不自然

僕は仮面乱交パーティーへ参加したことがある。

そのパーティーは、みな服をしっかり着ながら乱交に及ぶんだ。

女はスカートの下は何も履かず、男はズボンのチャックを下すだけで事をこなす。

顔もわからなければどのような体をしているかもわかりづらい。

ただ性器と性器が擦れ合うことだけによる快感と、見られているという興奮だけで充分なんだ。

僕が22歳の時だったんだけど、僕は童貞で女とキスもしたことがなかったし、好きな女の手を握ったことさえなかった。

僕の家は厳格なクリスチャンの家で成人になるまでは異性と付き合うことも許されなかった。

自慰をするときは、女性の裸体や性器などを思い浮かべて行ったことはないし、ましてやポルノグラフィックやビデオなどはもってのほかだった何故ならそれは聖書の教えに反する行いだからだよ。

イエスが言った言葉にある。

「だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです」

物心のつかない頃から聖書の教えを絶対的と育てられた僕はプログラミングされた姦淫=情欲を抱いて女を見ること=罪という設定を覆すことはできない。

はっきり言うが、できないんだ。

僕はただ烈しい罪悪感に苦しみたくなかった。だから僕が自慰するときはいつでも抽象的な何か女性っぽいもの、一番良かったのはアワビだったけれど、一番長く快楽が続いたのはユリの花だったし、一番幸福感を伴ったのはパンパンに膨れ上がった牛のおっぱいだった。

一応言っておくけど、獣姦しようとしたことはない。

女に情欲を抱くことが罪だから、僕はいつも女の身体を見ることを避けて暮らしてた。

それでもふと視線を向けたところに露出度の高い女が歩いていたりすると、瞬間的に股間に鈍痛を覚えなくちゃならない。すると普段は温和で優しく冷静な好青年で通ってる僕が「ガッデム!」と叫びながら走ってってその女のどたまを拳骨で殴りつける。その度に父親から冷ややかに見下してるような静かで静かな説教を食らうんだ。

ほんとに気持ち悪い。僕自身が。

嫌気がさしたんだ。本当に罪深いことをして、自分に罰が降りるといい。そう思ったんだ。深く思った。

僕がその為に利用した仮面乱交パーティーは、僕の想像をすべて超えたものだった。

サタニストたちの暗黒の呪術に基づいた命を懸けた儀式だったんだ。

これに参加したら僕は終わりだと思った。

大袈裟に聞こえるかも知れないが、存在するすべての終末がここに存在していると感じたんだ。

それを知った頃ちょうど僕の学校に入学してきた女の子に恋をしだした。

彼女を見た瞬間に情欲が湧いてきてしまうから、僕はできる限り見ないようにした。

ある日彼女と図書室で、偶然会った。僕が梯に上って取ろうとして上から落としたユゴーの本を彼女が拾ってくれて、それを受け取るときにほんの一瞬彼女の指に僕の指が触れた。

僕は言葉を詰まらせてしまって、お礼も言わずにその場を立ち去って、我慢できずに校内のトイレの中で自分の一物を懸命に扱いた。そのとき浮かべたのが何故かなめことイソギンチャクの交尾だった。自分でもよくわからないが、それが一番何か、彼女の生々しさの現実的な欲求の具象化の脳内イメージとなった。

僕はとっさに、自分の部屋に着いた瞬間、「アイムクレイジー!」って叫んだけど、そのすぐ後には本当に狂ってると思うならそんなこと口に出して言うものじゃないって確信した。

馬鹿げてるよこんなこと、自分の行いが、すべて、嫌になった。

終わりにしてしまえばいい、そう思ったんだ。あの儀式に参加したら、きっとすべてを終わらせることができるとそう思えたんだ。

でもその儀式は僕の想像してるより、ずっとおぞましいものだった。

それは狂気を超えた何かだった。

そこにいるのはみな人間ではなかったし獣でもなかったし、神でもなかった。

僕の今ある価値観がまるで死に絶えたようにピクともしなくなる世界がそこにはあった。

僕はショックのあまり放尿と脱糞をして気絶してしまい、気づくと薄暗い部屋のベッドに寝かされていた。

体は綺麗になっていて、裸だった。

僕は起き上がって、窓の外を眺めた。

濃い霧の中に森があって、奇妙な鳴き声で鳥が鳴いていた。

霧と同じ色の空があって、境界はわからなかった。

僕は彼女のことを真っ先に想った。

あの儀式に参加してしまえば、もう彼女に会うことも許されない。

僕は今頃になって、彼女の胸に僕の好きなバタイユの本が抱かれていることを思い出した。

どこまでも深い霧を抜けても、もう彼女の元へは戻れることはないのだと感じた。

何かを知ってしまうだけの罪が、とてつもなく重い罪であることを僕は初めて知った。

あの儀式を知っているだけで、後戻りは不可能なほどに、それは人間の誰も知らない原初の罪なのだと僕は味わったことのない凍り付くような火をともす太陽が胸に宿っている感覚を覚えた。

不自然に凍る海に沈んだ青く照らす太陽を見つけてしまえば、最早、空を見上げる必要などない。

僕が見つけてしまったもの、それは不自然という抗えない新しい神だった。

僕の知らない愛がそこにあったことは確かだ。

それは自然を超えた超自然ではなく、不自然な愛だった。

僕はその儀式を行うことはしなかった。

少し離れた場所からぼんやりといつも眺めているだけでいつも射精に到達できた。

そして何度目かに、ぼんやり眺めながら、僕はふと気づいた。

何故、これが不自然であったのかを。

乱交に及んでいる者が被っている面は男も女も、すべてが、僕の顔をした面だったからだ。

新しい神は、いま、不自然に僕に微笑みかけた。