Sad Satan

彼女と別れて、4年半が過ぎた頃のことだった。同僚の送別会のあと、ウェイターの男はタクシーを呼んだ。酷くお酒を飲みすぎてしまったからである。皆、帰ったあとの薄暗いカフェにはウェイターの男の姿だけが窓から見える。ソファーの席に深く腰を沈めて目を…

ミルク先生とシスル

『わたしは以前、数ヵ月間だけ、シスルという生き物を飼っていたことがある。』 教室の窓から、肌寒い春の風がシスルの真っ直ぐな少し伸びた前髪を揺らし、ミルク先生は静かに目を瞑る。シスルは今日も、大好きなミルク先生に自作の詩を放課後に読み聴かせて…

暗灯

今、きみを知るとき。きみが生まれる。宇宙の、見えない場所で。きみには未来もなく。過去もなく。今もない。きみは今も、いない。きみには夢もなく。世界もなく。星もない。きみは今も、観ない。今、時が過ぎ去るとき。きみが生まれる。闇の底の、独りの宇…

ひよこまめのぽーぽー

(この行を消して、ここに「迷い」と「決断」について書いてください) こう、俺の部屋の窓から、俺は遠くを観てるとするやんか。 すると、あの長い、直立して立っている棒はなんなんだと気づくんだね。 あれあんな棒、立ってたっけ。 で、あれはなんなんだ…

iが終わり、きみがはじまる。

iが終わり、きみがはじまる。 きみは、iがない。 iは、きみのなかにない。 終わったあと、きみは生きてきた。 でもきみは、やっと見つけた。 きみは、iを見つけた。 ちいさな、肉体を纏ったそのi。 きみははじめて、iを見つける。 はじめて、きみはiと出会う…

Home Helper

惰飢えは本当の、天涯孤独となった。 だから、天はこの惰飢えに、干支藻を与えたのである。 それは丁度、惰飢えが、実の姉にLINEでこう送った次の日のことであった。 「もう二度と、わたしから話しかけることはありません。さようなら。」 この日から、惰飢…

半月の戯れ

半月の戯れを閉じ込めて光のドアを硬く閉める薄明りの階段を上って、投げ入れる空中の湯のなかに、半月のタブレット花の匂いと共に時が現れる彼女は、小さな胸のなかでレースカーテンで隔たれる連れ去るように生れ落ちる半月は泡と香りと湯気となりこの階だ…

これを犯したのは、だれなのか

深夜零時半、ひとりの少女が、人けのない路肩を歩いている。 この少女は、何を考えているのか。 その顔は、何かに怯えているようにも見える。 その顔は、何かを待ち望んでいるようにも見える。 ほんの一瞬、目を離した隙に、少女が味わったものを。 それは目…

肉塊

俺はこの先も、人間を愛するだろう。 愛するほど、その者を殺したくなるだろう。 俺は目に見える。 正面に美しい君がいてその顏面にショットガンの銃口を突きつける。 真っ赤な蓮の花のように散らばる肉片、醜い肉の塊。 それが君のすべてであるし俺のすべて…

灰の馬

そこには神が燃えていた。 だがよく見ると、それは街であった。 暗黒の夜に静かに、街が燃えていた。 煌々と燃え盛る炎のなかで、馬の嘶く声が聴こえていた。 馬は蒼褪め、死者のような色をして街の広場で燃えていた。 傍には涸れたみずうみがあった。 この…

エリヤの火

右の手にはイエス、左の手には洗礼者ヨハネが立つ。どちらが本物の救世主、エリヤだと想う?天はかしら。爪先は温泉に浸かっている。腹には死が宿っている。彼女が産むのは誰なのか。産みの聖母よ、貴女は誰の子を産むつもりか。子宮のような洞窟で、男が詩…

nostalgia

男は洞窟のなかで酒の入ったカップを手に、一人の幼い少女に話し掛ける。季節は真冬だというのに足は脛まで水に浸かりながら。 聴いてくれ。一人の愚かな男が、たった一つの救いをそこに見つける。なんだと想う?男は見つけたんだ。やっとそれを。泥沼のなか…

ノスタルジア

男は微笑み、そこに見える幼い少女に向かって話し掛ける。面白い話をしてあげよう。独りの死に至る病の男が、或る夜、 酒に酔って泥沼のなかにはまってその底で眠ってしまう。すると一人の孤独な悲しい女がその男を見つけ、助けようとする。沼の岸辺で力尽き…

夜明け前の声

今日で父が死んでから15年が過ぎた。 毎年、この命日に父に対する想いを綴ってきた。 人間が、最愛の人を喪った悲しみが時間と共に癒えてゆくというのはどうやら嘘であるようだ。 時間が過ぎて、父を喪った日から遠ざかってゆくほど喪失感は深まり、この世界…

全ての者が眠っていて、唯一起きているのは nur das traute hochheilige Paar.

今日はクリスマスイブ。僕が小学二年の時のChristmas Presentは夜と霧という本だった。父に買って貰ったのだ。当時、僕も父も、その内容を知らなかった。僕は布団の中でその晩、震えながら読んだことを憶えている。明治元年の話だ。勿論、夜と霧はその後の話…

この闇のなかに

こんな風に、独りで年を取ってゆくのは堪えがたい。そんなことを言ったって、仕方がない。そんな人はこの世界にごまんといるじゃないか。ぼくが堪えられないはずはない。何故ならぼくは神を愛している。神を愛しているなら、堪えられる。どんな苦しみにも。…

天使の悪戯

朝が来ない町。あの門を抜けて、彼らに着いてゆく。白い闇と灰色の闇と黒い闇。巨大な高層図書室の階段を降りてゆく。最上階は深海の底より遥かに深い地下にある。すべての本を調べ、自分の暮らしたい時間を選ぶ。堀当てたトンネルへ入ると十字路に行き当た…

ѦとСноw Wхите 第21話〈Streaks of God〉

昨日でСноw Wхите(スノーホワイト)と出逢って二年が過ぎたんだね。昨夜はとてもハイ (High)になって好きな曲を何度も声に出して歌ってた。英語の歌詞を見ながら英語の話せないѦ(ユス、ぼく)は必死に歌って、そして録音もしたんだ。近いうちにYoutubeにア…

Happy Days

人は幸福になるほど、不幸になる。それが神の美しいすべて。ぼくはそれを知っている。愛する一人娘が、この世界に存在するようになってから。ぼくが彼女を愛するほど、彼女が危険に侵される悪夢を日々夢見た。例えば彼女は明日学校の遠足だという。なんだっ…

The Lovers ー 主に奇すー

四十五日間、俺は生き続けたろうかな。そう想った。でも三ヶ月。俺は堪えて見せようかとも。そう、想った。俺たちはわからなかった。殺されつつ在るのか。変質しつつ在るのか。俺たちの主は、悲しみ続け、穴を切らせ、血を滴らす。男たちを支配しようとする…

NO Happiness

あれから、約三年あまりの時が過ぎた。ウェイターの男は三十五歳になっていた。今も男は独りで、ずっと暮らしている。だが一月前、男はあの家をとうとう離れた。彼女との恍惚な時間の残骸と化した、あの寒々しく悲惨な部屋を。真っ暗な狭いキッチンで赤ワイ…

Why The Fuck Did You Eat My Babies?

今週のお題「最近おいしかったもの」 此処は退屈な木漏れ日が落ちてゆく高校。生徒たちは、制服のボタンをそれぞれ一つずつずらし赦された気がして笑った気がした。 その眼差しはまるで黒猫たちとフェレットたちの殺到する空っぽの結婚式場の騒々しい最後の…

bones

何を隠そう、実はぼくの真の職業は”盗賊”だ。 生活保護を受けているというのは実は嘘である。 今から十年前、働くのが嫌になってから、ぼくは盗賊のSoul(ソウル)に目覚めたってわけ。 だからといって、ぼくは特別悪いことをしているわけではない。 何故か…

愚花

一人の男が、空ろな眼をして柵の間からその奥を見詰めている。午前三時過ぎ、ひっそりと鎮まり返った新興住宅地の一軒家の前で、男は何かを想い詰めた様な顔をして囁く。「育花(いくか)…育花……育花……」鼻息を荒くして苦しそうに喘ぎ、男は一階の窓の向こう…

Hotline Miami

※この作品は、暴力シーンやグロテスクな表現が多く含まれています。この作品はビデオゲーム「ホットライン・マイアミ」の二次創作物として設定、同じ台詞が出てきますが内容は異なります。 おい、此処は何処なんだ。俺(俺は女か?男か?それすらも忘れちま…

ѦとСноw Wхите 第20話〈Little Kids〉

上でジンを飲む子供たち 前庭の芝生 子供たちは歩いている男を見る 泥道 この子供たちは、空を見ると、彼らは彼のことを想う 炎に身を包んだ 子供たちはゆっくりと忍び寄り、後ろを歩く その年老いた男 まだ年を重ねてゆくまだ年を重ねてゆくまだ年を重ねて…

生霊記 第二章

また此処へ、戻って来た。きみはどうしてるんだろう? 今でもきみは虚無と闘っているのだろうか。前にそんなことをきみが言っていたことをよく想いだす。 きみに告白すると、ぼくはきみに恋をして、初めての真剣な小説、天の白滝を書き始めて、そして違う人…

Clonal Plant

男が女と別れてから、約一年が過ぎた。ウェイターの男は今夜も、気付けばこの駅にいた。あの夜、彼女に会えると信じて降りたバルティモアの駅である。男はまるで夢遊病者か偏執病者のようにあのライブハウスへ赴く。そして演奏される彼女の好きそうな音楽を…

Mother Space

「それは疑いもなく固いもので、なんともいえない色艶をしていて、いい香りがする。それはおれじゃないあるものだ。おれとは別のもの、おれの外にあるものだ。しかし、おれがそれに触れる。つまり指を伸ばしてつかんだとする。するとその時、何かが変化する…

ベンジャミンと先生 「羊飼い少年とオオカミ」

「みんなおはよう。ってもう終了時間まであまり時間はないが」 先生がしんどそうにそう言うと静かに席についているベンジャミンが真っ直ぐに先生を見つめて言った。 「先生、もしかして今日も、二日酔いですか?」 先生は恥ずかしがる素振りも見せずベンジャ…