右の手にはイエス、左の手には洗礼者ヨハネが立つ。
どちらが本物の救世主、エリヤだと想う?
天はかしら。
爪先は温泉に浸かっている。
腹には死が宿っている。
彼女が産むのは誰なのか。
産みの聖母よ、貴女は誰の子を産むつもりか。
子宮のような洞窟で、男が詩を読んでいる。
医者から持ってあと半年だと言われ、この地に遣ってきた。
男は誰かに話し掛けるように話し出す。
子が、親の年までも生きないで死ぬのは、どれ程の罪か、考えたことはあるかい?
死者を救う方法は一つしかない。
我が魂を灰と見なし、これに火をつけて燃え上がらせる。
これを心から信じ続ける者だけが死者を救える。
その魂だけが、燃え尽きることはない。
その魂は燃え続け、そして太陽となった。
彼がいなかったなら、この世は永遠に闇のなかだった。
だれのことも、人は愛せなかっただろう。
彼はこの世を救ったと想うかい?
彼がいなければ、すべての生命は凍え続けて生きなければならなかった。
生まれてから死ぬまで、ずっと拷問の日々さ。
彼は、真にこの世を救った。
今もずっとずっと燃え続け、燃え尽きる日まで、彼はぼくたちを照らしてくれる。
そして彼が燃え尽きたあとには灰の雪が降り続け、生命は彼の灰を食べて生きていかなくてはならないだろう。
何故ならそれしか、ぼくたちが生きてゆく方法は最早ないからだ。
彼はエリヤだった。
再び、この地を救うため、彼は一本の小さなろうそくを手に、此処へ降り立つ。
洞窟のなかはあまりに寒く、男は読んでいた詩集を一枚一枚破ってそれを燃やす。
神は燃え上がり、言葉は灰となる。
だが男はすべての詩を、憶えている。
何度も何度も、同じことを繰り返し、その都度、苦しみ、悲しみ嘆いて来たからだ。
イエスは母の水のなかで、豆粒のように小さかったときから受難の日について想い煩う。
このときから、イエスはずっと父に祈り続ける。
どうか堪えられるものだけをわたしにお与えください。
堪えられないのならば、どうかこの杯をわたしのまえから去らせてください。
イエスは洗礼を受ける日、洗礼者ヨハネに尋ねた。
あなたはエリヤではありませんか?
ヨハネはイエスに答えた。
いいえ、わたしはエリヤではありません。
男は火から、ちょうどよく離れた場所でその暖かさに微睡んでいる。
ほんのすこし近づけば燃えるように熱く、ほんのすこし離れれば凍えるように寒い。
イエスはすこし呆れた顔をしてヨハネに言った。
あなたはエリヤです。
あなたこそが、エリヤなのです。