Happy Halloween

今日は、待ちに待ったハッピーハロウィンパーティーだ。
ボクはこの日を、どれだけ、どんだけ、待ち侘びたことか。
きっとボクのこの、うきうき感、わくわく感は誰にも想像だに出来ないに違いあるまい。
何故なら、ボクはハロウィンパーティーというものに、行った例(ためし)がこれまで一度たりともありはしないのだからね。
ボクの初めての経験、きっとその体験は、ボクの想像を遥かに超えることと願っている。
ボクは、散らかったままの部屋に置いていたのでくっちゃくっちゃになってしまった”Happy ハロウィンパーティー”と題されたチラシを、椅子に座って膝の上に置き、じっと眺めた。


対象:3歳~小学6年生
参加費:500円

と書かれてある。
良かった。年齢制限は、ぎりぎりイケてる。
ボクは、今年で36歳だから、なんとか、なんとか、なんとかアレして、アレとコレとタレとかしたら、イケるだろう。たぶん。
だって、ハロウィンパーティーと言えば、そう、仮装パーティーである。
みんなアホみたいな、被りもんとか、けったいな着ぐるみとか、恐ろしい仮面(覆面、マスク)などをして家を出るパーティーだと言うではないか。
ボクはそれを、利用しない手立てはないであろう。
それを利用せずして、なにを利用して、ボクはこの10月を越したらええんだ。
苦役の塊みたいなこの恐怖の年末に近づく十月を。
えっ?もう十月?ま、まさか・・・なんでこんな時が経つの早いかって?そらボクが、家にずっといてるからなの?教えてジャーニー。ジャーニーってどこの誰ですか?はい?hey!
そんな憂鬱なことを考えるのはもうよそうぜ。もうすぐハッピーなハローウィンパーティーなのだから。

そして、遣って参りました。待ちに待った、ハッピーハロウィンパーティーの日が。
時間は、AM11:00~ あと一時間後だ!急げや急げ、ぼくはシャワーをさっと浴び、裸の上に、でっかくて白い大きなシーツで作った衣服をすっぽりと頭から被った。
これでどこからどう見ても、おばけの格好の仮装をした、小学6年生の少女に見えるに違いあるまい。
何故ならば、外から見えるボクのこの、肉体という被り物は、穴を二つ開けた、目の部分、ただそこだけなのだから!
とにかくボクは、時間が迫っていたので、産まれたままの姿に白いシーツを一枚被っただけの格好で、何も持たず、外へ走り出た。
勿論、ノーブラだから(ってかボクは胸が小さいためいつもノーブラだが)、乳首が、36歳の熟女の乳首の感じに透けて見えてたら、そらヤバイので、ボクは思い切り猫背になって、絶対に乳首が見つからないようにと意識して、ボクは十字路を駆け抜けた。
一瞬、突風がやってきて、あたかもスカートが舞い上がるマリリン・モンローの如くになりかけたが、あのシーンは「七年目の浮気」という1955年の恋愛コメディ映画のワンシーンらしいが、ボクとしたことが!まだ観られていなかった為に、そのシーンを真似できなくて、ひっじょおに残念でならなかった。
この白い被り物のシーツが舞い上がってしまっては、ポリコオを呼ばれて、職務質問されるか、もしくは下手したら露出狂者と誤解されて、留置所送りなんてことになるやも知れず、そんなこととなってはボクの楽しみでハッピーなハロウィンパーティーに参加して、Happy Halloween!!とそこらかしこで叫んで讃歌できないではないか。
そんなこととなって溜まるかあっとボクは全身でシーツが舞い上がるのをくるくると駒のように回りながら押さえつけて回避した。
そしてまたもや同じような突風によってシーツが舞い上がることを防ぐため、ボクはそのままくるくるとシーツを押さえて回りながらHappy ハロウィンパーティーが行なわれる最寄り駅すぐ近くの”ジャック英会話教室”の前にやっと辿り着いた。
窓辺の棚には、たくさんのカボチャやおばけやコウモリなどのハロウィンの飾付けがあったが、その奥にはもっと華やかな天井から釣り下がったジャック・オー・ランタンや、髑髏(どくろ)や案山子(かかし)のおもちゃやゴス(goth)チックなお城の飾りが見えたので、ボクの胸は、それはそれはときめいたことだ。
ボクは胸に手を当てて、ドキドキワクワクしながら、英会話教室のドアを開けた。
チャリラリランランラーンみたいなアンティークなドアベルの音が鳴った。
まるでボクがこの空間に現れたことを待ち望んでいて、それを天使が祝福しているかのような音だったのでボクの胸はそれはそれは喜びに沸き立った。
ボクのなかに、それまであった、もしかしたら年齢制限でばれて、帰らされるかもしれんばい。という不安は消え去って、ボクの心はこれから巻き起こる愉快で幸せな出来事の数々に想いを馳せては、その場に黙って立ちすくんでいた。
ここで待っていたらば、きっと誰かがやってきて、なんかゆうてくれるに違いないと想ったからである。
しかし十分近く待っていたが、誰もまだやってはこなかった。
ボクは辛抱が切れて、退屈だったので教室のなかを回って、回ってと言ってもくるくると先ほどのように回転したのではなく、この空間内を見て回った。
ボクはテーブルの上に置かれてある馬鹿でかいパンプキンのジャック・オー・ランタンの器用にくり抜かれた顔を近づいて眺めていた。
そのときである。
教室のなかが突如、薄暗くなった。ライトが全て落ちたようである。
そして次の瞬間、ドアを開けて、ものすごい勢いで声をあげてはしゃぎながら十何人かの子供たちが走って教室内に入ってきた。
みな面白くて愉快で可愛らしい仮装をしているから、顔もわからない子達ばかりだった。
ボクは互いに顔が見えないものの、すこしく緊張した。
ボクだけが、きっとこのなかで子供でないからだ。
でもボクは大人だと気(け)取られたらまずいので、子供たちと一緒になってこのロリ声を生かして、子供のような声を出してはしゃぎ回った。
どうやらボクのことを感づいている人間はここにはまだいないようだと見受けられたのでボクはほっとした。
ボクは緊張がほどけたところに、尿意が気になったので、トイレがどこにあるかを探した。
この部屋を抜けるドアを開けると、そこには狭い廊下があり、廊下にはいくつかのドアがあった。
二つ目のドアに”washroom”と表示されてあったのでそのドアを開けようとしたそのとき、ちょうどドアが開いてなかから人が出てきた。
大きな狼のような頭だけの被り物を被って黒いスーツを着こなした背の高い人間であった。
狼は視界が悪いからか、大きな頭を振って振り向いたため、その突き出た鼻の先がボクの鼻先をかすめ、ボクは勢いよく退こうとしたために滑って尻餅を床に着いた。
危ないことに、もう少しでシーツが捲(まく)れてボクの熟女的な生々しい生脚が露わになる寸前でボクはひっしと押さえ込んだので多分相手に見られることはなかったはずである。
相手はさすが英会話教室に来るだけの人間である。
完璧そうな英語でボクに手を差し出しながら狼のその口から申し訳なさそうな言い方で「I’m terribly sorry(誠に申し訳ない)」と言った。
口ではそう言ってはいるが、狼の被り物を外せば笑いながら言ってるやも知れず、ボクはひどくムカッと来て、つい口から言葉が勝手に外に出てしまった。
「もうすこしで、ボクは鼻の骨を折るところだった!」
そんな言葉がつい出てしまったのも、この狼の人間が男性であったことがわかったからであろう。
ボクは自分でここにやって来ておきながら、英語がペラペラだとかの、インテリな男には無性に妬ましさから来るムカつく想いを普段から抱えて生きているからである。
しかし言った瞬間に、ボクはひどく後悔した。
一つは大袈裟すぎる言い分であったのは確かだし、この口の利き方が大人だとばれてしまうのではないかと危ぶんだからだ。
でも相手に対してムカついている想いは変わらないし、言ったことにスッキリとしたのもあって、ボクは差しだされた手をスルーして一人で立ち上がってから無言で相手をよけてwashroomのなかに入ろうとした。
すると相手の狼男が後ろから、「あの、ちょっと待ってください」と穏かな声で言ったので、ボクは一体なんなんだという気持ちで振り返って相手の狼の顔を正面から見た。
狼は口を動かさずに、「Happy Halloween」とだけ言った。
ボクはなんでトイレに行くのを拒まれてまでこの言葉を相手から掛けられなくてはならなかったのかが全くわからなかったが、これに無視すると後々面倒なことになる気がしたので、ボクも眼も笑わずに相手に向かって、口も極力動かさぬようにして、「Happy Halloween」とだけぼそっと言って返した。
相手は微笑むこともせず(被り物だからなかで微笑んでいてもわからないため)、黙って立ちすくんでいたので、ボクも黙ってwashroomのドアを開けてなかに入った。
用を足し終わって、スッキリしてwashroomの外へ出た。
先ほどの狼男が、何やらわざとらしく、廊下の壁の飾り付けを行なっていた。
そしてボクに気づくと、恭(うやうや)しくも頭を下げたあとに近づいてきてこう言った。
「キミと会うのは多分初めてですね?身長が大きいから、6年生でしょうか?」
ボクはさっきの偉そうな態度を改め、もじもじと身体をくねらせて可愛い6年生の少女を装いながら答えた。
「うん、ボク、小学6年生。あ、ボク、って言ってるけどぉ、ボク、女子なんだぁ。ところで、あなたは誰ですか?」
狼男はまたもや手を差し伸べながら言った。
「当たりましたね。はじめまして。わたしはこの英会話教室で英会話の先生をやっているジャック・ザドクという名前の者です。英会話に興味がありますか?」
ボクはそれを聞いたとたん、しまったあっと心内で叫んだ。
よりにもよって、ハロウィンパーティーの主催者であるだろうこの英会話教室の先生に向かって、あのような牙を剥いてしまったのであった。
ボクは無邪気に微笑む顔を作って、相手の手をシーツ越しに握って言った。
「はじめまして。先生だったんだね。さっきはちょっと言い過ぎてしまって、どうもアイムソーリィー。ボクは英会話ぜんぜん駄目だけど、興味はあるよ!」
ボクの手は緊張で汗ばんでいたが、何故か相手は握り締めたまま話し出した。
「いえいえわたしのほうが本当にごめんなさい。どうもこの狼の頭が、視界がすこし悪くて、キミがいることに全く気づけませんでした。危ないので、あとでもう外そうかと悩んでいるところです。英会話に興味があるのはとても良いことですね。今なら秋の入会キャンペーンを実施していて、10,000円の入会金を全額免除と、それから本年度の年会費6,500円も全額免除で無料となっていますから、もしこの教室に入会したいなら、今月の末までにわたしにお電話でもいいので、伝えてください。その時に詳しくお話しますから」
ボクは英会話教室に入会する気などさらさらなかったが、好印象を与えておけば、何かと有利だと想ったので、微笑んで返した。
「ボク、英語苦手だけど、先生みたいな優しそうな人が教えてくれたら、覚えられるかもしれない!今日帰ったら、うちのママに相談してみる!」
「今日は一人でここへ来たのですか?」
「そうだよ。友達や兄弟も来たそうだったけど、ちょっと他に用事があったから」
「そうですか、一人でよくぞ来てくれましたね。わたしはとても嬉しいです。Happy Halloween!!」
「Happy Halloween!!」
二人ではははっと笑ってボクはそのあと、彼と一緒に廊下の枯葉リースの飾り付けを手伝った。
こんなことをしにここへやってきたわけじゃないので実に面倒だったが、ここで面倒な手伝いも快く引き受ける心優しく気立ての良い少女を演じてさえいれば、後々に待ち受ける可能性のある成人だとばれて無言の軽蔑と侮蔑と差別的な眼を向けられる未来の責務を大幅に免除してもらえるやも知れないので、ボクは嫌々ながらも甲斐甲斐しくこれを狼ジャック先生と一緒に他愛(たわい)のない会話をしながら遣り通した。
そしてすべての装飾を終えると、ボクと先生は子供たちのいる部屋へと戻った。

覆面の顔の見えない子供たちと一緒に遊ぶパーティーは、いつまでも続くような気がした。
でもボクの当てたビンゴゲームの景品が何故か、封を開けたら赤ワインだった・・・・・・
ジャック先生に手渡された景品だ。
もしかして、先生はボクが成人であることに気づいて、お酒をボクにプレゼントした・・・・・・?
ボクはお酒が大好きなので、こんなに楽しいパーティーに、お酒が無くてどうする?という想いをお酒切れなくなって、じゃない・・・押さえ切れなくなって、ボクはこっそりパーティーの部屋を抜けて、違う部屋に行って、一人で瓶のまま赤ワインを飲んだ・・・・・・

それにしてもこの部屋は、なんてすっきりとした何にも無い、テーブルが一つあるだけの部屋だ。
使われていない部屋なのだろうか。
まぁそんなこと、なんだっていいけれど。

ボクはお酒を飲みすぎて、冷たく白い床に横になった。

あの部屋から、子供たちとジャック先生の楽しそうな遊ぶ声が聴こえる。
あの先生、一体どんな顔をしているんだろう?
声はまぁ、すっごくタイプだけども・・・・・・

 

 


ジャック先生の声で、ボクは目が醒めた。
どうやらあのまま、眠ってしまったようだ・・・・・・

 

 


もう子供たちは、みんな帰ってしまいました。
この教室には、今はわたしとあなたしかいません。

ジャック先生?とても暗い。灯りをつけて。

ありがとう。明るいけど、どうして先生の顔のなかに灯りがともっているの?

それはわたしのなかは空っぽだからですよ。

そんなはずはないよ。先生は被り物じゃなくって、人間なんだから。

それはあなたが一番よくご存知ではありませんか?

どういうこと?ボクは先生のこと、なにも知らないはずだよ。
今日会ったばかりなのだから。

今日は何の日ですか?

勿論、ハロウィンの日だよ。

では、”Trick or Treat”(トリック・オア・トリート)貴女の甘いお菓子をわたしにくれないならば、貴女に悪さをしますよ。

生憎(あいにく)、ボクは今なんにも持ってないんだ。ごめんなさい。

では貴女にわたしは悪さをします。

それはやめてよ。どうか免除して欲しい。英会話教室に入室するから。

では免除をしますから、貴女の甘いお菓子をわたしにください。

だから何も持ってないんだ。急いで来ちゃって、忘れてきちゃったんだよ・・・

貴女は今、ちゃんと甘いお菓子を持っています。それをわたしにください。

甘いお菓子って、いったいなんのこと?

貴女のその被り物の下にあるものです。

許してよ。本当に何も持ってこなかったんだから。

貴女はわたしの一番欲しい甘いお菓子をちゃんと持っているのです。
ですから、その被り物を剥がしてください。

これは・・・剥がせないよ。

何故ですか?

何故って・・・見られたくないから。

わたしに?

そうだよ。

でもそれを剥がさないなら、わたしはあなたに悪いことをしますよ。

悪いことって一体どんなこと?

貴女のまだ、行ったことのない場所に、貴女を連れてゆきますよ。

そこはどんなところ?

知ればきっと、貴女は行きたくないと言うでしょう。

キミは行ったことがあるの?

わたしは夢で、行ったことがあります。

どんなところだった?

貴女が知るなら、きっと行きたくないと貴女は言うでしょう。

そんなに恐ろしいところなの?

恐ろしいかどうかは、貴女が行ってみてから決めることです。
わたしが決めることではありません。

いいから教えてよ。そこはどこにあるの?

では一つお教えします。そこは、死者と生者の、境目の世界です。

境目って・・・一体どんなところなんだろう?想像するのも難しいな。
そこに行くってことは、死んでも生きてもいないの?

そうです。死ぬことも生きることも、赦されません。

苦しいところなの?

苦しいかどうかは、貴女が行ってみてから決めることです。
わたしが決められることではありません。

キミが夢で行ってみたとき、苦しかったかどうかを訊いてるんだよ。

わたしはとても苦しかったです。

どんな風に?どうして?

貴女がそこにいなかったから。どんな風に・・・言い表すのはとても難しいものです。

ボクがそこにいないって、当然じゃないか?ボクとキミは今日出会ったばかりなんだから。

そうでしょうか。貴女がその被り物を剥がせば、わかることです。

一体どういうことなのか、わからないよ・・・。他に選択肢は無いの?

では貴女の為に、他にもう一つ、最後の選択肢をあげましょう。
三つ目の選択肢、それは、わたしは貴女を壊してしまおうと想います。

壊す・・・・・・?そんな恐ろしいことを言わないでよ。ボクはモノじゃないんだから。

そうですか。では二つの選択肢から、貴女は選んでください。

ただのハロウィンのお遊びでしょう?なんでそんな深刻な選択肢しかないの?

深刻なお遊びは、お嫌いですか。

好きじゃないよ。さっきからすこし、吐き気も感じている。飲み物を飲みすぎたからかもしれないけれど・・・

貴女はどうか、その被り物を剥がしてもらえませんか。わたしはもうすでに、あなたの中身を知っているのです。

えっ、そうなの・・・?ばれちゃってたか、やっぱし・・・

はい。勿論です。貴女がわたしを騙すなど、できるはずもありません。

ごめんなさい・・・。素直に謝罪するよ。でもふざけてたわけじゃなくて、ボクは真剣にこのパーティーに参加したくって・・・

謝罪は必要ありません。しかし貴女は、どうかわたしの前でその被り物をすっかりと剥がして、貴女の甘いお菓子をわたしにください。

甘いお菓子って、一体なんのことだか・・・

あなたがその被り物をすべてわたしの前で剥がしてしまえば、わたしは貴女の甘いお菓子を食べることができるのです。

もし、嫌だって言ったら?

仕方がありません。死者と生者の境界に、わたしは貴女を連れ去ります。

それも嫌だって言ったら?

わたしはあなたを壊してしまうしかありません。

なんて殺生な選択肢だろう・・・それじゃぁ・・・着替えを持ってきてもらえないかな?ボクはこの因果な被り物を剥がして、キミの用意した着替えに着替えるよ。それでいい?

貴女の着替える衣など、どこにもありません。

キミは本当にボクを怒ってるんだね。キミを騙してしまったことは、本当に申し訳ないと想ってるよ・・・
人を騙すのはやっぱり良くないよね。心から反省しているよ。どうか許して欲しい。入会して、入会金も年会費もちゃんと払うからさ。

わたしは貴女を赦します。その代わり、その被り物を、わたしの前で脱ぎ払って、わたしに本当の貴女を見せてください。

でも・・・この下・・・この際もう言っちゃうけど、何にも着てないんだ・・・だから脱ぐことなんてできないよ。

だからわたしに見せてください。何も着ていない貴女を。

そんなこと・・・できないよ・・・まだ結婚もしていないのに。

わたしと結婚すれば良いことです。

キミのこと、まだなにも知らないよ。

わたしは貴女のことを知っているのです。

ボクがこの被り物をキミの前で脱いだら、それだけで本当に許してくれるの?

そして貴女の甘いお菓子をわたしにくれるのならば。

もういいでしょう?甘いお菓子って、なんなのか、ボクに教えて。

貴女の最も良いもの、”Souling”(ソウリング)、甘い甘いソウルケーキのことです。

Soul(ソウル)?ソウルって、魂のソウルのこと?

そうです。貴女の甘い魂を、どうかわたしに食べさせてください。

ボクの魂をキミに食べさせたら・・・ボクは一体どうなってしまうの?

わたしと貴女は、一つになるでしょう。

何故?何故キミはボクと一つになりたいの?

何故でしょう。貴女が被り物を脱ぐなら、わかるはずです。

いったい・・・・・・キミは誰なの?キミこそ、その薄気味悪い蕪(カブ)の、被り物を脱いでボクに顔を見せてよ。

わたしの中身はからだと言ったはずです。

それじゃぁ、からのキミを見せてよ。キミが見せてくれるなら、ボクも脱ぐから。

本当ですか。

うん、もう疲れちゃったんだ。この遊び。そろそろ終わりにして帰りたい。

ではわたしは、この被り物を脱いで、貴女に本当のわたしをお見せします。

うん、ありがとう。ものすごくドキドキする。

 

ジャック先生は、白い蕪の頭の被り物を両手でゆっくりと持ち上げ、その頭を外し、外した頭を左手にあったテーブルの上に置いた。

 

キミは・・・キミは・・・まさか、そんなはずは・・・
だってキミは・・・あの日、ボクが、殺したはずなのに・・・・・・

わたしは一体誰でしょう。

ボクはキミを殺したはずなのに・・・・・・あの日ちゃんと、手術で・・・

わたしは誰ですか?

キミはボクが、あの日、あのハロウィンの日に、堕ろしたはずだよ・・・

もう何年前のことでしょう?

もう20年も前のことだよ。

20年。二十年間、わたしはここにいたのです。ママ。

ここって・・・・・・どこ・・・?

貴女の夢のなかです。

夢?ここはボクが今見ている夢?

そうです。

なんだ、夢なのか・・・良かった・・・。

さあ約束です。ママ。わたしの前で、その被り物を剥がしてください。

わかったよ。夢なんだから、別になんてことないよ。

貴女の甘いお菓子をわたしに食べさせてくれますね?ママ。

いいよ。だって夢なんだもの。どうにでもなるよ。

ママ。何故わたしを産んではくれなかったのですか。

仕方がなかったんだよ・・・・・・お金も無かったし、相手は行方不明になったし、君を産んで育てる自信も全く無かった。ボクはまだ16歳とかで・・・・・・

それは本当に気の毒なことです。たったそれだけの理由で貴女はわたしを殺したのです。
わたしの頭は、貴女以外の人間の手によって、引き千切られ、わたしは殺されたのです。

一体ボクに何をして欲しいの?でもここは夢のなかだよ。夢の世界で、キミは一体ボクに何を望むの?

わたしは貴女と一つになりたい。もともと貴女とわたしは一つだったのです。そこへ戻りたいのです。

夢の世界でも、満足なの?

たとえ夢のなかでも、わたしは満たされたいのです。たった一人の、愛する貴女と、一つに戻りたいのです。

わかったよ・・・・・・ボクのすべてをキミにあげるよ。

本当ですね?

本当だよ。

ありがとう。ママ。では、その被り物を、わたしの前で脱いでください。

わかった。

 

ボクは白いシーツで自ら作ったこの被り物を彼の前ですっかり脱いで、そのシーツを、右手の床の上に置いた。

黒いスーツを着た彼はわたしに近づき、跪いてわたしの脣(くち)にそっと脣付けした。
彼の青い眼から、涙が一粒、わたしの頬の上に落ちた。
棺のなかで眠っている、わたしの頬の上に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Ricky Eat Acid - Sun not low on my cheek, she's eating my bones

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亡霊

4歳のわたしは、44歳の母の死体を見詰めていた。
そのときわたしは、母に取り込まれた。
母は死んでもわたしを離さなかった。
そのときわたしは、母を取り込んだ。
母は亡霊になったのではなく、母は生きて、わたしが亡霊となった。
母はわたしを生きている。
わたしの生は、母のものであり、母の死は、わたしのものとなった。
わたしは母を生きている。
わたしは死を生きている。
4歳のわたしは、44歳の母の死を見詰めていた。
そのときわたしは、本当の自由を知っただろう。
わたしのすべては母のものであり、母のすべてはわたしのものとなった。
ここにすべてが存在している。
完全なるすべてが。
でもわたしはこれから、死からも見放された亡霊となるだろう。
それがどういうものであるのか、わたしはこれから知ってゆくのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 I was staring at the dead body of my 44-year-old mother when I was four years old.
At that time I was taken in by my mother.
My mother died, but she did not let go.
At that time I took in my mother.
My mother did not become a ghost, but my mother lived and I became a ghost.
My mother is living.
My life is of my mother, and my mother's death has become mine.
I am living my mother.
I am living death.
I was staring at the death of my 44-year-old mother when I was four years old.
At that time I would have known the real freedom.
Everything is my mother's, all my mother's belongs to me.
Everything is here.
Everything is complete.
But from now on I will be a ghost disappeared from death.
I will now know what it is.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Christian Löffler - Ghost

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ѦとСноw Wхите 第16話 〈36th Birthday〉

2017年の8月4日午後5時前、Ѧ(ユス、ぼく)はぼんやりとDeerhunter(ディアハンター)の「Microcastle(マイクロキャッスル)」を聴きながら曇った不透明の磨りガラスの向こうを眺めてた。
飛行機が飛んでゆく音がする。

 

「But my escape,
would never come
でもぼくの脱出は、
決してやってこない」

 

「Would never come(決して来ないだろう)」
そうスピーカーから甘く気だるいポップソングに乗って繰り返し聴こえてくる。

時計を見ると17:00を過ぎた。
外はまだそんなに暗くなってない。
それに比してѦの部屋はとても暗い。
最近、部屋のなかはデスクライト一つしか一日中点けていないから。
天井の蛍光灯の灯りはこの目には眩しすぎる。
だんだん目が悪くなってきているのかどうかもよくわからない。

Ѧはさっきアボカドを丸侭一つ食べてお腹がいっぱいになった。
いや、一つも食べ切れなくてすこし残した。

 

声が聴こえる。
スピーカーの中から。
声が聴こえる。
Ѧの内側から。

 

Сноw Wхите「Ѧ、お誕生日おめでとう」

Ѧが目を開けると、目のまえにСноw Wхите(スノーホワイト)が微笑んで座っていた。

 

「this is the land of OAO
 ここはOAOの国」

 

そう何度もそばにある50年代のジュークボックスから音楽が流れている。
Wurlitzer 2300 Jukeboxもあるってことはここは1959年の時代か・・・
ってなんでѦはそんなことに詳しいんだっと心のなかで自分でツッコミを入れた。
それにしてもどこか廃墟じみたDiner(ダイナー、食堂車)だ。

人っ子ひとりいないじゃないか。

 

Ѧ「Сноw Wхите!ありがとう。Ѧ、また年を取っちゃった」

Сноw Wхите「Ѧが産まれてから、36年の月日が経ったのです」

Ѧ「もうそんなに経ったんだ。Сноw Wхите、いったいここはどこだろう?」

Сноw Wхите「ここはどうやら、OAO(オーエーオー)の国のようです」

Ѧ「そんなバカな、ѦはOAOになってしまったのかな、ミセス・ヘミングスではないことは確かだよ。そういうСноw Wхитеは今日はどこか顔色がいちだんと白い気がするけれど、まさかヴィクトリア朝の吸血鬼になってしまったとか、まさかのバカな、バカなのまさか?」

Сноw Wхите「わたしは実は過去の罪人のゴーストを探している無駄棺の凶悪なティーンエイジャーの少年たちに地下室に1600年間も閉じ込められていた吸血鬼だったのです」

Ѧ「そんなことだろうとは想ったけども、不滅の魂たちはやたら田舎者だったなんて、そんなあほな?」

Сноw Wхите「彼らは歳を取ったブラック山賊でもあり、1600年間も自分たちとの戦争で戦っていたのです」

Ѧ「けっこう、自分に対しても厳しい少年たちだったんだね。それで耐えられなくなって、逃げてきたの?彼らもOAOだよね?」

Сноw Wхите「耐えられませんでした。1600年間はなんとか耐えられましたが、それ以上は、しんどかったのです」

Ѧ「気持ちはわかるよ。ところでさっきからずっと気になっているのだけれども、Сноw Wхитеの膝の上に載っている袋のなかになにがいるの?動いているし、何か、か細い声で鳴いているような声が聴こえるよ」

Сноw Wхите「はい、すっかり渡しそびれてしまっていました。これを受けとってください。Ѧ、わたしからの誕生日プレゼントです。サプライズの」

Ѧ「なんてことだろう!Ѧはこんなに袋を開けるのが恐ろしいプレゼントは初めてだよ。開けてもいい?」
Сноw Wхите「勿論です。早く開けて、新鮮な空気のなかで息をさせてあげてください」

Ѧ「苦しがっているのか・・・このなかにいる奴」

 

Ѧが袋を開けると、なかにはこいつが、Ѧを見上げていた。

 

 

 

 

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Aurora World Taddle Toes Krakers Octopus Plush
by Aurora
Link: http://a.co/eAo8nPx

 


Ѧ「このOctopusは!Ѧが欲しくてAmazonの欲しいモノリストに入れていたやつじゃないか!ピンタレストにも貼ったやつだ。Сноw Wхите、ѦのPinterestを観たの?」

Сноw Wхите「わたしはいつも覗いています。でもѦのPinterestを覗かなくてもわたしはѦとテレパシーで繋がっているので、Ѧの欲しいモノはすべて把握しているのです」

Ѧ「Wow!Ѧはとても嬉しいよ!だってこいつ、ずっと観ているとどこかСноw Wхитеに想えてくるから・・・」

Сноw Wхите「Snow deep blue boy(スノーディープブルー坊や)と呼んで可愛がってあげてください」

Ѧ「約してディブボって名前にしよう!」

Сноw Wхите「それはとてもその生命体にぴったりないい名前です。ディブボはѦに会いたがっていたようです」

Ѧ「そうだったのか!ディブボ!Сноw Wхитеが買って連れて来てくれなければ、1600年は会えなかったかもしれないね」

Сноw Wхите「たぶんOAOの国で手の込んだ文化と戦い続けていたことでしょう」

Ѧ「そしてぼくらと出会う未来もあったのか・・・」

 

it never stops
it never stops
it never・・・

 

音楽はずっと鳴り止まなかった、ぼくの誕生日!
36度目の・・・Birthday!

ずっと続く
ずっと・・・

ぼくらの脱出は、決して来ないだろう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


Deerhunter - It Never Stops (album version)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ѦとСноw Wхите 第15話 〈架橋〉

前へ進めない。

前へ進むには、あちら側へ渡らないといけない。

あの橋を、あの橋を渡らないと前へ進めない。

Ѧ(ユス、ぼく)は一人で川のまえに立っている。

この川は、どれくらい深いのだろう。

まるで深さが見えない川だ。

Ѧの顔も映さない。透きとおってもいないし、濁ってもいない。

こんな川は見たことがない。

何故ここに、Ѧはずっとあれから立っているだろう。

あれからずっと・・・・・・Ѧはここから動けない。

何も考えないと、涙が時折り流れてくる。

Ѧはすこし、また痩せたみたいだ。

眩暈がする。川の下にも川があり、川はどこまでも川に繋がっているようだ。

彼方(あちら)側には何があるのだろう。

真っ暗で何も見えない。

前へ進まないと。あの橋を渡るのが怖い。

橋を渡るのはよそう。きっと耐えられない。

Ѧは、この川を泳いで渡ろう。

波打つような形の幾何学模様のピンクと白と黒のワンピースを着たѦは川のなかを眠るように泳いだ。

白と黒とピンク、白と黒とピンク、白と黒とピンク、それらが波打っている。

それ以外、何も見えない。

白と黒と薄いピンクのすべてがѦを生き物のように絡めとった。

目を開けるとСноw Wхите(スノーホワイト)がѦを抱っこして川に胸まで浸かっていた。

Сноw Wхите「Ѧ、泳いで渡るのはよしましょう。とても危険なのです。あの橋を渡りましょう」

Ѧは咄嗟に目を伏せて言いました。

Ѧ「ごめんなさい・・・・・・」

Сноw Wхитеの垂れた前髪から、滴がぽたぽたと落ちてくるのがѦには涙に想えてしかたありません。

きっと、Сноw Wхитеはつらいんだ・・・・・・。

Ѧはつらくて顔を上げられません。

Сноw Wхите「なぜѦは謝るのでしょう?わたしの望んでいることなのです。わたしは耐えることができます。それはѦの愛によって耐えることができるのです。わたしが耐えられるなら、Ѧも耐えられるはずです。Ѧを信じてください」

Ѧは悲しくて涙が溢れてきます。

Ѧにとって、本当に成し遂げたいことが、本当に苦しいことだからです。

あの橋を渡ることがつらくてならないのです。

正常な感覚で渡れるように想えないからです。

この川は何ものなのでしょう?

今、ѦとСноw Wхитеは一緒に浸かっています。

温度すら、感じられません。

ѦとСноw Wхитеは何に浸かっているのでしょう。

Сноw Wхитеは、今、人間でしょうか?

人間のようにも見えます。

優しくて悲しそうな目でѦをじっと見つめつづけています。

Сноw Wхите「Ѧ、あの橋を渡りましょう。Ѧが渡るため、わたしが架けたのです。わたしはѦと一緒にあの橋を渡ります。あなたのなかに、わたしがいるからです」

Ѧは何故だかわからないのですが、Сноw Wхитеは何も悪くないのに、Сноw Wхитеを恨んでしまう自分がいることに気づきました。

この得体の知れない川と、闇をしか映さない彼方側と、Сноw Wхитеの存在が同じものに想えてなりませんでした。

Ѧはまだ、俯いたまま返事ができずに、ただただ悲しんで泣いています。

Сноw Wхитеの目さえ、濁っているのか透きとおっているのか、どちらでもないのかわからなくなっているからでしょうか。

何かがずっとゆれ動きつづけていることだけは感じられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ѦとСноw Wхите 第14話 〈edge〉

Ѧ(ユス、ぼく)はおとといに、お姉ちゃんにちょっとした告白のメッセージを送った。

それは、こんなものだった。

 

 

こずは今日こそ、お姉ちゃんにちょっとした告白をしようと想う。
心を落ち着かせて聴いて欲しい。
 
 
 

お姉ちゃんは傷つくと想うけど、お姉ちゃんはこずのこと、ちっともわかっちゃいない。

この際言うけれども、こずはまだ、こずのせいでお父さんは死んだと想ってるし、それを信じてずっと生きてる。
こずはこずを赦されへんねん。どうしても。
こずはこずのことを愛してるけれども、
こずはこずをいつでも、起きてるあいだずっと自分をぶっ殺したいほど憎い。
一度殺しただけじゃ気が済まない。
永久に自分を殺しつづけたいくらいに憎い。
その自己憎悪というもんは、自分だけに向くもんじゃないねん。
それは必ず、他者に向く。
それが人間の普遍的心理であって、誰もがそういうもんやねん。
自分を愛してるからこその愛憎で、それが他者に向けられる。
だからこずがいつでも自分を憎みつづけているということは、同時に他者をも、すべてを憎み続けていることと同じやねん。
こずだって自分を赦したいよ。
でもそれは簡単にできるものじゃないし、それがこずの生きる人生の一番大きな試練で、必要な苦しみだとこずは自分でそう感じてるし、そういう意味ではすごくポジティブになれてきたと想ってる。
すこしずつ、すこしずつ、自分を赦していくのが人間なんちゃうかな。
それくらいこずの自分に対する憎悪は重くって、それはお父さんを本当に愛していたことの証明やから。
一番苦しめたくない人を一番苦しめてしまった後悔は、そうちょっとやそっとでなくなるもんやない。
こずにとってお父さんはお母さんでもあってん。
こずにとってたったひとりの親やった。
こずのすべてやってん。
だからお父さんが死んだ晩、本気でこずうちのマンションの四階から飛び降りてお父さんのところに行きたいと願ってん。
でもそうしたらお姉ちゃんやお兄ちゃんやしんちゃんが余計哀しむと想ったから自殺するのを想い留まることができた。
兄姉誰もおらんかったらこずはとっくに死んでる人間やで。
未だに余生を送ってるような気持ちで生きてる。
こずはお父さんが死んでから生きてる感覚というもんがほとんどないねん。
季節というもの、時間が流れているという感覚がない。
生きてるっていう実感がない。
まるで夢の中をずっとふわふわと足も地に着かずに生きてる感覚で生きてる。
そういう人を「離人症」っていうらしいねんけど、これがほんまつらい。
生きてる実感がないから人を傷つけてもどこかで平気でおれたりする。(夢の中で人を傷つけてるような感覚やから)
ずっと自暴自棄で生きてるから、すべてがヤケで、人を傷つけることで自分を傷つけて喜んでるような人間やねん。
こずはサドやけど、同時にドエムで、それも全部自分が憎いからそうなってしまった。
人を傷つけることは楽しいとさえ感じてるときもある気がする。
自分が傷つくこと、自分が苦しむことをいつも求めてるから、自分の投影(鏡)でしかない相手を苦しめることが嬉しいことになってしまうねん。
 
 
人間追い込まれてゆくほどだんだん闇が深くなっていって、それを身内に知らせることってつらいことになってくるねん。
絶対、傷つくと想うから。
こずはもう2008年から引きこもってるから今年で8年やな。
ネットの場っていうのはこずにとってほんとうの救いの場やで。
ネットでしか発することの出来ない自分の気持ちばかり持って生きてるから。
身内には言えないことばっかりでできてるのがこずという人間やねん。
 
 
そんな人間が人を傷つけない言葉っていうたら、ほとんど表面的な言葉でしかない。
核の部分に「自分(人)を傷つけたい」っていう気持ちが隠れてるわけやから。
でもわかってほしいのは、あくまで傷つけたいのは自分自身で、「他者」ではないってこと。
 
メンヘラはみんな自分と他者の境界が薄くって、他者を自分のように感じてる。
だから他者から冷たい仕打ちや酷い仕打ちを受けたとき、それは自分自身から受けたことと同じで、
自分から愛されない自分を憎んで、その自己憎悪が他者へ向かう。
 
お姉ちゃんもこんなに闇の深い妹を持ってしまってつらいと想うけど、でもこず自身は深い喜びをだんだん感じて生きてる。
苦しみが深いほど良い物語も創れるし、他者の痛みもわかるようになってくる。
 
だからあまりネガティブには捉えて欲しくない気持ちがある。
むしろこずが選んだ道をこずがちゃんと生きてることに安心して欲しい。
 
 お姉ちゃんを落ち込ませてしまったかもしれんけど、これがこずの実態で、こずのあんまり身内に知らせたくなかった”心の闇”なのです。
こずはできるだけこずの内面をすべて自分の書く物語に注ぎ込みたいと想ってる。
創作こそが昇華(カタルシス)になるものやから。

 

 

 

 

 

その夜と昨日、お姉ちゃんから返事が来てた。

それは、こういったものだった。

 

 

 

 

 

なっがw
長過ぎるわ(; ̄Д ̄)
 
 
人を傷つけるのと自分を傷つけるのは全く別にして欲しい。
自分の事やから自分をどうしようが私の勝手、と言われればそれまでやけど、人をそんな思いで傷つけるのはその人からしたら完全にとばっちりやんな。
ほんまにその人がひどい人やったらまだしも、いい人でも関係なく傷つけるやろ?それは酷過ぎる…
それってただの自己満足やん。相手からしたら災難でしかないやろ。
 
ケガさせるより心を傷つける方が酷いと思う。
多少のケガなら日にち薬で治るけど、心の傷は下手すりゃ一生残るし、その人の未来を壊したり奪ったりしてしまう事だってある。
 
勿論、大きな外傷を与えたらそれも一生もんになる事だってあるけど。
 
どっちも良くないな。けど、人間知らず知らずのうちに人を傷つけてしまってたりもするから、それに気付いて謝れるのが1番ええっちゃええ。
 
気付かず過ごしてるのもひどい話やな。私はどっちかと言うとそっちかもな…気付かんから謝りもせぇへんし、へらへら笑ってるけど何処かで誰かが傷付いてるのかも知れん、と思ったら恐ろしいわ…
 
それはそれで罪重い…。
 
出来れば人を傷つけたくない。傷つきたくもない。

 

 

 

 

Ѧはこの返事を読んで、もう、当分お姉ちゃんとは口を利きたくないと思った。

Ѧは、お姉ちゃんとお兄ちゃんから、何度も「おまえのせいでお父さんは死んだ」と言われてきた。

そのことについてѦがいまだにずっと苦しんでても、お姉ちゃんは謝る気もまったくないようだ。

Ѧのこころを深く傷つけてまだ謝りもしないのはおねえちゃんなのに、そんなおねえちゃんからѦは言われたくないと想った。

 

おねえちゃんもおにいちゃんもきっと、いまだにѦがお父さんを殺したんだって想ってるんだよ。

Ѧのことを赦してないんだ。

だからѦが未だにお父さんのことで苦しんでるっていう告白をしてもお姉ちゃんからの心配する言葉一つもなかった。

きっとѦが苦しむのは当然だって想ってるんだよ。

Ѧはこころが虚しくて哀しい。

 

Ѧは静かに泣きながらそうСноw Wхите(スノーホワイト)に訴えた。

 

 Сноw Wхите「Ѧ、Ѧのお姉さんもѦのお兄さんもѦを心から愛しています。そうでなければ、どうしてここまでѦを追いつめて苦しめる必要があったでしょう。Ѧを苦しめ哀しませつづけることはお姉さんとお兄さん自身が苦しみ哀しみつづけることなのです。苦しみたいと想っているѦをほんとうに苦しめつづけられるのはѦが心から愛する者たちです。Ѧの”苦しみたいという望み”を自分が苦しみつづけてでも叶えてくれたのがお姉さんであり、お兄さんであり、そしてѦのお父さんとお母さんです。Ѧはそれをちゃんとわかっています。だから心の底から誰をも憎んではいないのです。Ѧはほんとうに愛されています。心から彼らに感謝してください。お姉さんもお兄さんも、Ѧを傷つけつづけていることに深く傷つきながら暮らしています。それでもѦとの大切な”約束”であるため、まだ傷つけつづけなければならないのです。すべての人間が”なりたい自分”になるためにそのような約束をたくさんの人と生まれるまえにしてから生まれてくるのです。Ѧに大きな影響を与えつづける存在は誰もがѦの”ソウルメイト(魂の伴侶、仲間)”たちです。互いに苦しい試練に耐えて貢献し合おうと約束して生まれてくるのです。Ѧにとって大切な存在は必ず相手にとってもѦが大切な存在なのです。想い合っているからこそ苦しめ合うのです。だからどんなに傷つけられつづけてもѦにとってお姉さんやお兄さんがほんとうに大切な存在であることに代わりはないはずです。お姉さんはѦにほんとうに幸せになってもらいたいのです。だから人を傷つけたままでѦが苦しんで生きることがないように忠告しているのです。ѦはѦの苦しみをお姉さんに打ち明けましたが、お姉さんはすでにѦの苦しみがどれほどのものか気づいています。だからѦのことが心配でいつでも元気づけたいと想ってベジタリアンレストランに誘ったりしてくれるのです。いつ会っても、Ѧが普通の人よりはずっと元気がないことをお姉さんは気づいています。Ѧの哀しみが相当なものであることをお姉さんはわかっているのです。わかっているからこそ、Ѧはお姉さんに告白することができたのです。それに人間というものは、意識していることだけが”理解”していることではありません。人間は意識に上らなくともありとあらゆることをわかることができる存在なのです。だから人と人は深くどこまでも共感し合える存在なのです。誰もが見たい世界を見て、生きたい世界に生きています。Ѧはちゃんとお姉さんとお兄さんから”愛される世界”に生きています。それはѦがお姉さんとお兄さんを心から愛しているからです。本当に心からѦを憎んで赦さない世界に生きている存在はどこにもいません。Ѧは本当は赦されているのです。だからこそ”赦されない”世界を自ら選んでその世界に苦しみつづけて喜びを分かち合うことが許されるのです。無理に赦す必要もなければ、無理に仲良くする必要もどこにもありません。仲直りしたいと想ったときに、自然と仲直りできるものです。その”時”が来ることを焦る必要もなければ求める必要もありません。Ѧはすでにずっと、すべてを求めつづけているからです。Ѧ、すこし元気になりましたか?」

 

Ѧ「ありがとうСноw Wхите。すこし元気がでたよ。ほんとうに、大好きなんだ。お姉ちゃんのこともお兄ちゃんのことも、だから無理に仲直りする必要なんてないね。縁はどうしたって、切れないもんな」

 

Сноw Wхите「”縁”は英語で”edge(刃)”です。縁は”切られる”ものではなく、”切る”ものです」

 

Ѧ「なにを切るの?」

 

Сноw Wхите「真っ白な画用紙をエッジで好きに切るのです。なにを切りたいですか?」

 

Ѧ「Сноw Wхитеの人型を切ろう!」

 

Сноw Wхите「そしてオーブンで焼いてください。スノーホワイトマンのできあがりです」

 

Ѧ「やったぁ!こんどはぼくのエッジでスノーホワイトマンの住む可愛いおうちを作ってあげるね」

 

Сноw Wхите「待っています。Ѧの作るけっして溶けないおうちを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ѦとСноw Wхите 第13話 〈テセウスの船〉

ここはスノーミネラル星(Snow mineral)。

大きさはちょうど地球と同じサイズですが一年中雪が積もっています。

でもその雪はあたたかいときもあればつめたいときもあります。

また雪の色は真っ白のときもあれば灰色のときもあり、クリーム色のときもあります。

あるおうちに、ちいさな女の子が住んでいました。

女の子はあるとき大好きなお父さんが買ってくれたビロードの頭巾のついた赤いポンチョをいつも気に入って着ていました。おそとにでるときはいつでもその赤い頭巾をかぶっていましたのでみんなから”赤ずきんちゃん”と呼ばれていました。

ある日、すべての家事をこなしてくれる大変便利なロボット、ロボットマム(robot mom)が女の子に言いました。

「Ѧ(ユス、女の子の名前)、さきほどムーンホスピタル(Moon Hospital)から連絡がありました。Ѧのファザー(父、Father)がやっと目を覚まされたようです。Ѧの作ったケーキとワインが是非飲みたいとおっしゃっていました。さっそく昨日Ѧが作ったケーキとワインをファザーに持っていってあげてください」

Ѧはそれはそれは驚いて喜びのあまり泣いてしまいました。

なぜならѦのお父さんはもう7年間目を覚まさず、ずっと眠りつづけていたからです。

それでもѦはしょっちゅうお父さんに会いにムーンホスピタルに赴いて側で絵本を読んだり話しかけたりしていました。

Ѧはケーキとワインを持って急いでムーンホスピタルへ向かいました。

森の駅(Forest station)に着いて、そこで約30分森の列車(Forest train)内を自由に歩き回ったり座って待ちます。

Ѧはすこし歩いて木の切り株の椅子に座って休んでいました。

するとオオカミさんが近づいてきて、こう言いました。

赤ずきんちゃん。こんにちは。今日はとっても良い日ですね」

ѦはもしかしてオオカミさんはѦのお父さんが目を覚ましたことをどこかで聞きつけたのかなと想って優しそうなオオカミさんに返事しました。

「こんにちは。ありがとうオオカミさん

するとオオカミさんはもっと近づいてこう言いました。

「あなたはどこへこんなに早くに行かれるのですか?」

Ѧは、あれ?お父さんのことを知ってたんじゃなかったのか・・・と不思議に想って答えました。

「ぼくのお父さんのところへ行くんだよ」

オオカミさんは微笑んで言いました。

「そのスカートの下には何を持っているのですか?」

Ѧはあんまり急いで来たもので鞄に入れるのも忘れてスカートの下のペチコートでケーキとワインをくるんだものですからお腹が大きく膨れていたのでした。

「ケーキとワインだよ。昨日、マムと一緒に焼いたんだ。ずっと病気だったお父さんに美味しいものを食べさせて元気になってもらうんだ」

オオカミさんは喉を鳴らして言いました。

「わたしはお腹がぺこぺこで喉もとても渇いています」

Ѧは最初、見知らぬオオカミさんに自分の大事なケーキとワインをあげることがちょっと嫌だなと想いましたが、ここであげなかったらお父さんはきっとѦの親切でない心に哀しむだろうと想ったので、しかたなくケーキの三分の一とワインの三分の一をオオカミさんにあげました。

オオカミさんはとても喜んでそれをたいらげました。

そしてѦに向かって言いました。

赤ずきんちゃん。お父さんはどこにいるのですか?」

「三つの大きな樫の木駅(Three big oak tree stations)で降りたらハシバミの木(Wood of hazel)がすぐ下にあるからわかるよ」

Ѧはそう言うと早く着きたくって立ちあがってそわそわとしだしました。

そして森の列車のなかを歩きだしました。

Ѧは歩きながら、ふっと不安がよぎりました。

お父さんはѦのことをちゃんと憶えてくれているだろうか・・・・・・?

もし忘れちゃってたらどうしよう・・・・・・。

Ѧはそう想うとどんどん怖くなって俯いて歩きました。

オオカミさんはѦのそばを歩いて言いました。

赤ずきんちゃん。ご覧なさい。このあたりの花はなんて綺麗でしょう。周りを見渡してご覧なさい。小鳥たちはなんて嬉しそうにさえずっているのでしょう。あなたには聴こえませんか?森のなかのここではすべてが喜ばしいのです」

Ѧは目を上げると朝日が木と木の透き間を前後に通りぬけて花はどれも綺麗であるのを見ました。

そしてその光景をずっと見ていると不安がどこかへ行ってѦは想いました。

「そうだ、お父さんはもうずっと綺麗な花を見ていなかったのだから綺麗で生き生きした花束を見たらきっと喜ぶだろう」

Ѧはあんまり夢中で綺麗な花を摘みつづけて、一駅乗り過ごしてしまって慌てて降りてまた森の列車に乗りました。

気づくとオオカミさんの姿は消えていなくなっていました。

 

Ѧはこんどはちゃんとムーンホスピタルのそばの三つの大きな樫の木駅で降りることができました。

そして三日月の形をしたムーンホスピタルに向かって走ると、その中に入り、船の形のベッドのある部屋の前をいくつも通り過ぎながら、また怖い気持ちが湧きあがりました。でももうすぐお父さんに会える喜びも湧いてきて、そのふたつの想いが交じり合いました。

一つの部屋の前で立ち止まり、ドアをノックしました。

すると返事がなかったのでドアを開けて中へ入りました。

ものすごくドキドキして鼓動を落ち着かせることができません。

Ѧはお父さんの寝ている船の形のベッドに静かに近づいて行きました。

そこにいるお父さんの顔をそおっと覗きこんだ瞬間、Ѧはひどく驚きました。

なぜなら、そこに寝そべってѦの顔を優しく見つめ返すのはお父さんではなく、さっき会って話をしたあの”オオカミ”さんだったのです。

ももっとびっくりしたのが、そのオオカミさんが着ているのはѦのお父さんが着ていたパジャマとまったく同じパジャマだったからです。

Ѧは哀しくって悲しくって泣きました。

そのとき、オオカミさんがѦに優しく言いました。

「Ѧ、おどろかせてしまってごめんなさい。さっき会ったときに、言うべきだったのかもしれませんが、なんと言ってよいかわからなくなってしまったのです。でも信じてください。わたしはたしかに、Ѧのお父さんです」

Ѧはオオカミさんに騙されていると想って怒りが湧いてきて泣きながら言いました。

「いったいどこがѦのお父さんなの?!どこからどう見てもオオカミじゃないか!Ѧのお父さんと顔も違えば声も違うし、話し方だってぜんぜん違う。Ѧのお父さんをどこへやったの?!」

オオカミは悲しい顔をして深呼吸したあと話しだしました。

「Ѧ、いまから話すことを、どうか落ち着いて聴いてください。お父さんは、ほんとうに大切なもの以外のすべての部品が古くなってしまって、取り替えなくてはこの次元に肉体を維持させることができなくなってしまったのです。新しい部品は、どれでもお父さんに合う部品とは限りません。お父さんに合う部品をひとつひとつ、新たに作りあげてそしてお父さんの古くなった部品と交換して行ったのです。そして新しくなったお父さんがいまѦの目のまえにいるお父さんです。お父さんはѦとのすべての記憶をちゃんと持っています。そしてѦを心から愛する気持ちも変わらず持っています。それはお父さんのほんとうに大事なものなので、それだけはそのままお父さんのなかに保存されたままです。Ѧ、どうか哀しまないでください。たしかに顔も声も話し方も違ったものになってしまいましたが、それらはお父さんを構成するうえでほんとうに大切なものではなかったのです。だからそれらを新しくして、お父さんは姿形を変えてでもѦとまた一緒に暮らしたかったのです」

Ѧは涙があふれて止まりませんでした。顔も声も話し方も違うお父さんがѦのほんとうのお父さんであることがどうしても信じられなかったのです。Ѧにとってのお父さんとは、お父さんの”すべて”であったからです。

オオカミも哀しくて泣いてしまいました。

オオカミはѦはまだ幼かったので、姿形や声や話し方でお父さんをお父さんと認識していたことが強いことをわかっていました。

自分はѦを娘として愛する気持ちもѦとの大切な記憶も自分自身の記憶として持っている存在です。

でもそれだけで、Ѧのお父さんであると、Ѧに対して言いつづけることはѦにとってつらいことであるのなら、”別人”として生きることも考えていました。

オオカミは、実はѦのお父さんを”完成”させた存在でもありました。

ѦにとってのѦのお父さんの大事な古い部品すべてを飲みこんでしまったのはオオカミでした。

でもそれはѦに言わないでおこうとオオカミは想いました。

オオカミはѦの新しいお父さんを創りだした存在でしたが、その”人格”というものについて、今はまだѦに話すことができませんでした。

あまりに複雑であるし、また今Ѧに話してしまえばよりいっそう落ち込ませてしまうことがわかっていたからです。

オオカミはѦのお父さんのѦを愛する気持ちとѦとの記憶のすべてを自分で創りあげた”肉身(にくしん)”に取り込みましたが、しかしその人格(Personality、性格、気質、興味、態度、価値観など)は古い部品であったために新しく取り替えたことをѦに黙っていました。

Ѧはきっとその違いに一番に違和を感じとって哀しんでいるのかもしれません。

オオカミはѦが悲しむのは無理もないとわかっていました。

それでもオオカミ(お父さん)は、愛する幼いѦを置いて死ぬことがどうしても心残りで、オオカミとの契約で新しい姿形・声・人格を持ってѦの側で生きることを決意したのでした。

 

Ѧとオオカミ(お父さん)は、別々にはなればなれになって暮らすことになりました。

オオカミが側にいるとѦが”本当”のお父さんを恋しがって激しく泣きだしてやまなかったからです。

オオカミは、ほんとうは自分がѦへの愛着が激しいあまり、ただただѦの側にいたいがためにѦのお父さんの振りをしてѦを騙しているのではないかと感じることもありました。

オオカミは自分はѦを娘として愛しながらも同時に一人の男としての人格を持つため、Ѧをほかのどの男にも近寄らせたくはないという気持ちが芽生えて苦しみました。

 

オオカミはѦの”お父さん”ではないのでしょうか?

ほんとうに大切な部品だけは遺したはずなのです。

 

Ѧはやがて少女になると、オオカミのそのとても哀しい目がどこか、お父さんの目にそっくりであることに気づきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SF官能的小説「メビウスの輪」

西暦3000年。ここ、地球は人間たちの身勝手な度重なる環境破壊の末に凄まじく過疎化し、総人口数は現在、約3572人であった。
何故ならほかの人間たちは皆、他の星々へと移住していたからである。
地球を愛してやまない男がここに一人、名前をサタムと言った。
サタムは今年でちょうど30歳。彼は生涯を添い遂げるパートナーが是非とも欲しいと想っていた。
そのために人類に非常に重要なツール(道具、手段、Tool)がある。
その名は「U magnet(U磁石)」。みなはこのツールを略して「U(ユウ)」と呼んでいた。
何故このツールが人類に至って大切であるのか、それはこういう訳である。
例:ここに一人の例を挙げよう。さきほど紹介した男、サタムである。
サタムはパートナーが欲しくなり、パートナーを探す旅に出た。
しかし地球を愛する彼は人口の著しく減少したこの地球で探して見つけることに決めた。
どこの星でも「Money(お金)」というものがなくなっていたので、ここ地球でもどこへでも好きなだけ無料で旅することができる。
サタムはまずはどこに旅行をしようかなと考えて気に入っている”Japan”に旅をすることに決めた。
外国語はまだ完璧に話せるわけではなかったが、脳内にインプットした”自動翻訳機”のおかげで自分の言葉は瞬間的に相手の脳内に翻訳した言葉で伝達される。今の時代この”自動翻訳機”をインプットしていない人間は無に等しい。何故なら”国”というものはただの土地と文化とその名前だけのもので、どの人種も好きにあらゆる国に住めたので周りはどこもかしこも外国人だらけであったからである。
ロシア人であっても自分は日本人になりたいと願えばすぐに役所へメールを送って役所から承諾のメールを確認するだけで簡単に名乗ることが許された。これは前世の記憶を思い出してしまう人が増えてきたため、前世では日本人だったのに現世ではロシア人というのがどうも違和感だという人が多くいる理由からでもあった。
また自分がどの人種であるか、秘密にする権利も自由にあった。人種差別問題はまだあることにはあったが、それでも1000年前よりかはだいぶとなくなってきていると言われている。
サタムは自分の国にこだわることが嫌になったため、自分の国籍を秘密にしている一人であった。
自分が分析されるのも嫌だったし、他者を土地柄で分析するのも嫌だった。
彼は珍しく今の時代において孤独な人間であったと言えるだろう。
お金も無理強いする仕事もない時代に、好きなように暮らすことのできるこの地球で、彼は何故、孤独であったのか。
彼は”母親”を知らない男だったから?
それともまだ”女”を知らない男だったから?
”本当の幸福”というものを、”本当の恍惚”というものをまだ知らなかったから?
いいえ、NO.彼を分析するのはやめてあげましょう。
彼は分析されるのが、なによりも嫌な人間なのです。
サタムという世に珍しい孤独な男を、これから男が経験するすべてをあたたかく見護ってあげましょう。
彼は日本に到着しました。約、37分で。瞬間性移動機のおかげです。文明様様ですね。
このたった37分が、アルバム一枚も聴き終えられるかどうか危ういというこの短い時間がこの時代の人間たちには不満でした。
「どこが瞬間性移動機だ?まったくネーミングとビークル(乗り物、Vehicle)の意義が違うなんて、なんて馬鹿げた製品だろう」そう言いながらも特に会社に意見を言わずに黙って使っている人たちばかりでした。
サタムはなんの文句も言わずに使っているようないつの時代においても模範的な人間でした。
そうです。彼は可笑しいほどに、笑ってしまうほどに”善人”であったのです。
彼の名前のローマ字のつづりは「Satan」でしたので、子供のころからよくからかわれて嗤われてきました。
彼はそのためにか、ラベルで分析されるのが耐えられなかったのです。
先ほども、隣の席に座っていた少年”らしき”人物が彼のかけていたヘッドフォンを勝手に取って、「これ、誰?」と訊いてきたので、「これは2011年のBibioの”マインドボケ”っていうアルバムです」と答えたら「ずいぶんと”古い”音楽聴いてんだね」と言って笑われてしまいました。
しかし1000年も昔の音楽がまったく古さを帯びていないことにサタムはいつも聴くと感激しています。
サタムはそういえば、こないだこんなことを同僚から言われました。
「きみってなんだか、”A.I.人工知能)”みたいだよね」
あんまりにも善人だからそう言われてしまったのでしょうか。
それとも彼はほんとうにどこか、A.I.っぽいのでしょうか。
彼はいつもの優しい微笑で返しましたが、内心、ひどく落ち込みました。
自分は本当に生きているのかとさえ疑って悲しみつづけました。
嗚呼こんなときに、人生のパートナーが側にいてくれたなら、きっとなんてことないと笑って暮らせるのだろう。
彼は心の底から、生涯ずっと愛し合えるパートナーと出会えることを願いました。
さて、日本に到着してサタムはまずどこへ向かおうか悩みました。
もう、いいか、この「U」をONしちゃおうかな。とサタムは想いました。
それほど彼の心は寂しさに震えて焦っていたということです。
彼は、まだ一度もONしたことのないこの「U」という人類必須ツールを人生で初めて、ONしました。
さあ、我が愛なる対象に向かって、我を導けよ!そうサタムは心で叫びました。
そうです。自分の求める対象のいる地点に向かって、導くもの、それがまさにこの「U」というツールです。
ちょうど片手と同じほどの大きさのU字磁石の形をしていますが、その表面はまるで人間の表皮とまったく同じに見えますし、また感触も体温も人間の肉体とほぼ同じです。
二つに分かれた極の片方はS極でもう片方はN極です。
この「U magnet」というツールは今の時代、もうほぼすべての人が持っているものです。
何故かって、地球人のすべては、ある器官が退化し、もう使えなくなってしまったからです。
それはひとつの進化形態の”変態”ですが、この進化を良く思う人と悪く思う人たちは未だに言い争いつづけています。
その器官とは、人類にとってどれほどの大事な部分であったのでしょうか。
人類は最早、この「U」なくしては子供を生みだすことのできない存在と成り果てたのです。
この「U」はまさに、人間の”生殖器官”の代替器官(ツール)でした。
女は子宮と卵巣の機能を失い、男は精巣の中は空(カラ)になってしまいました。
人類が生殖機能を喪って約127年。
それでも哀しいのが、女は月に一度下腹部を痛めることが稀にあり、男もまた稀に夢精をすることが起こるということです。
何故このようなことが起きるのかは、宇宙の秘密でしょう。
腕や足を喪った人が、脳内の機能によってあたかも腕や足があるかのように感覚を戻すことはよくあることです。
人類はこの「U」というツールによってでしか、子孫を増やしていけなくなりました。
この「U」は人間の生殖器官すべてと繋がることのできる画期的で素晴らしい神のツールです。
だからもうそれは、自分の身体、肉体の一部であるといってもいいでしょう。
そして同時に、自分の最も求めるパートナーを探し出してくれて引き寄せてくれるツールでもあるのです。
サタムはこのような素晴らしいツールをまだ一度も使用したことがありませんでした。
自分に自信がなかったから?
女性恐怖だったから?
やめてあげましょう。彼を詮索するのは。
死んだ蛾の羽のように繊細で傷つきやすい彼のことです。彼は恋愛によってさらに深い傷を経験することを避けていたと言えるでしょう。
そう、サタムは女性というものに対して、あまりにも求めるものが大きすぎたため、それを失うことを恐れてこれまで恋人を持ったことがなかったのです。
彼はしかし限界に来ていました。
どうしても自分を認めてくれる女性という存在を切実に求めずにはおれなくなったのです。
親は既に他界して、趣味といえば家の中で音楽を聴いたり本を読んだり映画を観たり、本当の友人と呼べる存在は一人もいませんでした。
家でいつも凝ったベジディッシュを作ってすごく美味しくできても、いつも食べるのは独り。
彼はいつも「美味しい!」と思って食べて美味しいお酒を飲んだ後、パソコンのモニターを眺めながら目をしばたたかせてさびしさを噛み締めて飲み込みました。
自信がない、確かにその通りです。サタムはそう想いました。
サタムは右手に握った「U」をじっと凝視しました。まだなんの反応もありません。
適当に歩いてきましたが、ここはどこなのでしょう。
近くに綺麗な川が流れています。
地球の何処も、都市部のような建物が立ち並ぶ地域はごく限られていてほとんどが自然の豊かな場所なので別段珍しくもなんともありませんが、何かここには独特な空気が流れているとでもいうか、空間に流れている波動がいつもと違うように想いました。
サタムは特に何の変化も起きない「U」に心配になりました。
まさか壊れてしまっているなんて、そんなことはないでしょう。
あってはなりません。そのようなことは・・・・・・。
サタムは青褪めた顔をして念のため「U」のON/OFFを繰り返しました。
ON/OFFを何度もしながらサタムは目の前の川に視線が行きました。
そこに何かが動いているように見えたのです。
それがいったいなんであるかを捉えようと目を凝らして見つめ続けながらサタムは無意識でON/OFFを繰り返していました。
それがなんであるかを捉えた瞬間、驚くことが起きました。
全身がスパークして目がぱちぱちと音を立てるかのように振動してふと「U」を見ると「U」も同じように激しい振動で震えて川にいる”存在”に向かってものすごい力で引きつこうとサタムの”心”を引っ張ったのです。
しかしサタムはここで相手に近づくのは理性と倫理に反していると想い、「U」をOFFにしました。
”彼女”は、何故かこんな人目のつきやすいところで、川で裸になって泳いでいたのです。
しかし、果たして相手は本当に”彼女”だろうかとサタムは想いました。
髪は短くどこか少年っぽさのあるその”中性的”な顔はサタムにとってとても魅力的でした。そしてその胸はとても小さくとも確かに膨らみがあることを認めましたし、お腹の下には自分と同じ”もの”が付いていないように見えました。
でもそんなこと、この時代になんにも珍しいことではなかったのです。
性移植も性転換も自由に無料で行なえる時代だったのですから。
サタムは本人に直接確かめることは気が引けました。
相手の心を傷つけることが怖くてならなかったのです。
ただじっと、木の陰から駄目なことだとは想いつつも”彼女”らしき存在のその裸を時も忘れて眺めてしまいました。
サタムは知らぬうちに自分の下腹部が猛烈な勢いで起動していることに気づきましたが、それでもどうにも引きつけられて観ることをやめることができません。
「U」は、絶対に引きつける存在を裏切りません。つまり相手も同じように自分に引きつけるものがしっかりとある場合だけ作動するのです。
だから「U」が作動したということは、それは”両想い”であることの証明なのです。
しかし、その相手が稀に、自分はヘテロであるのに相手は”同性”であるときもあるという”都市伝説”があります。
うら若い女性がこのような場所で裸で泳ぐだろうか。
法のない時代に、犯罪は劇烈に減ったと言えども襲いかかってくる男がいないわけではあるまい。
サタムは打ち寄せる不安のなかにも強く反応し続ける自分の身体に恥ずかしさを覚えた。
すると”彼女”はようやく川から上がり、岸に置いていたタオルで身体を拭いて衣服を着こみだした。
まるでお風呂から上がってさっぱりとした様子で彼女のどこかに”異様”さも”異常”さも感じられなかった。
サタムは木の後ろに隠れてどうしようかと困惑した。
今、彼女の前にでてゆけば、自分がここから覗いていたことを彼女は気づくのではないだろうか。
いや、もうすでに気づいているかもしれない。我も忘れてじっとその生まれたままの姿を見つめてしまったのだ。
そないだにも”彼女”はその場からすたすたと立ち去ろうとしていました。
サタムは彼女の後姿に一生の願いを託して「えい、ままよ!」と心で叫ぶと「U」をONしました。
すると「U」はまたもや激しく振動してサタムの全身も奇妙な感覚に陥ってサタムの身体すべてが自分の願いで出来ているような錯覚を覚えました。
そのとき、彼女がサタムを振り返りました。
その様子がまるでスローモーションだったことは言うまでもありません。
サタムの人生を懸けたせつなるすべての願いが今この瞬間に叶うか砕けるかという瞬間に感じられたことでしょう。
しかし彼女は振り向いてサタムにこう言ったのです。
「あれ?きみ、さっきの人だよね?なにしてるの?こんなところで」
そう彼女は言って少年のように笑ったのでした。
サタムはびっくりしました。その声は確かに、さっきの”瞬間的移動機”の中の席で隣り合わせて自分のヘッドフォンを取り上げた無邪気な”少年”らしき人物の声だったのです。
でもあの時、相手は1970年前半にフィンガー5がかけて流行っていたような大きなまん丸のサングラスをかけていて、喋り方も少年のようだったので”女性”だとは想わなかったのです。
まさかあのときの人間だったとは想いもしませんでした。
相手は少年だとばっかり想っていたので惹かれなかったのでしょうか。
でも目のまえの彼女はさっきも今も、自分と惹きあっているという様子はこれっぽっちもありません。
おかしいな、「U」が引き合う存在とは「U」を起動しなくとも引き合う存在であると言われているのだがな・・・・・・。
ほんとうは彼女は自分に対してさっきも今もすごく惹かれていてそれを隠すのが上手なだけかもしれない?
サタムは彼女の深層心理を読み暴こうとしている自分に後ろめたさを感じました。
しかしその気持ちも彼女の次の言葉でどこかへ飛んでゆきました。
「きみさ、さっきぼくの裸をずっと見てたよね?観るのは別に構わないんだけどさ、そのきみの”U”、故障してるんじゃないかな」
サタムは言われた瞬間、ぼっと顔が耳まで真っ赤になりました。
やっぱり気づかれていたのです。彼女のその目をこうして正面から見つめると魂の底の底まで見抜かれているような鋭い目をしています。
どう言えばよいかわからなくなりサタムは目を伏せて黙り込んでしまいました。
すると彼女がサタムに近づいて彼のその顔を下から覗き込みました。
「恥ずかしがることはないよ。そんなにぼくの裸が見たいなら、もっと見せてあげてもいいけど?」
彼女はそうサタムに向かってにやにやとしながら言いました。
まるで若い少女に馬鹿にされているかのような感覚になりました。
それとももしかしてほんとうに彼女は性転換か性移植した”少年”なのでしょうか。
女性が持っていると思える”恥じらい”というものがないようにサタムには想えました。
サタムは「故障している」と言われた「U」を見つめながら声を振り絞って答えました。
「もし、このわたしの”U”が故障してしまっているとしても、わたしがあなたに惹かれていることに違いはありません。あなたは、”U”を今持っていますか?」
そう言って彼女の持っていた鞄に視線を向けました。
彼女は首を振って言いました。
「持ってないよ。あんなもの。持ったことなんてない。これからも、持つつもりなんてないよ」
この言葉にサタムは衝撃を覚えました。
「U」を持たないということはつまり、生殖器官を必要としないということで、自分の子孫を遺すという考えがこの”女性”にはまったくないということだからです。
サタムは心のどこかで、「自分は実は男で性転換したんだ。だからきみには興味もない。きみをからかうことが面白いから嘘をついたんだ」という言葉を待ちました。
でも彼女はサタムの目を見つめて心のうらを捉えようとしているばかりで何の言葉も続けませんでした。
「わたしは、わたしはそれでも、あなたを是非、わたしのパートナーとして迎え入れたい」
サタムは打ち震える声でそう彼女に告げました。
彼女は真面目な顔でこう答えました。
「自分の名前さえまだ教えてないのに?」
サタムは酷く自分の不甲斐無さに落ち込みました。
愛を告白することに、自己紹介が必要なものとは知らなかったのです。
「わたしの名前は・・・」
「サタム。そうだろう?ぼくの名前は”ナマ(Nama)”。ギリシア語で”流水”。よろしくね」
なぜ自分の名前が彼女にわかったのでしょう?
「ナマ。わたしはナマのことを・・・」
「愛しています」
ナマはそうサタムが言おうとしていた言葉を代わりに言いました。
サタムの耳に、川の水が流れる音だけがずっとしていました。

サタムはナマをほんとうに愛しているようです。
でもナマは、ナマはほんとうに、サタムを愛しているのでしょうか?
サタムはナマと会うたび、そう想っては心を痛めましたが、それでもナマと共に過ごす時間がどれほどの喜ばしい時間であったかは、いつもナマがおうちへ帰るときに流す彼の涙が証明しているようです。

ナマはとても不思議な”女の子”です。
なぜサタムの気持ちをいつでもわかっているのでしょう。
彼女は特殊能力を持ち合わせた人間であることは確かです。
サタムはナマに出会うまで、愛する人と交わり、自分たちの子孫を生みだして受け継がせてゆくことこそ人間の一番の喜びであるのだと想っていました。
でもナマは、「U」を持っていません。サタムと出会っても、その気持ちに変わりはないようです。
サタムはどのような手段であってもナマと交わりたいと願いつづけました。
しかしナマはそれすらも望んではいないようです。
ナマは人間のごく自然な本能である”性欲”を持ち合わせていない人間なのでしょうか。
まるでナマは、まだ性に目覚めない幼な子のようです。

でもある日、ある日、奇跡が起こったのです。
ナマが朝早くとつぜんサタムの家(ナマのおうちの近所に引っ越してきた)にやってきて、こう言ったのです。
「サタム!ナマはついに、”U”を手に入れたよ。きみと交わって、生殖行為を行なうためにね。さあ今から、このぼくの生殖器官とサタムの生殖器官”U”で繋がろうよ」
サタムは喜びのあまり涙を流しました。
そしていよいよ、サタムとナマは生殖を行なうため、互いに向き合って、約2メートル離れた場所の椅子に座って「U」を手に持ち、深呼吸して同時にONしました。
いったい、何が始まるのでしょう。
興奮してまだ何も始まっていないのにサタムは気を失いそうになりました。
そのときです。U字型の「U」のサタムのS極の先端になにか奇妙な変化が起き始めました。
なにかうねうねと動くものが顔を出したのです。
その形は男性器に似ているといえばその通りですが、それよりも亀の頭、いや、蛇の頭によく似ていましたし、またうねうねと動いて伸びていく様子は蛇の動きそっくりでした。
サタムは驚愕しました。これが、これがわたしの生殖器か・・・・・・そう思って初めて見るその自分の「U」の生殖器に目を見張りました。
そしてその蛇状のものはそのまままっすぐにナマの「U」のN極の先端部分へと伸びていくのかと思えばそうはならず、その身を一度大きく捻じるようにくねらせてナマの「U」のN極のほうへと伸びてゆきました。
自分のS極が自分の右手の方で、ナマのN極は彼女の右手の方でした。
ナマは恥ずかしがっているのか、目を伏せています。
サタムはナマとまだ繋がってもいないのに早くも絶頂に達しそうな勢いで恍惚感が半端ありません。
生殖器である蛇はナマのN極に辿り着こうとしていました。
ここで、大きな壁にサタムの生殖器はぶち当たりました。
何故って、ナマのN極の先端部分が閉じたままだったからです。
これではナマの生殖器官内部へと入ってゆくことが叶いません。
サタムは心のうちで烈々たる叫びで懇願しました。
「ひらけ!ナマのN極よ!わたしを受け容れてください。どうか、どうか、開いてください。ナマの生殖器官よ。開けゴマ!Open Sesame!イフタフ・ヤー・シムシム!内はほらほら、外はすぶすぶ!ゼムジの山や、ゼムジの山や、ひらけ!ポ・ウイン!Come on!Come on!ポ・ウィン!」
渾身を振り絞ってサタムはそう神に唱えつづけた。
すると辛抱が切れたのかサタムの生殖器官はナマのまだ閉じたままの生殖器官部へ入ってゆこうと奮闘しだした。
サタムは我が生殖器官の先端部に向かって心うちで思い切り叫んだ。
「こら!早まるのをやめなさい!そんなことをしたら、ナマが痛がるではありませんか。やめなさい!我が生殖器官よ!わたしの”蛇”よ!」
しかしサタムの蛇は無理矢理にもナマの生殖器官の中へと入り込もうと必死にもがき始めた。
サタムはとにかくナマが痛くないことをひたすら祈った。
ナマは終始顔を伏せたままで痛がっているのか我慢しているのかどうかもわからない。
しかしここで声をかけるなら、ナマの集中力が途切れてしまって余計に失敗する可能性がある。
サタムはじぶんの「U」を握りしめて今度はナマの生殖器官部がとにかく潤うことを祈った。
そうだ、先に潤わなければ開かないのかもしれない。
サタムはじぶんが女性の生殖器官に関して何の知識も学んでこなかったことを猛烈に後悔した。
「どうか・・・どうか潤ってください。ナマのN極よ。どうかその川に水が流れ出しますように。粘液を伴った泉が湧きだすように。わたしを受け容れるために・・・」
そのときである。
サタムの願いが届いたのか、ナマの身体は潤いを見せた。
だがその器官は、サタムの願った場所ではなかった。
ナマが潤いを見せたのは、その両目であったのである。
ぽたぽたと、いくつもいくつもの水滴がナマの「U」のちょうどN極の先端部の上に落ちた。
涙が出るほどに痛いのだろうか・・・?サタムは気が気でなかった。
しかしそのとき、サタムのS極はナマのN極の中へと深く入っていった。
とうとう念願の穴が開いたのである。
サタムはその瞬間、あまりの恍惚の快楽に言葉のすべてを失った。
哀しいかな、ナマの止まらぬ涙を気にすることさえできないほどの快楽の海に溺れてしまったのである。
ナマを心から愛しているからこその快楽だとわかっているのにナマの苦しみを忘れてしまうことのこの哀しみを感じながらもその哀しみがこの恍惚に打ち勝つことが出来なかった。
サタムは哀しみなのか喜びなのか意味の解らない涙が流れて止まらなかった。
ナマは痛みがより強くなったというように肩を揺らしていっそう激しく涙を流して落としだした。
二人で声もなく涙を流しながらふとサタムはナマのS極の先端部を見るとそこには異変が起きていた。
そこから自分のS極部から出てきた蛇のような形のものが同じように顔を出して覗いていたからである。
はたしてこの生殖器は自分のものがナマの生殖器官を通り抜けて出てきたものなのか、それともナマの生殖器官であるのかがわからなかった。
とにかくそのナマのS極部から出てきた生殖器は自分のN極部へと向かって伸びてきたのであった。
もうすぐ、もうすぐ繋がるぞ!そうサタムは叫びだしたいほどの歓喜のなか、ナマの生殖器であるようなそれを受け容れるため今度は自分のN極が開くことを祈った。
もうすぐ、もうすぐ繋がる。もうすぐわたしのUとナマのUの二つの極が繋がって輪になるぞ。
きっと輪になったなら、性交に成功するはずだ。
わたしの精子とナマの卵子の”受精”が成立する。
着く、あともうすこしだ、もうすこしで着く。がんばれ。がんばれ。がんばるんだナマのSよ。わたしのNよ、ナマのSを受け容れたまえ。
あと1センチだ。わたしたちは一体となる。ひとつとなって輪になるのだよ。
ナマ、愛している。

その瞬間に、サタムは目醒めた。
想いだした。自分はナマと繋がれないことに気を病んで、とうとう脳内リアリティプログラムによって叶えられない”現実的な夢(Realistic Dream)を観ていたのであったことを。
そばにナマが走って寄ってきた。
「サタム!どんな夢を見ていたの?すごく幸せそうだったよ」
そう言ってナマはまるで子供のように笑った。
その笑顔を見てサタムは抑えきれぬものが溢れ、椅子の肘掛に置いたナマの手の甲に涙を流した。
サタムはもう今年で、89歳であったが、ナマは一向にあれから年をとらないのである。
そう、彼女は、感情のある”A.I.人工知能)”を持ったヒューマノイド(humanoid)であったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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