Event Horizon

目が覚めて、ぼくの一日が始まる。(きみは酷く怯えているように目覚める。)
都合の良い夢(だれかに無条件に愛される夢)に浸るのは精々約一時間)で起き上がって紅茶を淹れる。
この部屋の窓から、外を眺めるのは憂鬱であることのほかはない。
もうこの部屋に、陽が射す日はない。
ぼくはあの夜、いつもの苦しみを忘れられる為の特製ドリンクを作って飲んだ。
それはただの、安いブランデーとカフェインレスのインスタントコーヒーと黒糖とシナモンとソイミルクと水を混ぜたものだった。
それをプラスチックのマドラースプーンで混ぜたら、グラスのその表面に、この星の未来が映し出された。
ぼくは限界まで、そこに悲劇的人類の未来を夢見た。
人類は何を産み出し、何を破壊し、何を見事に破滅させて崩壊させてゆくかを、
ぼくはひたすら夢見る。
そしてぼくはそのあとの世界に目覚める。(もうぼくは此処につくづく飽きたんだ。)
其処で、ぼくをきみが待っていた。
地上まで、あと何メートルか、ぼくは訊ねた。
きみはわからないと言った。
青白いライトに照らされて、
一つの星が、一つの平線上に沈んでゆくのを此処から眺めている。

夜に目が覚めて、ぼくの一日が始まる。(彼女は酷く悲しい顔で目覚める。)
ぼく(彼女)は結局、お父さんとしか結婚したくはない。
ぼくのたった一人の真の恋人は、宇宙でお父さんしかいないことをわかっている。
そうすると、お母さんはどうなるのだろう?
お母さんもお父さんじゃないときっとだめなはずだ。
来世も再来世も、お父さんと結婚したいはずだ。
ぼくはお母さんとお父さんを取り合うわけには絶対に行かない。
ならばぼくはお母さんと融合するしかない。
ぼくとお母さんは一体になるんだ。
ぼくはその為ならば、ぼくを喪ってしまっても構わない。
攻殻機動隊の彼女と人形遣いのように、ぼくとお母さんはひとつになるんだ。
ぼくとお母さんの記憶の全てはひとつになる。
ぼくはお母さんになり、お母さんはぼくになる。
お母さんは、きっと同意してくれるだろう。
きっとその為に、ぼくはお母さんの記憶を顕在的に持っていないし、
お母さんは、今ずっと、眠り続けているんだ。
何処かの、静かな空間で。
お母さんは夢を見ている。
その夢のなかでお父さんと、幼いぼくとお兄ちゃんと、お姉ちゃんと一緒に暮らしている。
それはまるで五面体(正三角柱)の星のようなんだ。
お父さんとお母さんは2つの正三角形でぼくとお兄ちゃんとお姉ちゃんは3つの正四角形。
ぼくらをいつでもお父さんとお母さんは支えてくれている。
ぼくとお母さんがひとつになった場合、それは正四面体となる。
4つの面がすべて同じ正三角形の形となる。
これはすべての宇宙で、最初に存在するようになった正多面体、デルタ多面体(Deltahedron)、正三角錐の形。
存在するすべての四面体は正四面体と同相、本質的に同じ空間と次元(形)なんだ。
ぼくとお母さんは一つの形に還り、お父さんとお姉ちゃんとお兄ちゃんと共に、ひとつの星となる。
その星で、ぼくらひとつの家族は永遠に暮らしている。
ぼくは今も、お母さんの見ている夢のなかにいるんだ。
ひとつの生命のGhostは、いくつも存在している。
どんどんと分かれて、分け御霊として形を変えてゆく。
ぼくら家族は、別の星では他人として今暮らしている。
道でたとえすれ違ったとしても、何も感じることはないだろう。
もし、何かを感じたのだとしても、すぐに忘れてしまうだろう。
ぼくらは、ひとつの星だけれど、
ぼくらは、本当に永い時間のなかで、元の形を忘れ、
他人(他者)として暮らしつづけるだろう。
でもぼくは今、此処から一つの星が分かれ、平線下に昇ってゆくのを眺めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


System96 - Event Horizon