ѦとСноw Wхите 第13話 〈テセウスの船〉

ここはスノーミネラル星(Snow mineral)。

大きさはちょうど地球と同じサイズですが一年中雪が積もっています。

でもその雪はあたたかいときもあればつめたいときもあります。

また雪の色は真っ白のときもあれば灰色のときもあり、クリーム色のときもあります。

あるおうちに、ちいさな女の子が住んでいました。

女の子はあるとき大好きなお父さんが買ってくれたビロードの頭巾のついた赤いポンチョをいつも気に入って着ていました。おそとにでるときはいつでもその赤い頭巾をかぶっていましたのでみんなから”赤ずきんちゃん”と呼ばれていました。

ある日、すべての家事をこなしてくれる大変便利なロボット、ロボットマム(robot mom)が女の子に言いました。

「Ѧ(ユス、女の子の名前)、さきほどムーンホスピタル(Moon Hospital)から連絡がありました。Ѧのファザー(父、Father)がやっと目を覚まされたようです。Ѧの作ったケーキとワインが是非飲みたいとおっしゃっていました。さっそく昨日Ѧが作ったケーキとワインをファザーに持っていってあげてください」

Ѧはそれはそれは驚いて喜びのあまり泣いてしまいました。

なぜならѦのお父さんはもう7年間目を覚まさず、ずっと眠りつづけていたからです。

それでもѦはしょっちゅうお父さんに会いにムーンホスピタルに赴いて側で絵本を読んだり話しかけたりしていました。

Ѧはケーキとワインを持って急いでムーンホスピタルへ向かいました。

森の駅(Forest station)に着いて、そこで約30分森の列車(Forest train)内を自由に歩き回ったり座って待ちます。

Ѧはすこし歩いて木の切り株の椅子に座って休んでいました。

するとオオカミさんが近づいてきて、こう言いました。

赤ずきんちゃん。こんにちは。今日はとっても良い日ですね」

ѦはもしかしてオオカミさんはѦのお父さんが目を覚ましたことをどこかで聞きつけたのかなと想って優しそうなオオカミさんに返事しました。

「こんにちは。ありがとうオオカミさん

するとオオカミさんはもっと近づいてこう言いました。

「あなたはどこへこんなに早くに行かれるのですか?」

Ѧは、あれ?お父さんのことを知ってたんじゃなかったのか・・・と不思議に想って答えました。

「ぼくのお父さんのところへ行くんだよ」

オオカミさんは微笑んで言いました。

「そのスカートの下には何を持っているのですか?」

Ѧはあんまり急いで来たもので鞄に入れるのも忘れてスカートの下のペチコートでケーキとワインをくるんだものですからお腹が大きく膨れていたのでした。

「ケーキとワインだよ。昨日、マムと一緒に焼いたんだ。ずっと病気だったお父さんに美味しいものを食べさせて元気になってもらうんだ」

オオカミさんは喉を鳴らして言いました。

「わたしはお腹がぺこぺこで喉もとても渇いています」

Ѧは最初、見知らぬオオカミさんに自分の大事なケーキとワインをあげることがちょっと嫌だなと想いましたが、ここであげなかったらお父さんはきっとѦの親切でない心に哀しむだろうと想ったので、しかたなくケーキの三分の一とワインの三分の一をオオカミさんにあげました。

オオカミさんはとても喜んでそれをたいらげました。

そしてѦに向かって言いました。

赤ずきんちゃん。お父さんはどこにいるのですか?」

「三つの大きな樫の木駅(Three big oak tree stations)で降りたらハシバミの木(Wood of hazel)がすぐ下にあるからわかるよ」

Ѧはそう言うと早く着きたくって立ちあがってそわそわとしだしました。

そして森の列車のなかを歩きだしました。

Ѧは歩きながら、ふっと不安がよぎりました。

お父さんはѦのことをちゃんと憶えてくれているだろうか・・・・・・?

もし忘れちゃってたらどうしよう・・・・・・。

Ѧはそう想うとどんどん怖くなって俯いて歩きました。

オオカミさんはѦのそばを歩いて言いました。

赤ずきんちゃん。ご覧なさい。このあたりの花はなんて綺麗でしょう。周りを見渡してご覧なさい。小鳥たちはなんて嬉しそうにさえずっているのでしょう。あなたには聴こえませんか?森のなかのここではすべてが喜ばしいのです」

Ѧは目を上げると朝日が木と木の透き間を前後に通りぬけて花はどれも綺麗であるのを見ました。

そしてその光景をずっと見ていると不安がどこかへ行ってѦは想いました。

「そうだ、お父さんはもうずっと綺麗な花を見ていなかったのだから綺麗で生き生きした花束を見たらきっと喜ぶだろう」

Ѧはあんまり夢中で綺麗な花を摘みつづけて、一駅乗り過ごしてしまって慌てて降りてまた森の列車に乗りました。

気づくとオオカミさんの姿は消えていなくなっていました。

 

Ѧはこんどはちゃんとムーンホスピタルのそばの三つの大きな樫の木駅で降りることができました。

そして三日月の形をしたムーンホスピタルに向かって走ると、その中に入り、船の形のベッドのある部屋の前をいくつも通り過ぎながら、また怖い気持ちが湧きあがりました。でももうすぐお父さんに会える喜びも湧いてきて、そのふたつの想いが交じり合いました。

一つの部屋の前で立ち止まり、ドアをノックしました。

すると返事がなかったのでドアを開けて中へ入りました。

ものすごくドキドキして鼓動を落ち着かせることができません。

Ѧはお父さんの寝ている船の形のベッドに静かに近づいて行きました。

そこにいるお父さんの顔をそおっと覗きこんだ瞬間、Ѧはひどく驚きました。

なぜなら、そこに寝そべってѦの顔を優しく見つめ返すのはお父さんではなく、さっき会って話をしたあの”オオカミ”さんだったのです。

ももっとびっくりしたのが、そのオオカミさんが着ているのはѦのお父さんが着ていたパジャマとまったく同じパジャマだったからです。

Ѧは哀しくって悲しくって泣きました。

そのとき、オオカミさんがѦに優しく言いました。

「Ѧ、おどろかせてしまってごめんなさい。さっき会ったときに、言うべきだったのかもしれませんが、なんと言ってよいかわからなくなってしまったのです。でも信じてください。わたしはたしかに、Ѧのお父さんです」

Ѧはオオカミさんに騙されていると想って怒りが湧いてきて泣きながら言いました。

「いったいどこがѦのお父さんなの?!どこからどう見てもオオカミじゃないか!Ѧのお父さんと顔も違えば声も違うし、話し方だってぜんぜん違う。Ѧのお父さんをどこへやったの?!」

オオカミは悲しい顔をして深呼吸したあと話しだしました。

「Ѧ、いまから話すことを、どうか落ち着いて聴いてください。お父さんは、ほんとうに大切なもの以外のすべての部品が古くなってしまって、取り替えなくてはこの次元に肉体を維持させることができなくなってしまったのです。新しい部品は、どれでもお父さんに合う部品とは限りません。お父さんに合う部品をひとつひとつ、新たに作りあげてそしてお父さんの古くなった部品と交換して行ったのです。そして新しくなったお父さんがいまѦの目のまえにいるお父さんです。お父さんはѦとのすべての記憶をちゃんと持っています。そしてѦを心から愛する気持ちも変わらず持っています。それはお父さんのほんとうに大事なものなので、それだけはそのままお父さんのなかに保存されたままです。Ѧ、どうか哀しまないでください。たしかに顔も声も話し方も違ったものになってしまいましたが、それらはお父さんを構成するうえでほんとうに大切なものではなかったのです。だからそれらを新しくして、お父さんは姿形を変えてでもѦとまた一緒に暮らしたかったのです」

Ѧは涙があふれて止まりませんでした。顔も声も話し方も違うお父さんがѦのほんとうのお父さんであることがどうしても信じられなかったのです。Ѧにとってのお父さんとは、お父さんの”すべて”であったからです。

オオカミも哀しくて泣いてしまいました。

オオカミはѦはまだ幼かったので、姿形や声や話し方でお父さんをお父さんと認識していたことが強いことをわかっていました。

自分はѦを娘として愛する気持ちもѦとの大切な記憶も自分自身の記憶として持っている存在です。

でもそれだけで、Ѧのお父さんであると、Ѧに対して言いつづけることはѦにとってつらいことであるのなら、”別人”として生きることも考えていました。

オオカミは、実はѦのお父さんを”完成”させた存在でもありました。

ѦにとってのѦのお父さんの大事な古い部品すべてを飲みこんでしまったのはオオカミでした。

でもそれはѦに言わないでおこうとオオカミは想いました。

オオカミはѦの新しいお父さんを創りだした存在でしたが、その”人格”というものについて、今はまだѦに話すことができませんでした。

あまりに複雑であるし、また今Ѧに話してしまえばよりいっそう落ち込ませてしまうことがわかっていたからです。

オオカミはѦのお父さんのѦを愛する気持ちとѦとの記憶のすべてを自分で創りあげた”肉身(にくしん)”に取り込みましたが、しかしその人格(Personality、性格、気質、興味、態度、価値観など)は古い部品であったために新しく取り替えたことをѦに黙っていました。

Ѧはきっとその違いに一番に違和を感じとって哀しんでいるのかもしれません。

オオカミはѦが悲しむのは無理もないとわかっていました。

それでもオオカミ(お父さん)は、愛する幼いѦを置いて死ぬことがどうしても心残りで、オオカミとの契約で新しい姿形・声・人格を持ってѦの側で生きることを決意したのでした。

 

Ѧとオオカミ(お父さん)は、別々にはなればなれになって暮らすことになりました。

オオカミが側にいるとѦが”本当”のお父さんを恋しがって激しく泣きだしてやまなかったからです。

オオカミは、ほんとうは自分がѦへの愛着が激しいあまり、ただただѦの側にいたいがためにѦのお父さんの振りをしてѦを騙しているのではないかと感じることもありました。

オオカミは自分はѦを娘として愛しながらも同時に一人の男としての人格を持つため、Ѧをほかのどの男にも近寄らせたくはないという気持ちが芽生えて苦しみました。

 

オオカミはѦの”お父さん”ではないのでしょうか?

ほんとうに大切な部品だけは遺したはずなのです。

 

Ѧはやがて少女になると、オオカミのそのとても哀しい目がどこか、お父さんの目にそっくりであることに気づきました。