全ての者が眠っていて、唯一起きているのは nur das traute hochheilige Paar.

今日はクリスマスイブ。僕が小学二年の時のChristmas Presentは夜と霧という本だった。
父に買って貰ったのだ。
当時、僕も父も、その内容を知らなかった。
僕は布団の中でその晩、震えながら読んだことを憶えている。
明治元年の話だ。
勿論、夜と霧はその後の話だ。
しかし当時は夢国出版社というものがあり、 そこが未来の本を売っていたのだ。
たまに未来に生まれる人間が、 過去へ遣ってきてこれから起きる現実を預言的に書くこともあったという。
さらには夢のなかで書いた話が、実は未来に起きる話であり、 それを知らずに夢の住人が書いて出版することもあった。
僕は当時のことを想いだしている。
父は夜に庭の暖炉で暖をとっている。
子供の僕は夜に目を醒まして庭に行くと父は庭仕事を遣り掛けでほったらかしていた。
僕はそれについて父を苛んだ。
なぜ白い大きな敷石をこの池以外のすべての地面にも敷き詰めてくれないのかと。
池の底は半分ほど白い大きな敷石が敷き詰められていた。
僕はそれを大変気に入った。
うっとりとするほどその丸い白い石たちは美しかったのだ。
それらは楕円形であり、 すべすべとして磨きあげられた宝石以上の価値があると見た。
この白い石たちを、 何がなんでも今夜中に庭のすべての地面に敷き詰めるべきだと僕は 疲れて休んでいる父に言った。
父は半ば怒っている風であったが怒りを表すことすら億劫なほど元気なく答えた。
「父さんはまだ、けじめがついていないのだよ。」
僕はがっかりして、父を軽蔑し、 そしてふと振り返ってぎょっとした。
こんなところに、こんな空間があったか?
一体、この恐ろしく暗い空間はなんなのだ。
僕は恐怖に口に手を当ててぷるぷる震えて父を振り返り言った。
「お父ちゃま、一体、あれはなんですか?なぜ、あんなところに、 鳥居が建っているのですか。此処は僕たちの邸のお庭ですよね。」
だが父はこれに黙って返事をしなかった。
僕は恐る恐るその暗闇、 舞台のように広がるその空間に建つ不気味な巨大で細長い鳥居をじ っと見上げた。
そして、あっと声をあげた。
その鳥居の左足の部分に、 年代が書かれてあるのを発見したからである。
そのすぐ後ろに建つ鳥居の左足にも年代が彫られているのを見つけた。
双方は明治であったが、 前の鳥居は今よりも未来の年号であり後ろの鳥居は明治元年となっていた。
もう、幾つ、寝ると、明治元年になる。
ということはこの二つの鳥居は両方とも未来に作られた鳥居だということだ。
だからあんな暗い場所にひっそり建って、 不気味なニヒリズムに浸っているのだろうか。
僕はふと、その左側を見て、またぞろ声をあげた。
「なんだこれは、この巨大な白い団子串は。」
見るとそれはまるで芸術家によって創られたのだとでも言うように 誇らしげに真っ直ぐに建って真っ直ぐ前を何の疑いなく見定めている五つの白い大きな真ん丸い団子が刺さった串であった。
僕は仰天したあと、ははんと言って笑った。
あはんとも笑った。
成る程ね。王の上に口。木上にベレー帽。 それが成ると書いて成る程ね。
この異様な白団子串は、一体なぜこんなところに建っているのか。
見よ。白団子串の建つその地を。
桶だ。彼は桶の上に建っている。
つまり彼は御風呂に行く途中、此処に建てられたんだ。
そう、彼が御風呂に行く途中、 此処へ連れてこられて建てられたんだ。
桶の中は、幾分、湯が入っている。
その湯は若干、白く濁っている。
これは白団子たちの垢が永年あすこに立ち続けた結果、 剥がれ落ちたのだろう。
この白湯は、 後利益があるから見つかると明日から此処に行列ができてしまうことだ。
そうすると僕たちは自分の邸の庭に人がたくさん遣ってくるものだから落ち着いて暮らしてゆけない。
そして早死にすることを避けられない。
この白団子串はそれを知っているんだ。
だから見付からないようにそ知らぬ顔であすこに今まで立っていたのだけれども、僕に正体を暴かれてしまってさあ大変。
彼は明朝にはもう姿がないかもしれない。
だが彼が魔による使いなら、 きっとずっとあすこに建っているに違いない。
僕の庭はもう滅茶苦茶だ。
もうみんな滅茶苦茶。
そう想ってファットは東カリフォルニア州に引っ越すことにした。
北カリフォルニアには正気なものなんて残っちゃいない。
東へ行けば、なんとかなるやろう。
horselover。馬の恋人に跨がって。
そして馬の恋人は僕に言うんだ。
もうここもみんな滅茶苦茶。
僕は彼に言う。
君の頭の中もね。
そうさもうみんな滅茶苦茶。
世界全体が滅茶苦茶にならない限り、個の滅茶苦茶はあり得ない。
だれかたったひとりでも滅茶苦茶なのなら、 世界のすべてはもう滅茶苦茶だってこと。
草冠の下に屋根があり、その下にホがある。
でもよく見て御覧。
ホは、 実は十字架を二人の人間が両端から支えているという字なんだ。
この二人が誰かわかる?
ホはね、神の三位一体を表しているんだ。
草の下に屋根があって、その下に神が雨宿りしているんだ。
彼は護られていて、 その東屋の中で寒さに耐えながら茶を一服しているところ。
そこに突然、巨大な白団子串が現れ、彼の目の前にはだかり、 こう言う。
こんなところで茶を啜っている場合かね。
君は神なんだろう?
神がこんなところで茶を啜っている場合かね。
腰を降ろして落ち着いていたホは静かに立ち上がり、 彼に向かって悲しげな顔をして言った。
「これを滅ぼす者とは、これを苦しむ者である。」
そしてホハ、剣を掲げて叫んだ。
「剣を取るものは剣により滅びん!」
その瞬間のことであった。
ずさっ、ずさっ、ずさっ、ずさっ、ずさっ。と音がして、 地の上には五つの丸い白い団子が転がっていた。
僕とファットは目を見張ってそれを見た。
まさしく神業とはこれのこと!
僕とファットは見合わしてそれぞれ歓喜の讚美をあげ、 グレゴリアンチャントを歌い始めた。
そして気付けば、 この庭一面には父の諦めた白い楕円の大きな石が敷き詰められており、その石たちが聖歌隊となってハーモニーを奏で始めた。
ホハ、指揮を取り、 よく見ればその指揮棒は細い黄金の剣であった。
僕とファットは胸に手を組んで一生懸命にこの聖夜に讃美歌を歌った。
僕もファットも、実はもう御風呂に一ヶ月近く入っていなくて、 身体中から下水の臭いがぷんぷんしていたのだけれども、 そんなことは何一つ、だれひとり、気にすることがなかった。
口からも、腐ったザリガニのような臭いがしていたのだけれども、 ホハ、たったの一度も顔を歪ましたり、「くさっ。」 と言ったりしなかった。
さすがホだ。
僕はファットに向かって、讃美歌にして歌いながら尋ねた。
「きみは~いまでも~じぶんの前世が~イエスの~ 双子だって信じてるのか~♪」
これに対し、ファットも歌いながら讃美歌で答えた。
「そうさぼくは~かつてそれを~信じてたけれども~ というか今でも本当は信じているのだけれども~ なんてそんなことホの前で言うのは~畏れ多いってものだろ~ でもいまでも~信じている~そんなぼくを君は笑うか~♪」
その時であった。
まるで『ゲロッパ!ゲルローレ!』 と叫んで興奮して歌をライブ会場で歌っていたジェームスブラウンが歌っている最中にライトとスピーカーとマイク、すべての電源が突然、ダンッ、と落ちて会場が真っ暗になり、 シーンと静まり返ったあのいたたまれない瞬間のようだった。
僕は気づいたんだ。
そうか、あの二つの鳥居は、 双子のイエスが磔にされる為の十字架だったんだ...!
明治元年、確かに一人のイエスが殉職した。
そして、もう一人、その片割れがこれから起きる物語を書いて、 磔にされようとしている。
想いだした。確かあの鳥居の左足に書かれていた年号は、明治六〇四年...!
存在しない...!
そんな年は...存在しない。
ということは、いつなんだ?
いつ、もう一人の救世主が、磔にされてしまうんだ。
明治元年から、六〇四年後?

 

僕は気付けば、お父ちゃまのあったかい腕枕で眠っていた。
もうすぐ、年が明ける。