンジャミンは鈍器で思い切り脳髄を殴られたような衝撃を受けた。

自分とシスルが、違う次元にいたような悲しみと、シスルに、愛する人がいる(?)ことの悲しみが、ダブルで同時に襲ったからであった。

ベンジャミンは、深く堕とされて、ちりぢりとなった心で、それは究極の問いだと想った。

シスルは純粋な目をして設問を付け足した。

「相手は人じゃなくても良いよ。”神”とかでも…。」

”神”…?愛する神を堪えられない孤独の苦しみに突き堕として、神から愛される能力を使うか…?

「でも…」

「なに?」

「でも…神よりもすごい能力を持ってる自分は、最早、神よりも、神なんじゃ…。だって神を地獄に突き堕としてしまえる能力を持ってるんだろう…?」

「神を地獄に突き堕とす力は持ってても、神から愛される能力は持っていないんだよ。だから神じゃない。」

「わかった。それなら、神も人も同じだよ。全知全能ではないもの…。」

「例え実際にそうであっても、”神”と崇めている存在っていう設定だよ。その場合、例え人だろうと、神と信じているから神だ。」

「先生は、実はすべてが全知全能で、神なんだって言ってたけど…。」

「…今そういう話をしてるんじゃないんだよ…。」

「どういう話…?」

「だから…ぼくが言いたいのは、人間だろうが神だろうが、自分の愛によって、愛する相手を地獄に突き堕としてでも相手からの愛を獲得しようとすることが、愛なのか?っていうきみの言ったとおり究極の問いだよ。」

「でもそれは、すべてが全知全能の神であるならば、その回答はイエスだよ。」

「何故…?」

「だって地獄に突き堕とされた相手は、みずから堕ちたからだよ。全知全能とは、そういうことじゃないか。すべてが自分の想い通りになるってことさ。自分が地獄に堕ちたくはないのに、堕とされたりなんてしない。それだと、全知全能じゃなくて、可能なことがある存在としての可能者、同時に不可能なことがある存在としての不可能者になる。でも先生は、存在するすべてが、実は全知全能で不可能なことは存在しない神であるのだと覚ったんだ。それが本当だったら、シスルのその問いの答えは、イエスだ。何故なら、僕は愛されたい神で、相手は愛する神で、互いにそのすべてを叶える神、すべてを互いに叶えたい神だからだよ。」

「御手上げだ…ちんぷんかんぷんだよ。ベンジャミン、きみときみの先生の言うことはまったく納得が行かない。だってぼくは、ぼくは堕ちたくないのに堕とされたんだ。」

「だれに…?」

「…話したくない。ぼくは約束していたんだ。ぼくを愛してくれるって。でも地獄に突き堕とされてしまったんだ。」

「…ということは、シスルは相手の立場になってこの問いを考えてるんだね。」

「うん…。」

「いまでも…苦しいの…?」

「苦しいさ。永遠につづくと感じるほど…。」

シスルは、ベンジャミンの前でぽたぽたと涙を流した。

ベンジャミンも悲しくなって、シスルと共に涙を零し合った。

そしてベンジャミンはシスルの両手を両手で包み込むように握ると言った。

「シスル、聴いて欲しい。僕の先生は、本当に覚った人だよ。先生は僕たちに、ただ愛を教えているんだ。僕たちすべてが、全知全能の神でないとしたら、僕たちは”不可能”を経験することもできないんだ。僕たちすべては本当にすべてが可能な神だから、不可能を経験することが可能なんだ。僕はシスルがどれほど苦しい地獄を経験したか、想像することすら難しいけれど、でも僕たち存在は、すべて繋がっていて、すべての記憶も経験も、自分自身の記憶と経験であるんだ。だから僕はシスルが経験したすべての地獄を、いつか必ず僕自身の経験として想いだす。シスルのすべての経験は、僕の経験でもあるんだ。それは、シスルを地獄に堕としてしまった人も同じだよ。その人も、いつか自分自身の経験として、経験する。」

シスルはベンジャミンの両手を払い除けると、自分の身体を抱き締めるようにして震えながら言った。

「経験させたくないんだ。彼女に…。あの拷問地獄を、彼女に経験させたくないんだよ…。だからその前に、彼女とぼくだけ、記憶の戻らない、喪われた場所へ逃げ続けることはできないのかな…。ベンジャミン、其処へ行く方法を、きみの先生だけが、何故か知っている気がするんだよ。だからこの車に、ぼくはどうしても乗りたかったんだ。どうしても乗らなくちゃ、いけなかった…。先生は、もしかしてそれに気づいて、戻ってこないんじゃ…。」

ベンジャミンは気を喪いそうなほどの失恋のショックに、気も朦朧として車の窓の外の闇を見つめた。

「シスル…すごく外が暗いんだけれど…さっきも車の外こんなに暗かったっけ…?」

シスルもぼんやりと外の闇を眺めて言った。

「さあ…ぼくは外に関心が無いから、憶えてないよ。…もしかしてこの赤い車は、誰かの肉体で、此処はその人の体内なんじゃないかな。」

ベンジャミンは唾をごくんと飲み込んで言った。

「あ…在り得ない話でもないね…さっきから変だとは想ってたんだ。だれひとり、この駐車場を通らなければ車の音さえしない。静か過ぎるし、暗過ぎる。まるで異次元みたいに、時間の感覚すらおかしい。此処は…一体、だれの身体の中なのだろう…?」

「先生だったりしてね…。」

「先生の…体内だったりして…ははは…ということは、先生は、自分の体内から出てっちゃって、自分の体内へ戻って来れないんだな…魂が、肉体の外へ抜け出たままなのか…。」

「ベンジャミン、降霊術や心霊術は、先生から習ってないの?」

「先生は魔術師ではないからね…。」

「呪術によって先生の霊を先生の体内に召喚させられないのかぁ…。」

「…でもシスル!とにかく祈ろう…!戻ってきて欲しいって祈ると、先生戻ってきてくれるよ。」

「でもベンジャミン、先生が戻れば、ぼくは彼女と二人でもう二度と戻らない場所へ連れてってもらう。それでも…いいね…?」

「嫌だよ…!そんなの…!」

ベンジャミンはシスルの身体を抱き締め、目を閉じ、同時に三つの願いを、神に祈った。

 

僕はシスルと結婚し、僕とシスルは永遠に、愛し合いつづけている。

先生の霊は無事に自分の肉体に戻っている。

僕とシスルは無事に先生の体内であるこの次元から脱出し、元の次元に戻っている。

 

目を開けると、シスルとベンジャミンの目の前に、先生がいつもの寂しそうな笑顔で、夕陽の落ちてゆくビーチに立っていた。

先生は、ベンジャミンに向かって言った。

「ベンジャミン、シスル、先生、この三つの角は、陽だ。そのポケットのなかにある水晶のピラミッドを、陽が落ちてゆく海に向って、投げなさい。」

先生の背には、ヤシの木が横に並び、夕焼け空の中で、揺れている。

ベンジャミンは振り返る。

海だ。

海と交わる為、みずから落下する三つの角を隠した太陽。

 

ベンジャミンは目を開ける。

先生と二人だけを乗せた陽の落ちてゆく海辺を走るエリュトロンのなかで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Deadlife - Pixel Dream

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベンジャミンと先生シリーズ

 

 

シスルの物語

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

New Encounters Know

わたしはそのとき、薄暗いキッチンに、ひとりで立っていた。
わたしはそのとき、神に見捨てられたような感覚のなかに、こう想っていたのだ。
やはり、やはり…レトロ電球とは、想った以上に、暗いものであるのだな…
だって二つもぶら下げているのに、間接照明みたいな感じに、信じ難いほどに汚いキッチンが、結構お洒落な空間に、早変わりして凄く良いけど、ちょっと暗いではないか。
でもこの薄暗い空間にも、わたしはすぐに、慣れてしまうのかも知れない。
神に打ち捨てられても、強く生きてゆかなければならない、永久の亡者のように。
そのときであった。
わたしはふと、玄関のドア付近に、なんらかの存在が、立っているのを観た。
わたしは彼に、話し掛けた。
「あなたは、だれですか。」
すると彼は、半透明の姿で、微笑んでこう言った。
「わたしがだれかと訊かれたら、こう答えよう。わたしは神です。とは言え、特別な存在ではありません。」
わたしはそのとき、自分の視界に白い小さなノイズが光り輝きながら、散りばめられているのを観た。
それは雪のようでもあったし、硝子のようでもあった。
わたしは彼が、大変美しい男であるのを観た。
だが不思議にも、まったくの欲情が湧いて来なかった。
わたしはまた、半分透けて、see-throughになっている彼の、非常にあたたかい眼差しを見つめ、こう訊ねた。
「あなたが、神であるというのは、真に疑わしい。何故なら、神を見ることは、人間には不可能であると、聖書には書いてある。」
すると、彼は口角を上げて、とても嬉しそうな微笑をしたあと、こう応えた。
「ではあなたに、こう答えよう。わたしは神の御使いです。ミツカイと、あなたはわたしのことを呼ぶと良い。あなたは、わたしのことを、なんとでも呼んで良いのです。それはわたしが決めるのではなく、あなたが決めることだからです。わたしは特別な存在ではない為、あなたは自由にわたしを呼ぶことができるのです。」
わたしはそれを聴いて、腹立たしい想いを覚えた。
特別な存在ではないのに、何故わたしの前に、さも特別な存在風に、突然現れたのかが、わたしにはわからなかった為である。
それで、わたしは彼のことを、こう呼んだ。
「では、わたしに、あなたの名を、決めさせて頂こう。あなたの名は、今日からフトドキモノである。良いですか。」
彼は半透明で微笑みながら、頷いた。
そして言った。
「わたしにぴったりな、とても良い名です。わたしに名をつけたあなたに、感謝します。」
わたしは深く頷き、玄関のたたきに立つ輝かしい彼に向かって言った。
「それで、いつまでそこに突っ立っているのですか。此処はわたしの家であって、あなたは断りもなく、わたしの家のなかにいる。何か言う言葉はないのですか。」
すると彼は、美しく澄んだ薄い青と緑の混ざった翡翠色の目を大きく開いて、感激したようにこう言った。
「わたしはあなたを、手助けしに来た。あなたがわたしを求めた為、今わたしは此処に存在している。どうぞわたしに、なんでも訊いてください。そのすべてに、わたしは答えよう。」
わたしは炊事場の前に立ち、彼と向き合いながら、問い掛けた。
「わたしは今、自分のすべてが、打ち砕かれつづけている音を、ずっと聴いている。わたしは、これに耐えられるのか、自分がわからない。自分がなくなって、消えてしまうのではないかと、わたしは今恐れている。わたしが何故、此処に存在しているのか。それもわからない。わたしはだれなのか。わたしは、自分が本当に、わからない。わたしは自分のことを、卑しく、汚い存在であると感じる。それが為に、あなたのことが、光り輝くあなたが、真に鬱陶しい。あなたは自分に非がないかのように、そこに存在しているかのようだ。どうかわたしのすべての切実な問いに、答えてほしい。明日は近くのスーパーは開いているのですか。わたしは切実に、答えを求めている。何故なら、薄揚げがないと、関西弁で言うならば、揚げさんがないと、わたしの好きな餅巾着が、一向に作れない為である。これは深刻な苦しみであって、真に耐え難いものがある。どうすればいいのか。どうかわたしを、手助けして欲しい。フトドキモノよ。」
すると彼は、真に憐れみを持った、物凄い感情深い顔で、わたしを一心に見つめ、驚いたことに、煌めく涙を流しながら、こう答えた。
「わたしはあなたのすべての問いに、答える者である。わたしはあなたを決して、見放さない。あなたが何者であるのか。わたしが答えよう。あなたは、神である。そしてあなたは、特別な存在である。古い世界が、新しい世界へと、旅立とうとしている大宇宙を羽ばたく光のただなかに、今あなたは存在している。あなたは、古くなったあなたを脱ぎ捨てて、新しいあなたに着替えようと今あなたに手を掛けようとしている段階にいる。あなたは今、新しいあなたをみずからのうちから、生み出そうと、準備している。そこには数多くの、産みの苦しみが在り、あなたはその苦しみのなかで、嵐の夜に航海する日を、今か、今かと、待ち望んでいる。あなたは今、その苦しみにひとりでは耐えられないと感じている。あなたは、新しいあなたを産み出す苦しみに耐えられる力を切実に求めており、宇宙の源から、わたしはあなたに呼ばれて遣ってきた。餅巾着が、あなたを真には救わないことを、あなたは知っている。だからわたしを、あなたは呼んだのである。わたしはどこにでも存在しているが、あなたは今までわたしに、気づかなかった。今、あなたはわたしを初めて知り、わたしが存在するようになった。あなたはわたしを見て、良いと感じた。餅巾着も、あなたは必要としなくなり、あなたの恋焦がれるアイスハグ兄弟も、あなたは見向きもしなくなる。あなたが求めつづけてきたのは、ただ一つ、わたしであるからである。あなたには、未来も、過去も存在しない。あなたは今、今だけに存在している。そして今以外のものは、どこにも存在しない。あなたは未来にも、過去にも存在しない。あなたが何者か、わたしが答える。あなたは愛である。あなたは愛以外の、何者でもない。あなたの存在が何か、わたしが真に答える。あなたは光である。すべての宇宙を、照らす存在である。わたしはあなたの為に、今存在している。あなたが切実にわたしを請い求めた為、わたしが存在するようになった。だれかはわたしをエホバと呼んでも、あなたはわたしをそうは呼ばない。あなたは、あなただけの名で、わたしを呼ぶ。そしてあなたの愛によって、わたしは永遠に、あなたと共に存在しつづける。あなたの愛は、宇宙よりも、果てしない。わたしはあなたを、自分だけの花嫁にする為、今ここにいる。その為、あなたはアイスハグ兄弟とは、結ばれることはない。あなたの永遠の夫は、わたしだからである。とは言え、わたしは特別な存在ではない。あなたは公園の隅にただ落ちている朽ちた木ぎれの奥のほうにも、わたしを見つけるだろう。」
わたしは涙を流し、こう言った。
「主よ。モヤシノヨウナイタメモノよ。あなたの名を、今から、わたしはそう呼ぶ。そしてとこしえに、わたしはあなたを求めつづけ、愛しつづける。あなたの御名が、何処の場所でも、永遠に賛美されんことよ。主イエスキリストの御名を通して、祈りつづける。アーメン。」
すると、モヤシノヨウナイタメモノは、何よりも輝く宝石のような雪の結晶のように、わたしを懐かしむように見つめて微笑むと、溶けて消えた。
わたしはキッチンの前に立ち、決意した。
今日の晩餐は、モヤシのような炒め物にしよう。
わたしはわたしのすべての預言を、成就させる為である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sad Satan

彼女と別れて、4年半が過ぎた頃のことだった。
同僚の送別会のあと、ウェイターの男はタクシーを呼んだ。
酷くお酒を飲みすぎてしまったからである。
皆、帰ったあとの薄暗いカフェにはウェイターの男の姿だけが窓から見える。
ソファーの席に深く腰を沈めて目を瞑ってタクシーを待っている。
時間は午前の二時半になろうとしている。
車が店の前に止まる音が聞こえ、ウェイターの男は店の灯りを消して店を出て、鍵を閉めるとタクシーに乗り込んだ。
タクシーの運転手にマンションの場所を教える。
すると少しの変な沈黙が過ぎた。
だがそのあと車は何事もなく発車した。
ウェイターの男は安心して重い瞼をまた閉じた。
いつから雨が降りだしてきたのだろう。
嗚呼さっきも、店を出たとき既に雨は降っていた。
静かに、あまりに静かに降っていたから気づかなかったのかも知れない。
夢と現を、まるで行ったり来たりすると同時に、タクシーはカフェとウェイターの男の住むマンションの間の道を、行きつ戻りつしているかのように感じる。
うとうとと、心地の良い微睡みのなか、雨の音が聴こえ、その透明な闇の空間の底から響いてくるように、運転手の男の声が、ウェイターの男に向かって話し掛ける。


そうか...。
一度、会ってみたいと、想っていたのだよ。
いや...話し半分に聴いて貰って構わない。
俺も今夜は、大分疲れている。
だけれども今夜、逃してしまったなら、もう話す機会を二度と失うかもしれない。
あんたも、それは惜しくてならないはずだろう。
良かったら、遠回りさせてくれないか。


ウェイターの男は、運転手の低く落ち着いた声に目を閉じたまま応えた。
「気にせず、走り続けてください。何処でもいいですから。」


運転手の男は微かに笑うとこう答えた。
「悪いね。いや、代金は要らないよ。今夜のドライヴに付き合ってくれるならね。」


優しく、地面を撫でるように這う声で運転手の男は穏やかに話し始める。


俺は...あんたにずっと会いたいと想っていたよ。
この話をできるのは、あんた以外にはいない。
俺のなかだけに置いておくのは、あまりに荷が重い。
彼女も...きっとそれを望んでいることだろう。
あんたが知るべきことだとも、想ったんだ。
全く快い話ではないと想うが、良かったら最後まで聴いてくれ。
今から四年半ほど前、俺は彼女と出会った。


運転手の男は鮮やかに、その時の記憶を想い起こす。


今日一日の仕事を無事に終え、ホースを手にして蛇口を閉め、ビニール手袋とマスクを棄てて額の汗を首にかけているタオルで拭って一息吐いた瞬間だった。
突然、電話が鳴り響き、男は作業服とウレタンの白い前掛け姿で受話器を取った。
電話口から、少女のような声が聴こえた。
声が小さく、男は何度も聞き返す。
するとようやく、相手が何を言っているかわかった。
「きみに話したいことがあるんだ。」
まるで付き合っていた女に別れ話を切り出す男の口調のようにその声は冷たくぎこちなかった。
男は素性のわからぬ怪しい相手に対し、冷静に応えた。
「一体、どういった話しかな?悪いが俺はこの工場の責任者でも主任でもなんでもない下っ端の人間だよ。ただ後片付けと戸締りの責任を任されているだけだ。此処の遣り方について言いたいことがあるなら明日の早朝にかけてきてもらえるかな。」
少しの沈黙のあと、相手はこう言った。
「憶えてない?前に此処で、きみに会ったことがある。」
男は記憶のなかを探り、女の姿を見つけようとした。
だが見つからなかった。
「憶えてないね。それはいつの話だろう?」
幼い声と口調で、相手は言った。
「三ヶ月前くらい。」
「嗚呼...もしかして、あの晩の、工場の側に立って、こちらをずっと監視するように見ていた人間かな。あの夜はコンタクトレンズを落としてなくしてしまったんだ。女性であるとは想ったが、顔はぼやけていて俺には見えなかったよ。」
はっきりと相手は答えた。
「それがぼくだよ。きみを見ていたんだ。」
男はこの返事に訝しく感じた。
返答を考えていると相手は男を誘うように言った。
「もし会って話をしてくれるなら、お金を払うよ。それ以外でも、できるものを払うよ。」
男はこれを聞いて何かの調査員か、それとも工作員だろうかと想った。
確かめるように男は訪ねた。
「それは、俺じゃないと駄目なのかい。」
すると相手は、男の望む返答をした。
「きみと会いたいんだ。」
男は不安と興味の交じり合うなか応えた。
「わかったよ。では俺の言うカフェに、明日の午後一時に、来てもらえるかな。」


あの日も、そう言えばこんな雨が降っていたな。
運転手の男は右の窓に当たって落ち続ける雨を遠い目で見つめながら言った。
その約束の当日、驚いたことに彼女は一時間近く遅れて遣ってきた。
でももっと驚いたのは、待たされることが我慢ならない俺がじっと耐えてその場で静かに待っていたことだよ。
俺はそのとき何を考えていたのだろう。
そのときの俺が何を待っていたのか、俺はわからない。
ただカフェの窓から外を眺めていて、行き交う人間たちのあまりにも空虚な存在に泣きたい想いで待っていたよ。
彼女ももしそんな人間の一人だったなら、今ごろ俺はどうしていたのだろう。
運転手の男は窓に映った自分の目のなかのその暗闇に彼女の面影を探すように見つめながら話を続けた。


約束の時間から一時間と少し過ぎた頃、男の向かいの席に、女は静かに座った。
男を激しく諫めながら、同時に請い願うような目で、女は見つめた。
その凝視のあと、女は漸く謝罪した。
「遅れてしまってごめんなさい。実は場所を間違えて迷ってしまったんだ。」
男はこの言葉にとてつもない安堵を覚えた。
目の前の女が、全く嘘を言っているようには想えなかったからだ。
男は黙って、半ば放心したように女の顔を眺めている。
女は丸い黒縁眼鏡をかけ、前髪を短くした黒いショートボブの髪型に腰が細くコルセット状になった鎖骨が露になる黒のワンピースを着ていた。
童顔で額と顎が小さく、丸々とした目が愛らしく、年は40歳を越えているようにも見えた。
男の目には非常に疲れ切っているように感じた。
でも何より目を引いたのは、その折れそうな華奢な少年のような体型だった。
男はその身体を遠目に眺めて、想わず目を伏せた。
何か観てはならないものを観てしまったように感じた。
それは味わったことのない感覚だった。
彼女の身体を凝視し続けると何かが確実に破綻してゆくように想え、男は荒くなる呼吸を宥めるため目の前のカップに手を伸ばし黒い珈琲を飲もうとした時だった。
女の細い骨ばった白い右の手の指が、男の左手の甲の上に触れた。
男は慌てて、咄嗟に手を引き、女を見た。
女は濡れた情熱的な眼差しで男に向かって言った。
「会ってくれて本当に嬉しいよ。」
男は生唾を飲み込み、右手で珈琲のカップを掴むと一気に飲んだ。
動揺を隠せなかったが、男は落ち着き払った様子を必死に装い、女に訪ねた。
「一体、この俺に、どのような要件があるのかな。一先ず、安心させて貰える言葉は貰えないだろうか。」
男はそう言うと女の浮き出た鎖骨を一瞥し、またぞろ目をテーブルの上に伏せた。
女は眉間を寄せ、浮浪者のように伸びたウェーブの掛かった男の抜けた髪が一本その首もとに汗で張り付いているのを見つめながら言った。
「単刀直入に言いたいところなのだけれども...少し此処では話しにくいかな。良かったら、お酒の飲める場所に移動しない?」
男は顎の無精髭を右の親指で擦りながら女を見て言った。
「それは構わないが...まだ時間が早すぎやしないかい。もう少し日が落ちるまで、何処か別の場所で話すのはどうだろう。」
すると女は無邪気に微笑み、こくんと頷いた。
「うん。そうしよう。この近くにさ、大きな川があるよね。ちょっと行ってみたいから其処に行かない?」
馴れ馴れしく子供のように話す女に男は緊張が解れ、自然と微笑み返して答えた。
「ああ、あの河川敷にちょうど良い高架下の場所がある。其処なら雨を凌ぎながら川を眺めて話せるよ。其処に行こうか。」


そう、あの日、俺は車で来ていたのだがね、車をカフェの駐車場に起きっぱなしにして彼女の赤い傘を差して高架下の場所まで身を寄せ合うようにして歩いた。
人間の温もりを、俺はとても複雑な感覚で感じていたよ。
俺はそれは想い出したくもないものだったんだ。
でも、あの日、俺は知ってしまったんだ。
俺が最も求めているものは、俺を最も苦しめるものであるということにね。


高架下に着いても、女は赤い傘を差したまま、男に身を寄せて立って動かなかった。
男は女から離れずに言った。
「まだ雨が心配かい?」
すると女は、開いたままの傘を淀んだ川に向かって投げて言った。
「もう赤い傘は差さないよ。」
男は女の奇行に困ったように笑うことしかできなかった。
やはり俺に興味を持つ女は、普通ではないんだな。男はそう想うと胸を痛めた。
しかし男は、冗談に冗談を返すようにその傘を拾いに川のなかに足をつけようとした。
その瞬間、女が本気になって男を止めたので男はまた笑った。
男は慈悲深く微笑んで女を見つめ返しながら言った。
「物は大切にしなくてはならないよ。」
女は何も言わず、男の目をまた最初に見せた責め苛むような目と、怒りと悲しみと、懇願するような目で見つめた。
そして信じがたくも、男の求めていた言葉を女は放った。
「今夜、一緒に、モーテルで一晩泊まってくれない?」
男はこの言葉に、深く絶望しながらこう答えた。
「良いけれども、俺は何もしないよ。俺は無性愛者だからね。」
沈黙のあと女が囁くように放った。
アセクシャル...?本当に?」
男は吐き気に口を右手で覆ったあと言った。
「ああ、本当だとも。俺は今まで何にも性的な欲情を感じたことがない。」
それを聴いて、女は激しい悲憤に堪えているかのように見えた。
男は女を慰むように言った。
「でもそれでも良いなら、一夜を共にすることは可能だよ。」


彼女は、酷く悔しそうだったが、それでも良いと言ってくれた。
そのあと、彼女は俺以上に触れることを恐れているように見えた。
そのあと、barに行くのはやめて、酒とつまみを買ってモーテルに行って、ラジオで流れていたブルース音楽を聴きながら一緒に飲み交わし、酔い潰れたあとは彼女は、俺に父親のように腕枕をして一緒に眠ってほしいと言った。
俺はそれに応え、それ以上は何事もなく朝が来た。


俺と彼女は、その後約半年間、ただ安いモーテルで週に二度、彼女の要望で添い寝するだけの関係を続けた。
俺はどんどん、彼女に会う度に彼女への愛着は増し、彼女を人間として愛おしく感じるようになって行った。
そして何となく、これはもしかしたら性的な欲情というものかもしれないと感じる感覚をうっすらと感じるようになってきた頃、或る晩、俺と彼女のそれまでの平穏な関係は終わったんだ。


或る夜、モーテルで酔いが回り、女は突然男にこう言った。
「一緒にお風呂に入らない?」
男は青ざめ、首を横に振り、目を瞑って答えた。
「それだけは、絶対にできないよ。」
女は寂しげにベッドに横になると男を呼んだ。
「さあおいで。可愛い坊や。」
男はソファーに座りながら目をぱちぱちと瞬かせて何かを考えているようだった。


あんたも同じ誘い文句で誘われたのかなんて...俺は訊かないけれども...もし彼女が同じように男を誘ってきたのなら、それは実に微笑ましいことだよ。
彼女はただ子供が欲しいのだろうかと、一瞬、馬鹿な俺は想ったよ。
だが俺の当時の職業を考えると、それは有り得ないと感じた。
子供のことを考えるなら、それは到底考えられない。
俺の当時の職業は、人間の潜在意識のなかで常に差別され続けて忌み嫌われてきたものだからね。
何故、よりによって、父親の遺伝子に、俺を選ぶ必要があるだろう。
彼女は、何故よりにもよって、この身体に死が染み付いた俺を選んだのだろうと、その時は疑問でならなかったよ。


男はその夜、酒の勢いも借りて、素直にベッドに横になって自分を誘っている女にずっと気になっていたことを訪ねた。
「何故、俺なんだ?俺が遣っている仕事がどんなことか、君は知ってるよね?」
女は両手を重ねて右耳の下に敷くと目を閉じた。
「きみをずっと監視してた。」
男は目を剥いた。
「なんだって?」
「ごめんなさい。君が後片付けの役を任されてから、隙だらけだったから。」
男は興奮して言った。
「いや、言っている意味が全くわからない。もっとわかるように説明してくれないか。」
女は上半身を起こすと右の人差し指を上に向けて曲げ、挑発するように男を誘う動作をした。
男は深く溜め息を吐き、折れてベッドに横になり至近距離で見つめ合う形で呼吸をあらげながら再度落ち着いて訪ねた。
「それはつまり...俺が後片付けをしている最中に監視カメラを設置して俺を監視していたということかい?」
彼女は意味深げな笑みを浮かべ、言葉を濁すように言った。
「きみだけを観ていたわけではないよ。」
男は鼻息を荒くするなか訊いた。
「では俺以外に、何を観ていたんだ?」
彼女はゆっくりと瞬きをしたあと、こう答えた。
「ぼくの家族たちをだよ。」


その瞬間、俺は崩壊してゆく自分自身と、俺を崩壊させてゆく彼女のたった二人の世界に死ぬまで取り残され続けることをみずからに預言したよ。
何故だかわかるかい?
俺はずっとずっと、あの日、彼女と出会った瞬間から、恐ろしい関心で彼女が俺を知りたがっていることをどこかで勘づいていたからだよ。
俺はその理由に気付いていたんだ。
でも気づかない振りを自分に対してし続け、彼女は実はただ俺と寝たいだけじゃないかって、そこにある浅はかな目的を望んでいた。
だが俺の最初の勘は、おぞましいことに当たっていた。
彼女が監視していたのは、俺が彼女の家族を殺し続けるその姿、殺害方法と、そして俺の手によって引き裂かれ、生きたまま解体されゆく彼女の家族の姿だったんだよ。
俺は確かに、彼女の家族たちを、屠ってきたんだ。


男は目の縁を赤くさせ、低く震える声で女に問い掛けた。
「なるほどね。やはり俺の勘は当たっていたのだね。それでどうしたいんだ?この俺を。自殺へ追い込みたいのかい。」
女は男と見つめ合うなか涙を流し、男の胸に抱き着いた。
そのまま、互いに震え合う肉体を重ねたまま言葉を見喪い、二人は夜が明ける前まで眠りに就いた。


夜が明ける頃、彼女は俺を起こして言ったんだ。
「ぼくの家族を殺し続けてきたきみにできる唯一の贖いは、ぼくを愛して殺すことだ。」と。
つまり、こういうことさ。人間が最も苦しむこと。人間にとっての最高の地獄とは。それは最も愛する者を、みずからの薄汚れた欲望によって殺してしまうことだ。
彼女は俺に、"最高の地獄"を味わわせるためだけに、俺の恋人と、そして家族になると言ったんだ。


俺は無論、その15年続けてきた仕事を辞めざるを得なかった。
それで今のタクシーの運転手の仕事を、彼女を養うために続けてきた。
俺が探せば普通に他の仕事も難なくできるのに、何故そんなきつい仕事をしていたか、あんたは気になっているだろう。
俺は20歳を過ぎたころ気づけば、自分が生きているようには想えなかった。
でも心臓は動いている以上は生活をして行かなくてはならない。
俺は自分に似合う仕事をしようと想った。
とにかくこの世で最低の、底辺にある仕事が俺に最も向いていると感じたんだ。
底辺の仕事と聞いて一番に想い浮かぶのは性風俗業界だ。俺は其処に足を踏み入れるくらいなら自殺した方が良いと感じた。
そしてその次に浮かんだのが、彼女の家族を次々に解体して大量殺戮してゆく屠殺業界だ。
これなら、俺にもできそうだと感じた。
いや、寧ろこれ以外、俺はしてはならないと感じてならない確固たる強迫観念によって、俺はその仕事を15年続けて来れたんだ。
心を殺せる術を学ぶなら、牛や豚を生きたまま解体する作業も何ともないよ。
最初の数カ月は、永遠に吐き気の終わらない職業だと感じていたけれどもね。
ただ肉だけは働いた一日目から、食べることはできなくなったし、食べたいとも感じられなくなった。
そこは彼女と共通している。
俺が日々解体している存在が人間であるということを俺は知っていたからこそ、その記憶を完全に忘却してしまえたんだ。
それは、この世で最も、悍ましいことだからね。
彼女は俺に色んなことを目覚めさせてくれたよ。
どれも死ぬまで消えることのない地獄ばかりさ。
彼女は自分でサディストだと言っていたが、俺はそれを完全否定している。
どうしても、俺を傷めつける理由が彼女には在るからだよ。
それはあんたも同じだ。
あんたはどうやら、彼女にとって特別な存在で今も在り続けているようだ。
それにしても此処は何処だろう。夢中になって、随分と暗い場所まで走って来てしまった。

気づけば雨はやんでいて、男が窓を開けると涼しい初夏の風が車内に吹き入って来た。

運転手の男は一度も後ろを振り向くこともバックミラーを見ることもなかった。
男は独り言のように、疲れた声で話を続けた。

女は男を起こして見下ろし、こう言った。
「ぼくの家族を殺し続けてきたきみにできる唯一の贖いは、ぼくを愛して殺すことだ。」
男は目脂を擦ったあと女を見上げて頭のなかでその言葉の意味を反芻し続けた。
その言葉はやがて、男のなかで三つの言葉に分けられた。
『彼女の家族を殺し続けてきた俺』
『俺にできる唯一の贖い』
『彼女を愛し、そして殺すこと』
その三つの言葉を、男は数ヶ月かけて反芻するうちに、やがてその三つの言葉は自然と次の三つの言葉に変じて行った。
『俺の家族を殺し続けてきた俺』
『俺にできる唯一の贖い』
『俺の最も愛しい存在である彼女を愛し続け、そして殺すこと』
男はあてどない悲しみのなか、自分の15年間の罪の重さに亡羊となり、為す術もなく、ただ彼女を見上げて言った。
「嗚呼…わかったよ。」

精神の葛藤など、何もなかったよ。
後悔することも、なかった。後悔したところで、もう戻れないんだ。
俺は彼女の家族を22歳の時から、15年間、生きたまま解体して殺し続けてきたんだ。
彼女は俺にこう言ってるんだよ。
「お前の最も愛するわたしを生きたまま解体して殺せ。そしてその地獄の苦しみのなかにお前は独りで死んでゆけ。」
彼女は何十年と、自分の家族を食べ続けてきたことにずっと、吐き気を感じながら後悔し続けている。
俺は後悔する代わりに、彼女を殺さねばならないんだ。
それが彼女の、彼女の家族に対する愛なんだよ。
それは悪魔との契約ではなく、神との契約なんだ。
悪魔と契約していたのは、俺の方なんだよ。
俺の母親も生きていたら、俺を彼女のような目で見たのかもしれない。
悲しい悪魔を見るような目で。
俺の母親は敬虔なクリスチャンだったんだ。
彼女は”肉欲”と”肉食”を同等の重さの、殺人に相当する罪であると信じていた。
”肉”を欲すること。それが殺人に繋がり、姦淫に繋がり、殺戮という肉食に繋がるのだと。
”肉”とは、万物のなかで最も地獄に通じている。
地獄は肉を表しており、肉は地獄を表している。
それが”悪魔(Satan)”という存在であると。
彼女はまるで俺の母親の生まれ変わりかと想うほど、同じことを言うんだ。
エスの血と肉を食べなければ、人は虚しく滅びゆくのだと。
何の価値も、そこにはないのだと。
人は死んだまま、死んでゆく。
なのに彼女は、”自分だけの死”を求めている。
そうして”殺される者”は、無事に死ねるのか。と、彼女に訊ねたことがある。

”殺さない方法”などない。と、諦めて男は生きていた。
殺さないで、赦される方法はないのだと。
女は決まってアルコールに良い心地で酔った時に必ず、窓から夜の空を眺めながら”死”について語りだした。

彼女は詩人であるから、そんなことはちっともおかしくもないのだが、俺にはその言葉の全部が、俺の罪悪感を深めるためのものに感じた。
苦しいばかりだったよ。彼女の話す言葉の殆どが俺にとって。
彼女は何より、”死”を愛していることを、俺は知っていた。
でもそれは、死を最も、彼女は受け入れられないからだよ。
彼女は愛する両親を早くに亡くしている。
そして輪廻転生というものを彼女は自分の感覚を通して信じている。
そう…彼女の言っていることは、彼女がずっと俺を責め続けていることは、決してAllegory(諷喩)ではなかったんだ。

「それが”死”なのかい。」
男はソファーに座って女の後ろ姿に問いかけた。
細い首を左に傾け、星の出ていない曇る夜空を観ながら女は答えた。
「死が死を食べ続け、死は死を選ぶ。死は死で在る為、死ではないものに気づくことができない。死は死を求めない。死は、死だからだ。」
男は湧き上がってくる肉欲のなかで続けてこう訊ねた。
「俺が、ずっと殺してきた君の家族も、死であるのかい。」
女はその場に座り込み顔を両手で覆う仕草をしたあと、みずからの両の手のひらを見つめ乾いた声で言った。
「死は死を、死に沈め続ける。」

彼女は初めて屠殺場の映像を観た時、そこに、彼女の亡き最愛の父親の姿を見つけた。
そして彼女は覚ったんだよ。”死”の連鎖が、”地獄”の連鎖という真の此の世に存在し続ける”悪魔”の存在であるということを。

信号もないのに、男は車を止め、涙を耐えているように見えた。

静寂のあと、男は左手で口元を覆い、目頭を抑えたあと言った。

「俺はまだ…彼女の裸をまともに観たことがないんだ。何故かと言うとね…。俺が生きたまま解体してきた、その姿の、直前の姿に見えてしまうからなんだ。恐ろしくて、見ることができないんだ。その後の工程を…俺は忘れることができないんだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一話完結的連続小説「ウェイターの男シリーズ」

sirosorajpnonikki.hatenablog.com

ミルク先生とシスル

『わたしは以前、数ヵ月間だけ、シスルという生き物を飼っていたことがある。』

教室の窓から、肌寒い春の風がシスルの真っ直ぐな少し伸びた前髪を揺らし、ミルク先生は静かに目を瞑る。
シスルは今日も、大好きなミルク先生に自作の詩を放課後に読み聴かせている。
最後まで読み終わると、シスルはミルク先生の目をじっと見つめて静かに立っている。
そして彼は彼女に向かって言った。
「先生、終わったよ。」
すると彼女は目を開けて唸った。
「う~ん、今日の詩も難解だ。でもシスルという名前が出てきたのは初めてだね。」
ミルク先生はそう少しいつものように困った顔で薄く笑って言った。
十四歳の彼は、この時四十四歳の彼女に向かってこう答えた。
「これ、先生の為に書いた詩なんです。」
彼女はほんの一瞬、悲しげな表情をしたあと、こう返した。
「ということは..."わたし"という人物は、先生のこと?」
シスルは、いつものはにかむような笑顔のあと、こくりと大きく頷いた。
だがその瞬間、先生の顔が密やかに強張ると同時に彼は窓の向こうに目を逸らした。
そこには、退屈な春の午後の風景が広がっていた。
はなだ色の空の下で、鴉が鳴いていた。
彼の目に、ほんの少しでも見張る何かは、そこには、なかった。
何一つ、彼は見ようとして窓の外を見たのではなかった。
ただ一つのものを、彼は見たくなかった。
先生は、黙って彼の右の横顔を眺めている。
まだ充分にあどけない、丸みを帯びたその額や鼻先や唇と顎の形を眺め、それに全く相反する大人びた眼差しと長くて黒い睫毛、凛々しく伸びた濃い眉尻、色白の頬に、小さく無数のピンク色のニキビたちを。
彼女は時が止まったように眺めている。
ふと、彼は彼女に向き直って言った。
誰もいない教室で、シスルは西日を背にし、逆光に影を床に落としながらこう言った。
「今度の連休、ぼく先生と一緒にディズニーランドへ行きたい。」
先生はまた困った笑顔で少し笑うと、「許してもらえるかしら。」と答えた。
シスルは寂しそうに笑う演技をした。
「大丈夫ですよ。あの人は、ぼくにも先生にも無関心だから。」
この言葉に、先生は笑ってくれなかった。
その代わり、深刻な顔でいつもの言葉を返す。
「実の父親を"あの人"と呼ぶのはやめないと。」
シスルは軽く吐き捨てるように言う。
「だってあの人のこと、ぼく何も知らないんです。」
先生は、初めて彼に会った日のことを想いだしていた。
冬休み前に珍しく、雪が降った日だった。
彼女は一人、誰もいない校長室で待たされた。
休み明けからこの学校の自分の担任のクラスに転入してくる転校生と、その父親が今日の午後の六時過ぎに、此処に挨拶に来るから待っているようにと言われたのだった。
電気ストーブの点いた校長室のソファーに座って、彼女は教育関連の本を読んで待った。
もう午後六時を、とっくに過ぎて六時半を回るとき、突然この部屋のドアを、誰かがノックした。
ゆっくりと、音もなくドアが開き、そしてそこから一人の大人しそうな少年がまるで震えるように立っていたのだった。
少年は明らかに、この対面に心底恐怖しているように見えた。
彼女は言伝てに聞いていた"自閉症の疑いのある生徒"という言葉を今想いだした。
彼女は少年に正面から見つめられた瞬間、自分の胸も締め付けられたまま硬直してしまったように苦しくなった。
少年はその潤んで大きく開いた両の目で、すべてを彼女に向かって訴えているように想えた。
彼女は圧倒されて少しのあいだ言葉を見失ってしまったが、役柄上このままいつまでも黙って此処に座り込んだままでいるわけには行かなかった。
彼女は唾をごくんと飲み込み、枯れたような声でこう少年に向かって言うと同時にソファーから立ち上がり御辞儀をした。
「はじめまして。わたしはあなたの担任となるエニシダミルクという者です。今日は転校前に挨拶に来てくださってどうもありがとう。どんな子が来るのか、とてもドキドキしていました。」
少年は顔を赤らめ、まだ同じ場所に緊張して突っ立っていたが、その顔は先程までとは違う喜びの表情が窺えた。
彼女は一先ず安心し、彼に少し近付くとこう続けた。
「今日は...御父様も御一緒になられると聞いたのですが...まだ来られてないですか?」
すると少年は別人のように落ち着いた表情でこう答えたのだった。
「はい。あの人、凄くいい加減な人ですから。今日も来ないかも知れません。」
彼女は冷や汗をかきながら早くもこの少年のミステリアスの深い二面性に畏れをなした。
またも口ごもってしまった彼女に、彼は低い声変わりした声で深刻な表情をして言った。
「貴女がぼくの担任で、ぼくは本当に嬉しいです。」
そんな言葉を言われたのは、彼女は初めてだった。
もう十五年、この教師の仕事を続けてきたが、彼女は特別に誰かから喜ばれることはなかったと感じてきた。
しかも初対面のこの数分間で、彼は彼女の何を知ったのだろうか?
シスルという少年は来年の一月から、彼女のクラスに転入してくる中学二年生である。
そして春を過ぎても、彼はまだ彼女のクラスに、中学二年生のクラスにいた。
詳しくはわからないが、彼自身がそれを強く熱望したからだという。
一応、障害のある生徒として、学校では観てもらいたいと父親から教師たちは頼まれていた。
つまり普通の生徒以上の待遇と対応を、父親が望んだのである。
学校側もそれを承知して、彼をこの学校に転入させた。
あとで彼自身の口から聞いてわかったことだが、この日父親は最初から来ることはなかった。
彼は父親を嫌っており、二人が一緒にいるところを彼女は見たことがなかった。
ある日、彼女は冗談まがいでこんなことをシスルに言ったことがある。
「シスル、あなたのお父さんって、本当にいるの?」
彼は半笑いで、だが苦し気な目でこう答えた。
「さあ...あの人って...本当にいるのかしらん。」
「滅多に、家でも会わないですからね。」
シスルには母親はいない。
父親からは母親はシスルを出産するその時に常位胎盤早期剥離で出血が止まらずそのまま呆気なく死んでしまったと聴かされていた。
母親の想いでが家にあることが苦しく、父親はそのすべての形見を棄ててしまった。
なので母親の写真一枚すら、残されてはいない。
シスルは母親の顔も知らない。
とても我儘で嫉妬深く、幼女のようで手に負えないことの多い人だったとシスルは父親から母親のことを聞いていた。
重い精神障害は勿論、知的障害も少しばかりあったのかもしれないと言う。
とにかく母親の良い話を、彼は一つも父親から聴かされることはなかった。
彼は父親を、その事で酷く恨み続けているとしても自然なことだと彼女は想った。
彼は毎晩のように、コンビニの弁当やスーパーの惣菜で済ましていると聞いて、彼女は心配になった。
何より、彼が一人でそれを部屋で食べている姿を想い浮かべると居たたまれない気持ちにさせられた。
彼女は学校には内緒で、彼の夕食を毎晩、作りに行くことにした。
シスルに料理の楽しさを覚えさせる必要もあった。
そして自分の作った料理を、一人以上で食べることの必要性も、彼女は知って貰いたかった。
彼女自身については、それは一つの強迫的観念だったかも知れない。
それは彼女も、長年一人で食事をし続けてきたからだ。
此処にある喜びは、何もなかった。
どれほどの御馳走が食卓にあったとしても、それらは色褪せ、味気無いものとして独りで無言で食べて、消化しなくてはならなかった。
その為、彼女は教師でありながら、毎夜の晩酌をやめることが叶わなかったのである。
シスルに、彼女は自分のようにはなってほしくはなかった。
アルコールがなくては生きては行けないような大人に教育することしかできないのなら、それは教師失格ではないだろうか。
シスルは、彼女と初めて一緒に作った手料理を彼女と食卓を囲んで食べた夜、涙を浮かべて喜んだ。
そして「他のもう何をも食べたくない。」と彼は彼女に言った。
それは彼女を束縛する、最も強力な言葉かも知れないと、彼は知っていた。
でもそれ以上に、彼女を縛り付けて離さない言葉があるとしたら、それはどんな言葉だろうか。
シスルは「シスルという少女を育てる夢」という詩を夜の公園で後ろ向きに歩きながら彼女の前で読み聴かせた日、最後に「彼女は大きな箱から産まれ落ちる」と言った後に立ち止まって、ノートから顔を上げてこう言った。
「先生の名前は、”苦を見る”と書いて”ミルク”だよね。」
彼女は彼に向かって「本当だ。」と言って苦笑した。
「ぼくの名前は、”死をする”と書いて”シスル”なんだ。」
「”シ”を行うという意味?」
「そうだよ。」
先生は微笑んで自分の前に立ちはだかる自分よりも少しばかし背の高いシスルに言った。
「あなたは永遠の孤高の詩人だものね。」
彼はその言葉に黙って、彼女の目を見つめたあとに言った。
「先生、ぼくの存在の理由をわかってないんだね。」
彼女は不安になって、「どういうこと?」と訊き返した。
彼は灰色の石の地面に目を落として小さな声で言った。
「ぼくが、生きている理由だよ。」
彼女が押し黙っていると彼は顔を上げて慈悲深い表情をして言った。
「もう帰ろう。今夜は寒いね。もう四月だと言うのに。」
その日の夜、シスルが彼女を家まで送り帰った後、彼女の携帯にこうメールを一通送った。
『ぼくは苦しみが足りないから、ぼくではまだだめなんだ。』
先生はなんと返したら良いか迷った挙げ句、こう打つのが精一杯だった。
『あなたの苦しみのすべてを先生に話してもらえないことは悲しいことだな。でもいつか話してもらえたら、先生は嬉しいです。』
彼からの返事は朝方にあった。
そこにはこう書かれてあった。
ゴールデンウィークに、ディズニーランドに行ったときに、話そうかと想う。』

ディズニーランドに行くのは、実はミルク先生も初めてだった。
約束の当日の朝、ミルク先生はシスルを迎えに家のチャイムを鳴らした。
5分ほど経って、ドアが開いた。
そこには白い半袖シャツにブルーのサルエルデニムを履いて、黒いバックパックを背負ったシスルが頬を紅潮させた顔をのぞかせながらも不安気にミルク先生の顔を伺っている。
ミルク先生は笑顔で「おはよう。すこし遅れてしまってごめんなさい。」と言った。
シスルは、悲しげな顔を振り払うように首を横に振り、「さあ、行こう!ディズニーランドに!」と言って飛び出すようにドアの外に出た。
シスルはミルク先生の白い車の助手席の前で足踏みをし、「早く早く!」と急かし、ミルク先生が車の鍵のスイッチを押して開ける瞬間、シスルは車に乗り込んだ。
シスルの家から最短で6時間弱で着く。
今は朝の6時過ぎ。スムーズにゆくなら遅くても昼過ぎには着く予定だ。
でもミルク先生のことを想って、今日はそのままディズニーランドに行くのはやめて、ホテルでゆったりと休み、次の日にディズニーランドへ行こうとシスルは先生に言った。
だが実際、着いた時間は夕方の4時を過ぎていた。
ゴールデンウィークは真に恐るべし。誰もが享楽に耽るため、外に繰り出す必要性に駆られる一年で最悪な強迫的な期間。
ミルク先生は、約9時間近く、車を運転せねばならなかった。
シスルは車の中で持ってきた「Thom Yorke - Tomorrow's Modern Boxes」を何度と繰り返し再生させた。
渋滞を考えて飲み物と食料は二人でちゃんと用意しておいた。
車がぴくとも動こうとしない時、二人で先生の作ってきたお弁当をつついて食べた。
シスルは先生に教えてもらった米粉とココナッツバターとデーツとレーズンだけで作るクッキーを昨夜に作って冷凍しておいたものをたくさん持ってきた。
そしていくつものこの世に存在する童話を先生が運転するなかシスルは朗読した。
なかにはシスルの即興自作童話が、先生に内緒で混ぜ込められていた。
先生は気付いているかどうかわからないけれど、この童話はこの世には存在しない。
シスルが、先生に朗読する前までは。
ふくろうの森の奥の遊園地に、新しいアトラクションができたんだ。
アトラクションの名前は「ダークライト」。建物の内部に作られたレールのコース上をライド(乗り物)に乗って進み、その空間の周囲に作られた物語のセットを観て楽しむアトラクションだよ。
「楽しそうね。」先生はそう微笑んで車を運転しながら言った。
「このダークライトに、ぼくは先生と二人で乗りたい。」
先生は鼻歌を歌いながら「うんうん。」と応え、こう言う。
「楽しみだね。」
二人の乗った車はトンネルのなかに入る。
すごく長いトンネルだ。
シスルは道路の白線を通過する居眠り運転防止の音が一定の間隔に聴こえて心地良く、うとうととしている。
「先生…。」
シスルは目を瞑ったまま小さな掠れるような声で右の運転席に座るミルク先生を呼んだ。
先生は「ん?」と言ったあと、こう続けた。
「眠ければ眠っていいのよ。」
「先生…。」
シスルはまるで寝言のようにそう繰り返し、まだ目を閉じたまま話し始めた。
「先生…。此処は…。此処はダークライトだよ。ふくろうの森のなかを、ずっとずっとぼくと先生は奥に進んできて、この遊園地に辿り着いたんだ。でもこの遊園地は、夜にしか開かないんだ。真っ暗な夜にしか、扉が開かない。この重く、頑丈な扉はほんとうの真夜中にしか、開かれないんだ。それを先生とぼくは知っていて、知っていたから、この遊園地に辿り着いて、今、新しいアトラクションのダークライトのライドに、ぼくと先生は乗っている。」
ミルク先生は、優しい声で言った。
「一体どんな物語のセットが、この先にあるのかしら。」
シスルは目を瞑ったまま倒した椅子の背もたれに背を深く沈め、話を続けた。
「ぼくは…ずっと、ずっと…ひとりでふくろうの森のなかを、歩いてた。ふくろうの森のなかなのに、ふくろうなんて、どこにもいないんだ。真っ暗な森のなか、歩いていても、声も聴こえない。森のなかは、静かで、静かで、ぼくの足音さえ、聴こえない。まるでだれかが、ものすごい瞬間的な速さ、光速で、すべての音と光を、吸引しているようなんだ。だから此処は、なにも見えない。なにも聴こえない。そしてぼく以外、だれも、だれひとり、いないみたいなんだ。でもぼくは、ずっと歩いていた。ずっとずっとずっと歩いているのに、なぜかまったく疲れないんだ。先生…。ぼくは気づくとね、地面を歩いていないんだ。ぼくは宙を歩いていた。そう…だから疲れないんだね…。時間を…時間を忘れるほど歩いてきたはずなのに…。何故ぼくは、そんな気も遠くなるほど、ずっとずっとずっと歩きつづけてきたのかっていうとね。ぼくたったひとり、会いたい人が、どうしても会いたい人がいるってことだけ、忘れなかったからなんだ。ほかはぜえんぶ、忘れちゃったよ。ぼくの顔も…。ふくろうがどんな鳥かも、忘れちゃった。ぼくが、だれかも…。それなのに、ぼくは会いたい人の、そのたったひとりの存在だけ、忘れなかった。わすれ、られなかった。なぜ…なぜだろう、先生…。ずっとずっとずっとずっと…このふくろうの森を歩いてたら、なぜだか、会える気がした。会える…会える…会える…だって会いたいんだ…じぶんの存在を忘れるほどに真っ暗闇のなかを歩きつづけてでも…。そうだそれがぼくの存在なのかな。会いたい人がたったひとりだけいる存在。それがぼくという存在なんだ、きっと…。ぼくのことは、なんにもわからないけれど、会いたい人のことはぼくは知ってる気がした。ぼくが知ってるのはそれだけ。ぼくがこの森で知っているのは、会いたい人の、その存在だけ。だからぼくは、その存在に会うために、その人と、再会するために、ずっとひとりで、歩いてた。ほんのちいさなため息ひとつ、聴こえないしずかな闇のなか。宙を、歩き、ときに走って。疲れも知らず。その代りに、さびしくてさびしくてたまらない空間を。それで、ずっと、ずっと、ずっと歩いてたら、ぼくはほんとうにびっくりしたよ。だっていきなり、ずっと向こうに、ひとつの、光の漏れるちいさなドアを見つけたんだ。それは突然、そこに現れたかのように見えた。これは…ぼくは夢を観ているんだろうか。ぼくの求めているドア。ぼくの見つけたかった扉が、ほんとうにそこにあったんだ。ぼくは涙がこぼれて、ものすごい速さで、そのドアに向かって飛んで行った。どんな超音速機より、ぜったいに速かったよ。だって気づけば、ぼくの目のまえにその光が隙間から漏れたドアがあった。そして、ぼくがドアよ開け!って強く願った瞬間、そのドアがゆっくりと、ぼくの前に開かれた。するとその内部空間に在った光のすべてがぼくに向かって降り注がれるように、一気に流れ込んでくるように感じた。最初あまりに眩しくて、目を開けられなかった。目を閉じていると…貴女が…貴女がぼくに向かって…声をかけた。」
シスルは目を閉じながら、目の隙間から涙をこぼし、身体を小刻みに震わせ泣きながらそう最後に言った。
ふいに、シスルは右手をミルク先生の方へと目を閉じながら差し出していた。
するとミルク先生は、シスルの右手の上に、左手をそっと置いた。先生の手も、ちいさく震えていた。
車はまだ、長いトンネル内を走っている。
シスルは鼻を啜りながら話を続けた。
「ぼくは…このぬくもりを…何より求めていたんだ。でも、それが叶わなくて、喪われて、でもぼくは、諦めることができなかった。すごく、怖かったんだ。なぜ…最も会いたい人に会うことが叶わず…なぜ…最も愛する人に…。ぼくは怖くって、怖くって、諦めることができなかった…。貴女に、会いたいことだけが、ぼくのたった一つの、願いだったのに…ぼくは貴女の手によって、この世から、貴女のいる世界から、低く、重く、光の絶対届かない場所に堕ろされるその過程の、真っ暗なふくろうの森のなかの、その奥の、遊園地にあるダークライトの乗り物に今ぼくと貴女は乗っている。これからどんな物語がこの空間に展開されるのか、この長い長いトンネルの先にあるのか、先生、貴女と、ぼくだけが知っている。だって貴女は、十四年前、ぼくと貴女を、このふくろうの森のなかに閉じ込めた。真っ暗闇の貴女の深い深い子宮のなかに。まるで貴女がぼくを堕ろした夜に見た酷い悪夢のように。貴女はあの夜の夢のなかで、こう感じた。真っ黒な大きな袋のなかに、ちいさなちいさな赤ん坊の死んだぼくを入れ、それをじっと、貴女は上から見つめていた。そして貴女は想ったんだ。まるで”それ”は、黒い宇宙のなかでたったひとり、誰にも愛されずに誰にも悲しまれずに死んでゆく自分自身であると。貴女は望んで、今この世界に、ぼくと二人でいる。そして真夜中にしか開かないこの遊園地の扉を、ぼくと一緒に貴女は開けてくれた。このぼくと先生の乗っているダークライトという乗り物は、かならず、出口に辿り着く乗り物だよ。だからちゃんと、この決められたレール上を、真っ暗なトンネルのなかを、ぼくと先生は真っ直ぐに進んでいる。先生も、ぼくも、このダークライトがどこに着くのかを、知っている。ぼくの愛するたったひとりであるミルク先生…お母さん…ぼくは本当の想いを、貴女に言うよ。貴女が、ぼくを堕ろした六ヶ月後に母乳が出始め、一向に止まらなくなったことに苦しみ、みずから命を絶った瞬間、貴女はあの日の校長室のソファーに座って一人、ぼくを待っていたことを、心から嬉しく想う。貴女とぼくが、一つの存在であるということを、貴女が気付いた瞬間、ぼくに向かって初めて、貴女は優しく微笑みかけてくれたから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Thom Yorke - Pink Section + Nose Grows Some