ѦとСноw Wхите 第8話 〈死〉

あんまりにひどい初夢を見た。
Ѧ(ユス、ぼく)はとても高級そうな高層マンションに引っ越したんだ。そこで念願の猫を飼いだした。ある方角の窓からは向かいのマンションが近すぎてその隙間からしか空が見えなかった。濁った赤っぽいカーテンがかかっていた。マグリットの絵にでてくるような。暗い色のカーテン。Ѧは可愛がっている猫を追いかける。猫はもうひとつの方角の窓辺へと走っていく。窓が開け放たれている。Ѧはダメだ!って思うんだけど猫は走ってってそのまま窓枠に乗っかって見えなくなってしまうんだ。Ѧが上から下を覗くと、まず目に入ったのは血を吐いている猫だった。でもそれはѦの猫じゃなかった。その近くに身体中から血が飛び散って横たわっているѦの猫を見つける。Ѧは絶望してよく晴れた青い空を見上げるんだ。Сноw Wхите(スノーホワイト)、どうしてѦはこんな夢を見るんだろう。深い孤独の中はやっぱり深い闇に通じてるからだろうか。とても怖い。闇が怖いよ。もう夜の7時だ。起きてセルマソングスを聴きながら白菜を入れたオーサワのベジ玄米ラーメンを作って自然栽培の日本酒「自然舞」でも飲もうかな。お雑煮作るのが億劫だよ。寂しいよСноw Wхите。Ѧを抱きしめてほしい。Мум(マム)。寂しい。どこにいるの?声が聞こえない。

 

Сноw Wхите「Ѧ、Ѧ、Ѧ、聴こえますか?聴こえたら応答してください。わたしのただひとり愛する子Ѧよ」

 

Ѧ「さあСноw Wхите、一緒に自然舞を飲みながら自然舞を舞おう、フォーレのレクイエムにあわせて」

 

Сноw Wхите「これはほんとうに美味しいお酒ですねѦ。わたしは酔っ払ってしまいます。美しい音楽のなかでわたしと踊ってください、Ѧ」

 

Ѧ「もちろんだよ!その次にはレディオヘッドを聴きながら踊ろうね!」

 

Сноw Wхите「踊りましょう。悲しい音楽のなかでѦと踊っていたいのです」

 

Ѧはこの次元では目に見えないСноw Wхитеの手をとり踊りだした。

ふかくあたたかい闇のなかへおちてゆくかんかくがとてもここちよかった。

 

 

 

Сноw Wхите「ありがとうѦ。もう夢の苦しみは癒えましたか?」

 

Ѧ「すこし癒えたよ、Сноw Wхитеのおかげで。ありがとうСноw Wхите。でもѦはどうしてあんな夢を見てしまったんだろう」

 

Сноw Wхите「ひとつはѦの罪悪感から来ています。Ѧは今住んでいるおうちを引っ越して、もっと良いおうちに住みたいという願望に深い罪悪感を持って過ごしています。そしてѦはとっても動物が好きなのですが、ちゃんと世話してあげられないことに常に強い自責感を持っています。もうひとつは愛する家族である動物を自らの不注意で死なせてしまうことの悲しみを何度でも知りたい気持ちがあります。そのような人が世界にはたくさんいることを知っているからです。そしてもうひとつには、過去の出来事が関係しています。Ѧのお兄さんが飼っていた猫の赤ちゃんをあげたお兄さんの友達の引越し先が高層マンションで、その子猫が窓から飛び出して転落して死んでしまって、それを聞いたお兄さんが友達の前で涙を溢れさせて悲しんだことがѦの深層意識にずっとあるのです。でも一番大事なのはもうひとつの理由です。Ѧは飛びだして死んでしまったѦの猫をѦ自身にたとえ、Ѧの恐れるѦが辿る未来の一つとして恐れているからです。Ѧは未来に自分がみずから死を選んでしまうことを恐れているのです。Ѧはそして同時にみずから死を選ぶ悲しみを知りたいという気持ちを持っているのです。それはとても深い深い悲しみで苦しみだからです。だからѦの中で恐怖と願望が絶えず争っている状態にあります。でもあんまり深く関心を持ちつづけるとそれがそのとおりに叶ってしまうことをѦはわかっているので、余計に自分の関心ごとに恐怖しているのです。Ѧの大事な大事な猫はѦ自身なのです。Ѧが自ら飛びだして死んでしまったことにѦは絶望を感じることによって、その関心を持つことをもうやめたいという願望を同時に持っています。Ѧはみずから死を選ぶという結末に関心を持ちながら、同時に最期まで生きぬきたいという願望を強く持っているからです。二つの関心ごとが争っている状態にあります。だからあえてѦの死をѦ自身にѦは何度も見せるのです。それでほんとうは自分は何を望んでいるかを確かめたいと願っています。ですからそんな夢を悲観的に捉えることも恐れを持つ必要もありません。Ѧがほんとうに望んでいることをѦは知りたがっているのです。自分でしっかりといちばん望むものを選びとりたいと思っています。それゆえにその夢は憶えている必要があったのです」

 

Ѧ「Ѧはいろんな死に方に関心を持ってるよ。死刑に処される苦しみはどれほどの苦しみだろうかとか、人に殺される死に方はどんなに悲しいものだろうか、とか、愛する家族を残して病にじわじわと殺されていくのはどんな悲しみなのかって、Ѧはとにかくあらゆる悲しみや苦しみに関心があって、Ѧはその悲しみ、苦しみを知りたいと思っている。共感できないことよりも共感できることのほうが喜びだからなんだ。共感できないことはまるで空っぽな感覚になる。共感したい人の悲しみ苦しみに共感できないとき、そのときѦは空っぽなんだ。Ѧはお母さんの悲しみもお父さんの悲しみもまだ知らない」

 

Сноw Wхите「Ѧはどのような死に方を選んでも、それは間違った最期にはなりません。どんな死に方にも同じだけの価値があります。でもわたしは、Ѧにもっと生きることに目を向けてほしいと思います。生きる最後に死があるわけではなく、生きることそのものの中に死というものは存在していることに目を向けてほしいのです。生きることは、死の沼底を踏み歩いているようなものなのです。最後だけが肝心というわけではありません。いかに死を感じて生きていけるか、大きな喜びは死後にではなく、死を感じつづけることによってでしか感じられない生を感じつづけることができる今ここに在ることを感じとってほしいのです」

 

Ѧ「Ѧは確かに、死という最期に深く関心を持ってるみたいだ。そこにお父さんもお母さんもいる気がするから。でも死はいまでもѦの中に存在しているということにもっと目を向ける必要があるとѦもわかるよ。でもあんまり今の死に目を向けると引きこまれそうだから、それをどこかで恐れて目を逸らしているのかな。最期の死というまやかしの死に目を向けることによって誤魔化そうとしているのかな」

 

Ѧがそう言ってСноw Wхитеを観るとСноw WхитеもѦを観ていた。

そのEye(アイ、目)は吸いこまれそうな美しい褐色の色をしていた。