灰の馬

そこには神が燃えていた。

だがよく見ると、それは街であった。

暗黒の夜に静かに、街が燃えていた。

煌々と燃え盛る炎のなかで、馬の嘶く声が聴こえていた。

馬は蒼褪め、死者のような色をして街の広場で燃えていた。

傍には涸れたみずうみがあった。

この近くの教会で式を挙げた夫婦が翌朝、この水辺で死んでいた。

真っ白な婚礼衣装が真っ赤に染まってゆく過程を堕ちた者が眺めた。

白布の裂け目から、息子は降りて行った。

壁も床も椅子も幕も血の様に赤い劇場で今夜の劇が始まる。

息子は黒い帽子と黒いマントを脱いで正面の中央に座った。

幕が静かに開くと一人の老人が真ん中に立ち、複雑な表情でこちらを見詰めている。

舞台の奥には、一つの街が燃えている。

息子は煙草を一つ吹かすと足を組み、膝に頬杖をついて目を瞑る。

すると一頭の馬の嘶く声が聴こえてくる。

嘶いたあと、馬は凍ったみずうみの上を駆ける。

白い、まだ若い馬だ。

息子は目を閉じながら、両手両脚で馬の駆ける真似をする。

そして馬のように嘶き、煙草をもう一本口に咥えると頭を勢いよく振り両手を高く上げて背を反らし、両脚で立ち上がった。

そっと目を開ける。

老人の姿は消えて舞台の奥に涸れたみずうみがある。

息子はもう一度目を閉じる。

涸れたみずうみの真ん中に一本の巨大な水柱が湧き立ち、その天辺に火がともる。

火はろうそくの蝋のように垂れ落ち、涸れた地を伝って家々に火をつけてゆく。

息子は目を見開き煙草を渇いた地に打ち棄てると狂喜乱舞して火の街のなかを馬のように駆けてゆく。

燃え盛る息子の目のなかに、一頭の蒼褪めた馬が子を亡くした親のように首を垂れて、ただそこに立っている。

すべてが燃え尽きるまで、ただそこに立ち尽くしている。