悪神の子

すぐに自棄になって人との縁をぶっちぶち切っていく人格障害者と付き合うのはしんどいよね。
骨が折れるでしょう、僕も同じ気持ちになるもん、僕と似た人と知り合うと。
しんどくって無理だって思うもんね、痛くてしょうがないよね。
そうだよボクも歴とした人格障害者です。
ネット間で忌み嫌われ続けるボダです。この年になってもね。まだ糞元気なボダです。
その上欝も酷くてまともに働くことができません。
もう5年以上働いてません。家にずっと引篭もって暮らしてます。
5年ほど生活保護受給者です。
この世界ではどうしてだかわからないのですが自立して一人前に生きないとまともな生き方とは言ってもらえないみたいですね。
ずっと黙ってましたが、僕は最近もある知らない人から一人前の自立した人間になってくださいと言われたので自棄を起こしてしまって、衝動的な行動に走ってしまいました。
毎日決まった時間に出勤する仕事ができなければ好きな時間と好きな日に仕事ができる風俗業も男性に奉仕するのが大嫌いな僕は到底できそうにありません。
僕と言う人間がかろうじて、自立できるかもしれない方法、それは子供を持つということでした。
ですので、あれから数々の出会い系で知り合った知らない男を家に呼んでは何度も寝ました。
子供を作るためにです。相手は誰でも良かった。
この年でも結構男はわんさか寄ってくるものです。
生でしかも中に出してくださいと募集したからでしょうか。
とにかく種欲しさに一日に3人の男と寝たりもしました。
自分がますます汚れていくことは喜びでもありましたが苦しみでもありました。
そういった毎日を繰り返して、ふと先月の生理が来ていないことに気付き早速ネットで妊娠検査薬を買いました。
結果は陽性でした。
このボクが妊娠したのです。
なんと嬉しいことでしょうか。
僕は喜びのあまり散らかってゴミ屋敷だった部屋を一日中掃除して片付けました。
気力が漲ってしかたなかったのです。
次の日にはアルバイト情報誌をコンビニでもらってきて片っ端からできそうなバイトやパートに電話をかけ、面接に行きまくりました。
そして最初に面接に行った近所のうどん屋さんでパートが決まりました。
父親が誰かはまったくわかりませんでした。
よく女がイくときに子宮口が開き、受精しやすくなると聞きます。
でも私はこれまでイったことすらなければ、セックスで感じることすら皆無だったのです。
セックスで気持ちがいいという性的快楽を覚えたことが今まで一度もありません。
その上、私の子宮は双角子宮という子宮奇形であり、その子宮の人は不妊や流産の可能性が高くなるとも言われています。
そのボクが妊娠したのです。
僕は早速うどん屋に働きに行きました。
世界の景色は変わって見えたのです。
よくわからないのですが、一人一人がすべてそこに存在してるだけで美しいと思えるようになりました。
誰が父親でも本当に構いませんでした。
だからどんなおっさんとも私は寝たのです。
そして奇跡的に妊娠したのです。
我慢して色んな人と寝た甲斐がありました。
私はこれで自立できると思いました。
もう自立してくれとあんなつらいことを誰にも言われなくて済むのです。
可愛い可愛い僕の赤ん坊に早く会いたいと思いました。
ボクを自立させてくれるこの存在に感謝しようと思いました。
思ったので、実際感謝しました毎日毎日。
おなかのふくらみをさすって早く生まれておいでと何度も呼びかけました。
そうして一日中早く会いたい早く会いたいと思い続けたからでしょうか。
まだ全然産む月になってないのに朝起きたら早産していました。
パンツを履いてなかったので、そいつはごろんと私が蹴ったのでしょうか、足元のところらへんにいました。
子犬ほどの大きさでした。
臍の緒で繋がれた血だらけのそれが布団の上で黙って蠢いていました。
私はぎょえーっと大声で叫んで失神しそうでした。
立ち上がると股の間から大量の血や胎盤がぼとぼとと落ちてひいいいいいいぃっっっと思いました。
でもいつまでも驚いていられないので素早くその赤ん坊を抱き上げるとお風呂に湯を溜めて臍の緒で繋がったままじゃぶじゃぶ洗いました。
で、湯船に一緒に浸かりました。
そいちゅは「あぷわぷわぷわぁ」とわけのわからないことを言っていまちた。
こいちゅ頭おかしいんとちゃうかと思って一発殴りまちたが、それでもそいちゅは何が嬉ちいのか気持ち悪い笑顔で「あぷわぷわぷわわぁ」と言い続けていまちた。
こいちゅ、ほんま、アホや、ああ可愛い可愛いなあと言って毎日一緒にお風呂に入りました。
で、そいちゅは小さいくせに元気なんだけども夜泣きが激しかったのです。
ここは隣の人の小便の音が聞こえるほど壁が薄い、そんな部屋で夜泣き、これは迷惑で苦情が来てしまいます。
なのでしかたなく、泣き出したらそいちゅの口にガムテープを張りました。
何度か、鼻水が溜まってか、死にかけましたが、なんとか大丈夫なようでした。
そうしてガムテープを思いっきり外してお風呂に浸かるとまた「あぷわぷわぷわぁ」とご機嫌に喋ってるので、ほんまけったいなやっちゃ、と思いました。
ボクの世界は薔薇色だった。
そういや、そいちゅは、男の子でちた。
小さなちんちんが立派に生えていた。
可愛くてしょうがないので、ボクは思った。
こいちゅさえおったら、もうほかになんもいらん。
こいちゅとボク以外、全員どん底に落ちても構わない。
勝手にどん底に落ちればいいんじゃないか?
ボクとこいちゅだけ幸せだったらそれでもういい。
それだけでいいよ、この世界。
ボクとこいちゅだけ幸せであればいい世界だ、この世界は。
ははは、他のやつら全員死んでも別にいいですよ。
俺とこいちゅだけが生きれるならね。
ふふふ、こいちゅがおれば俺は天国、他のやつらは皆地獄に落ちればいい。
ほほほ、だってこいちゅがいたらボクはそれでええもん。
あとの全員死ねばええねん。
なーこいちゅ、と毎日そいちゅに話しかけていた。
いつも、こいつ、こいつ、と思ってたので、名前は鯉津という名前にした。
でも、つい、こいちゅ、と呼んでしまう。
腹立ったときはいつもぶん殴ってたけど、こいちゅは風呂が大好きなようで、風呂に入れたらご機嫌となって「あぷわわわん、あぷわぷわわわん」などと言うから可愛いてしゃあない。
もちろん母乳を乳から与えてましたよ?出ない日は仕方なく粉ミルクでしたけども。
で、乳をいっぱい与えるんやけど、なんでかでっかくなっていかないんだよな。
なんでなんやろな、ずっと子犬サイズで元気なんだけども。
俺はだんだん不安になってった。
得体の知れないものと一緒に暮らしてるみたいな気持ちになってきた。
風呂に入れると相変わらず鯉津は「あぷりゃーしゃあぷらーしゃ」とまたわけのわからん言葉を吐いては楽しんでいる。
俺はそれを眺め眺め、怖くなってきた。
しかもそいつは、いつまで経っても赤い身体で、まさに赤ちゃんなのである。
気味が悪くなってきだした俺は、鯉津、捨てよかな、と思った。
だってこんなんおかしい、どう考えても。
子犬の大きさで生まれて人工的な何も必要とせず元気なんもおかしいし、何度風呂入っても「あ」と「ぷ」の入った言語しか喋らないのもおかしいし、ずっと赤いままなんて、悪魔の子か、もしかして、こいつ、悪魔の子なんちゃうか。
私は身震いをした、そいつを抱いて風呂に入り乳を与えながら。
誰が悪魔だったのかとボクは思い出してみた。
悪魔らしきやつ、一人、おったわ、そういや。
何かこう、ミステリアスな感じで、何考えてんのかわからん変な奴やった。
哲学なんかなんか知らんけどさっぱり意味不明な難しいことばかりずっと一人でしゃべってるようなやつやった。
あいつだ、きっと。
あいつ悪魔だったんだ。
あいつの子か、鯉津。
くっそーくっそーくっそーと俺は三回思った。
まんまと悪魔の子供を孕まされたわけである。
俺としたことが、悪魔に気付かなかった。
何故なら誰でもええと思ってた俺だからであった。
自棄な思いからやったことやんけ、しゃあないんちゃうんけ。
そう思っても、くっそーうと言う悔しさが離れなかった。
悪魔の子とわかれば、こうしてられない、捨てに行こう。
ボクはそいつを捨てに行った。
どこに捨てるのがええか。
どこに捨てても、わからんやろう、俺の子だとは。
だって顔だって今見たらどこが似てるんや、蛙と鴨と鰯と麒麟と蝿とドルフィンとミミズと蛇と鹿と牛と豚と鶏をステゴザウルスで割ったみたいな顔やんか。
俺の血どこに引いてんねん。
人間も猿も入ってへんやん。
あ、でもそういやあの悪魔もどこか蛙と鴨と鰯と麒麟と蝿とドルフィンとミミズと蛇と鹿と牛と豚と鶏をステゴザウルスで割ったみたいな顔やったかもな。
恐ろしいことだな、マジ。
これはもう捨てるしかないだろう。
どう見たって悪魔の子なんだから。
ずっとこのまま一緒におったら俺がどうにかされるに違いない。
捨てるに限る、こんな子は。
ボクはその赤い赤い赤ん坊を捨てる場所を夜中の丑三つ時に探した。
口にはガムテープを張って抱っこしてうろうろと歩いて探した。
赤ん坊の体温はおかしいほど高い、それを感じて可哀相にもなったが。
生かしちゃ俺がやばいだろうから、そうだ、こいちゅはもう、殺したほうがええわけか。
捨てる場所ではなく、殺す場所、そしてこいつを埋める場所を俺は探した。
何を思ったか俺は、近くの神社で殺そうと思った。
そしてそこにある大木、神木の下に埋めようと決めた。
何故かはわからない。でも俺は悪魔が恐ろしくて悪魔の力をここでなら封じてくれるんじゃないかとどこかで思ったからだ。
ゆうたら悪神の子なわけですから?それが死んでその力が消えるとも思い難い、その力を封じるにはどうしても別の、神の力が必要だと思った。
そうと決まれば私は神社の社の前に赤子を置き、金は持ってこなかったので賽銭は無しで鈴を振って手を叩き、どうかこの子を永遠に封じてください、と願を懸けた。
そして一瞬気は引いたが、鯉津の鼻を思い切り抓まんで窒息死させた。
あっけなく鯉津は死んだ。
そしてその側にある推定二千年ほどの御神木ビャクシンの異様な形の木の根元を適当な木が他になかったのでしかたなく御神木の枝を折って、それで掘って死んでまだ温かい鯉津を埋めた。
で、もっかい帰りしなに、どうか赦してください、と願を起こして私は家に帰った。
家に帰って変に汗をかいていて体中がねたねただったので非常に疲れきっていたが風呂に入ろうと思った。
湯船にゆったりと浸かっていた。
すると涙が引っ切り無しに零れてくるのである。
悪魔の子ではあっても可愛い我が子に違いなかったはずである。
それを一時の恐れと覚えた気色悪さから我が子を殺してしまった。
さっき殺したばっかりなのに、今となって鯉津の可愛いあの顔が愛おしくてしょうがなく思えてくるのである。
あの時は確かに気持ち悪くて仕方ない顔に思えたはずだ。
だから私は殺したんだ。
それがなんで、なんで、殺した後には可愛い顔に思えてくるのか。
悪魔の子ではあってもずっと可愛いと思えてたら殺すことも無かったはずだ。
何で今になって、今になって、鯉津を殺したことを後悔するのか。
さっき殺したばかりだった、ほんのさっき。
さっき殺したはずだ、さっき、あの、あの女を。
鯉津は成人した立派な体を起こして湯船から上がると身体を拭いて布団に横たわった。
人間の顔をした鯉津はスマホで新しい母親を探し始めた。