Across a Night

いつもここを通る。この道を。

薄気味悪い墓地の前に車を止める。

時計を見ると、3:41 AM 男はバックミラーを見る。

Uターンしていつものガスステーションに向かって車を走らせる。

レジに駐車Noを伝えガソリンを入れ支払いを済ませ、いつもそこの24時間営業のコンビニに入り浸る。

窓際のカウンターに座っていると、予想が当たった、今夜も彼女がわたしのところにやってくる。

彼女はわたしの隣のスツールに座るとカウンターに頬杖をつきながらわたしの顔をじっと見詰めている。

わたしは振り返って、彼女に微笑みかける。

「今日もここで仕事?」

彼女はそう尋ねる。

わたしは頷いてから応える。

「締め切りが明日なので、すこし焦っています。」

「それじゃ今日は話してる暇もないね。」

「いや、話すことはできます。あなたと話すとリラックスしながら集中できて、とても捗るのです、是非話をしてください。」

「それじゃ、ちょっと話したかったことを話すよ。今日、気づいたことなんだけど、ぼくの好きな曲を、ぼくは今日も繰り返し聴いていた。なんでこんなことをきみに話すのかっていうと、きみもぼくと同じくらい音楽マニアだからなんだけど。それで、今日ぼくは発見してしまったんだ。いや、耳で気づいたから発聴と言っていいかもしれない。その、何に気づいたかっていうと、不思議なノイズ音がずっとしていることに今頃気づいたんだよ。それでそのノイズ音がさ、とても、サブリミナルっぽい音をしているように聴こえるんだ。たぶん、あれはそういう音なんだ。でもその音は、たぶん作曲した本人が意図したサブリミナルじゃない気がしたんだ。あの音は確かに作曲した彼が入れた音で、実際に曲に入っている音なんだけど、その音が不思議なことに、誰にでも聴こえる音じゃない音なんだ。うまく言えないけど、聴こえる人と聴こえない人とに別れるような音な気がしてしかたないんだ。そういう風に感じたことって、きみもある?」

「あるような気もするし、ないような気もするし…。」

「結局、どっち?」

「たぶんあるような気がします。」

「やっぱり!きみとは結構、いろいろ合うことが多いもんね。それを聴いてなんだか安心したよ。ちょっと待ってて。ホットドリンク持ってくる。」

彼女の後姿を目で追う。煙草の棚に挟まれた白い壁にかかった時計の針は午前3時41分を指している。

ラップトップに向き直って、適当な言葉を羅列してゆく。

マグカップを手に二つ、スナック菓子の袋を脇に挟んだ彼女が戻ってくる。

「今かけたんだ、この曲のことだよ。聴こえる?」

わたしは目を瞑って耳を澄ませ聴き取ろうとする。

「うーん……。」

「ぼくもイヤホンじゃないと絶対聴こえない音なんだ。」

そう言って彼女は笑った。

目を開けて、彼女がいることを確かめた後、わたしも笑い返す。

 

土砂降りの雨のなか、車を走らせている。

いつもは通らない道、今日に限って、何故かあの分かれ道を左に曲がった。

カーラジオからとてもいい音楽が流れている。誰の曲だろう…?

とても哀愁が籠った、メランコリックで不安げな、それでいてすごく切ない曲だ。

その時、この雨のなかに傘もレインコートもなしで道路脇に突っ立ってヒッチハイクのサインを出している人影を見つける。

ヒッチハイカーなんて初めてだ。どうしようか。戻って、観てみて、怪しげな人間だったら乗せるのはやめようか。

Uターンして反対車線を戻る。人影は道路を渡り、運転席の窓を覗いている。

女性だ。少年のように華奢な…。眼を瞬かせてとても困った様子で窓をコツコツと叩いている。

回って助手席に乗るようにと指で促す。

ドアを開けて水を滴らせながら乗り込んでくる。

本当にずぶ濡れだ・・・。

「ありがとう。この道路、誰も通らなくて、死んじゃうかと想った。」

わたしが返事に詰まっていると「そんなに遠くないんだ、ここから先、たぶんあと7kmほど、この道を真っ直ぐに行けばぽつんと陰気なガスステーションがあるから、そこまで乗せてってもらいたいんだ、御礼は勿論するよ。いまは何も持ってないけど…。」と彼女は言う。

時計をふと見ると3:39 AM こんな時間に、こんな場所で、しかも大雨のなか、女性が一人でいるなんて危ないにも程がある。

返事はせずに暖房をつけ、車を走らせる。

「ありがとう。すごくあったかい、身体の芯まで冷えちゃってたから、助かるよ。親切な人がいて良かった。」

無言で車をただ走らせる。

「なんかすごくいい音楽が流れてるね。これ誰の曲だろう?」

「さあ、ラジオですから。曲が終わればわかるかもしれません。」

「もうすこし音量を上げてもいい?」

わたしが頷くと彼女が右手を伸ばしてつまみを回す。薬指に指輪をつけている。

婚約者がいるのだろうか。

「あれ、終っちゃった。曲名もなんも言わなかった…。」

「残念ですが、よくあることです。たぶん曲の始まりに言ったんでしょう。」

彼女は黙って窓の外を眺めている。

窓に映った彼女を見詰めていると窓越しの彼女と目が合う。

気が動転して正面ガラスに向き直る。なんてここは暗い道なんだろう。

「いつもはこんな道を通ることはないんです。何故か今日はたまたま、この道に曲がってしまったんです。」

「きっと神の思し召しだよ。だってきみがここを通らなかったなら、ぼくはきっと死んじゃってたよ。」

何故か動悸が急に激しくなる。

「軽々しく、死ぬとか、言わないでください。」

「ごめんなさい。悪い冗談だね。もう言わないよ。」

カーオーディオのボタンを押す。音楽が流れだす。

「あれ、この曲、さっきの曲?」

「そうです。録音しておいたのです。」

「それはすごい!そんな機能があるんだ。それじゃこれでこの曲を永遠に聴けるね。」

「はい、聴きたいだけ聴いていられます。」

「きみとぼくは音楽の趣味が合いそうだね。」

「それはよかったです。」

「ぼく、実は家を飛びだしてきちゃったんだ。婚約者と大喧嘩しちゃったんだよ。いつものことなんだけどさ…。」

「きっとそんなことだろうと想いました。」

「心配してるかな。」

「きっと今頃、泣き濡れていることでしょう。」

「でも戻らないよ。彼を心配させるために飛びだしてきたんだもの。」

わたしが黙っていると、「すこし眠ってもいい?」と彼女が尋ねる。

「眠ってください。疲れているでしょう。」

「うん、実はすっごい疲れてるんだ。それじゃすこし眠るよ。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。着いたら起こしてあげますから。」

「うん。ありがとう。」

延々と同じ曲が流れつづけるなか、彼女は静かに眠っている。

窓に当たる雨は水滴になり下に落ちてはまた上から落ちてくる。

 

 

窓に当たる水滴が流れ落ちるのを眺めていると彼女が戻ってくる。

カップを二つカウンターに置いてスナック菓子の袋を開けて頬張る。

わたしは意味のない言葉をラップトップの液晶上に羅列してゆく。

「やっぱりぼく邪魔じゃない?」

わたしは彼女に向き直り、ゆっくりと首を横に振る。

彼女は笑顔になり、「はやく一緒に暮らしたいな。」とわたしに言う。

「赤ちゃんがいるかもしれないし…。」

 

 目の前に、彼女の死体が、

冷たい雨に濡れながら、夜のなかで、眠るように安らかな表情で横たわっている。

 

いつも夢遊病者のように運転している自分に気づく。

誰もいないのに、いつもこうして運転している。

いつまでも、同じ道を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


oOoOO - Across a sea