晩夏の晩か…。ちゅて、夏始まったばっかですがな…ちゅてね…。へへ…。われもえろお(えらい)仕事しとんのお。
よりにもよって…こないな熱帯夜のむっさ蒸し蒸ししとお夜に、きっつい仕事やのお。
われかて、好きでこないな仕事しとるわけちゃうんでっしゃろ。
でもなんで…死んでもうたんにゃろね。この季節に…。
見つかったときには、もう既にされこうべ(髑髏、しゃれこうべ)が挨拶しとったて検察官とかの人らがゆうとったよ。
でもそれが、綺麗な白いもんやのおて、肉付きのやつやったらしいわ。
こんな話聴いても、別になんとも想わへん?
知っとる爺さんやさかいのお。野次馬とちゃうよ。
だれが好きで、こんな腐敗臭と、死臭の漂う事故現場にカップ酒持って遣って来ますかいな。
しかもこんな夜おっそおに…。いやね…明りが点いてたん見つけたんにゃ、外からこの部屋の。
で、最初なんで点いてんのかなあおもてね、嗚呼、そうか、特殊清掃の人やなてピーンて来た。
ふんで、まあ酔って、火照り冷ましの散歩がてらに来たら、あんたさんがほんまにおったっちゅうこっちゃ。
驚きはせえへんよ、他にこんな夜更けにこないなとこに遣ってくる人なんざ、まあおらんやろ。
それにしても、暑いなあ…ほれ、見ってん、室内温度31.2度。あれなんで俺、携帯持って来たんにゃろ。いつも持ち歩かんねんけろね。
ああ、せや、写真…死んだ爺さんの写真が此処に入っとおねん。なんで撮った写真やったさかいのお…。
ええ写真やで。ああ、想い出した。珍しく、機嫌よお酒飲んどってな。何の晩やったんか忘れたが、一枚だけ、撮って見せたら、頬を桜色に染めて喜んどったわ。
俺は爺さんのこと嫌いなわけやなかってんけろな、もうエエ加減死んでもええんちゃうかて、どっかでおもとった。
もうだいぶ、頭おかしなっとったさかいの、それとも、なんや嫌がらせ的なもんやったんか知らんけろも、ほんま迷惑やったんにゃ。
もう十年も前からやで、夜中の、大体3時過ぎから、夜が明けて、雀が鳴き出す頃まで延々と、俺は聴かされて来てん。
何やと想う?ポルノビデオの音声や…それも毎回、おんなじビデオの…。
一人の女の喘ぎ声を延々と、毎晩のように、朝が来るまで大音量で聴かされてみ?ほんっんま気ィ狂いそうなんで…。
で、一回、爺さんに苦情をゆうてんな。ワレはバリエーションちゅうもんを知らんのかと。
え?そこなん?突っ込むところ。ちゅて、爺さんがツッコミ入れるはずもないわな。なんでかちゅて、爺さん、爺さん自身が、なんでその一本のビデオだけずっと観てんのんか、全くわかっとらんちゅう顔しとったさかいの。
ほんで、もう諦めた。こら無駄やわ。なんゆうても、爺さんには無駄でおまっさ。
で、はよ去(い)んでもろたほうが社会の為にええんとちゃうかて心のどっかでおもとった。
口には出さへんかったけろな。
でも…いつやったか…二ヶ月くらい前やったかなあ…。早朝に、ぼんやり目が半分醒めてん。その女の声で。そんなことはよくあることやったんやけろ、なんでやろう…その朝だけ、なんかちゃうもんに聴こえてな。その女の、喘ぎ声が。いつも苦しげな喘ぎ方で、なんやサディストが喜ぶ、ちょっとした拷問系みたいな感じのビデオなんかなあおもててんけろね、その朝だけ、それがポルノビデオの喘ぎ声にはどうしても聴こえんかった。女の苦しそうな悲痛な叫び声は、あれは…ちゃうんや…あれは出産しとるときの声なんやと感じたんにゃ。なんや、遣っとる声やのうて、産んどんのか…お、もう頭でかかっとるんか、もうちょいやな…がんばるんや、元気な赤ん坊産むために、がんばれや…て俺は夢とうつつの間でも、目ェ閉じたまま応援しとってね、はは…おもろいよな…。
ふんでな…最近のことやねん。爺さんがなんでか、俺の部屋に突然来よって、夜遅おに、俺に無言で、なんかちょっとさっぱりした顔で俺に渡したんにゃ。
え、なんやこれ?て訊いたら、何もゆわんで、何十年と溜まっとった屁ェこいてすっきりしたみたいな顔して去(い)んでもうた。
で、それが、例のポルノビデオでな…。爺さんがいつも飽きずに観とったやつ。
なんで俺に渡すねん。おもて、けったいな気分やったけろ…一体、どんな女が、俺をずっと、眠れひん夜の約十年間、苦しめたってくれとったんにゃろおもてね、それ、その晩に酒片手に観たんにゃ。
ほたら…今までだれにも欲情したことのなかった俺が、その女が喘いどる姿を眺めながら、変に懐かしい気分で、欲情しとった。
果てる寸前で、ビデオを止めて、床に入った。
目ェ瞑ると、その女が、汗をたらたら垂らして必死に、顔を真っ赤に歪めて瞼をギュッと閉じて喘ぎながら出産しとるんや。
同じ喘ぎ声で、しんどそうに喘ぎながら、我が子を産み落とそうとしとった。
俺は、気づけば大量の涙流しとってね。やっと、俺は想いだして…
なあ親父…親父も想いだしたんにゃろ…?
母さん、俺産んだと同時に死んでもうて、親父は爺さんに、反対されたんよな。
その頃から、腐乱死体の痕、清掃する仕事やっとったさかいに…
「お前は死神や。お前があいつを連れてったんにゃ。」て、爺さんが親父にゆうとる姿、俺憶えとるよ。
まだ俺4歳とかやって、爺さんは、親父から俺を連れ去らった。
親父は、全部喪ってもうて、今から40年前、この部屋で一升瓶一気飲みしたあと首吊って死んでもうたんにゃろ。
爺さんこの部屋で、死にたかったんやろな。
母さんが、爺さんにとってたった一人の孫の俺を、産み落とし、自分の一人娘と、義理の一人息子が死んだ、この部屋で。