全ての者が眠っていて、唯一起きているのは nur das traute hochheilige Paar.

今日はクリスマスイブ。僕が小学二年の時のChristmas Presentは夜と霧という本だった。
父に買って貰ったのだ。
当時、僕も父も、その内容を知らなかった。
僕は布団の中でその晩、震えながら読んだことを憶えている。
明治元年の話だ。
勿論、夜と霧はその後の話だ。
しかし当時は夢国出版社というものがあり、 そこが未来の本を売っていたのだ。
たまに未来に生まれる人間が、 過去へ遣ってきてこれから起きる現実を預言的に書くこともあったという。
さらには夢のなかで書いた話が、実は未来に起きる話であり、 それを知らずに夢の住人が書いて出版することもあった。
僕は当時のことを想いだしている。
父は夜に庭の暖炉で暖をとっている。
子供の僕は夜に目を醒まして庭に行くと父は庭仕事を遣り掛けでほったらかしていた。
僕はそれについて父を苛んだ。
なぜ白い大きな敷石をこの池以外のすべての地面にも敷き詰めてくれないのかと。
池の底は半分ほど白い大きな敷石が敷き詰められていた。
僕はそれを大変気に入った。
うっとりとするほどその丸い白い石たちは美しかったのだ。
それらは楕円形であり、 すべすべとして磨きあげられた宝石以上の価値があると見た。
この白い石たちを、 何がなんでも今夜中に庭のすべての地面に敷き詰めるべきだと僕は 疲れて休んでいる父に言った。
父は半ば怒っている風であったが怒りを表すことすら億劫なほど元気なく答えた。
「父さんはまだ、けじめがついていないのだよ。」
僕はがっかりして、父を軽蔑し、 そしてふと振り返ってぎょっとした。
こんなところに、こんな空間があったか?
一体、この恐ろしく暗い空間はなんなのだ。
僕は恐怖に口に手を当ててぷるぷる震えて父を振り返り言った。
「お父ちゃま、一体、あれはなんですか?なぜ、あんなところに、 鳥居が建っているのですか。此処は僕たちの邸のお庭ですよね。」
だが父はこれに黙って返事をしなかった。
僕は恐る恐るその暗闇、 舞台のように広がるその空間に建つ不気味な巨大で細長い鳥居をじ っと見上げた。
そして、あっと声をあげた。
その鳥居の左足の部分に、 年代が書かれてあるのを発見したからである。
そのすぐ後ろに建つ鳥居の左足にも年代が彫られているのを見つけた。
双方は明治であったが、 前の鳥居は今よりも未来の年号であり後ろの鳥居は明治元年となっていた。
もう、幾つ、寝ると、明治元年になる。
ということはこの二つの鳥居は両方とも未来に作られた鳥居だということだ。
だからあんな暗い場所にひっそり建って、 不気味なニヒリズムに浸っているのだろうか。
僕はふと、その左側を見て、またぞろ声をあげた。
「なんだこれは、この巨大な白い団子串は。」
見るとそれはまるで芸術家によって創られたのだとでも言うように 誇らしげに真っ直ぐに建って真っ直ぐ前を何の疑いなく見定めている五つの白い大きな真ん丸い団子が刺さった串であった。
僕は仰天したあと、ははんと言って笑った。
あはんとも笑った。
成る程ね。王の上に口。木上にベレー帽。 それが成ると書いて成る程ね。
この異様な白団子串は、一体なぜこんなところに建っているのか。
見よ。白団子串の建つその地を。
桶だ。彼は桶の上に建っている。
つまり彼は御風呂に行く途中、此処に建てられたんだ。
そう、彼が御風呂に行く途中、 此処へ連れてこられて建てられたんだ。
桶の中は、幾分、湯が入っている。
その湯は若干、白く濁っている。
これは白団子たちの垢が永年あすこに立ち続けた結果、 剥がれ落ちたのだろう。
この白湯は、 後利益があるから見つかると明日から此処に行列ができてしまうことだ。
そうすると僕たちは自分の邸の庭に人がたくさん遣ってくるものだから落ち着いて暮らしてゆけない。
そして早死にすることを避けられない。
この白団子串はそれを知っているんだ。
だから見付からないようにそ知らぬ顔であすこに今まで立っていたのだけれども、僕に正体を暴かれてしまってさあ大変。
彼は明朝にはもう姿がないかもしれない。
だが彼が魔による使いなら、 きっとずっとあすこに建っているに違いない。
僕の庭はもう滅茶苦茶だ。
もうみんな滅茶苦茶。
そう想ってファットは東カリフォルニア州に引っ越すことにした。
北カリフォルニアには正気なものなんて残っちゃいない。
東へ行けば、なんとかなるやろう。
horselover。馬の恋人に跨がって。
そして馬の恋人は僕に言うんだ。
もうここもみんな滅茶苦茶。
僕は彼に言う。
君の頭の中もね。
そうさもうみんな滅茶苦茶。
世界全体が滅茶苦茶にならない限り、個の滅茶苦茶はあり得ない。
だれかたったひとりでも滅茶苦茶なのなら、 世界のすべてはもう滅茶苦茶だってこと。
草冠の下に屋根があり、その下にホがある。
でもよく見て御覧。
ホは、 実は十字架を二人の人間が両端から支えているという字なんだ。
この二人が誰かわかる?
ホはね、神の三位一体を表しているんだ。
草の下に屋根があって、その下に神が雨宿りしているんだ。
彼は護られていて、 その東屋の中で寒さに耐えながら茶を一服しているところ。
そこに突然、巨大な白団子串が現れ、彼の目の前にはだかり、 こう言う。
こんなところで茶を啜っている場合かね。
君は神なんだろう?
神がこんなところで茶を啜っている場合かね。
腰を降ろして落ち着いていたホは静かに立ち上がり、 彼に向かって悲しげな顔をして言った。
「これを滅ぼす者とは、これを苦しむ者である。」
そしてホハ、剣を掲げて叫んだ。
「剣を取るものは剣により滅びん!」
その瞬間のことであった。
ずさっ、ずさっ、ずさっ、ずさっ、ずさっ。と音がして、 地の上には五つの丸い白い団子が転がっていた。
僕とファットは目を見張ってそれを見た。
まさしく神業とはこれのこと!
僕とファットは見合わしてそれぞれ歓喜の讚美をあげ、 グレゴリアンチャントを歌い始めた。
そして気付けば、 この庭一面には父の諦めた白い楕円の大きな石が敷き詰められており、その石たちが聖歌隊となってハーモニーを奏で始めた。
ホハ、指揮を取り、 よく見ればその指揮棒は細い黄金の剣であった。
僕とファットは胸に手を組んで一生懸命にこの聖夜に讃美歌を歌った。
僕もファットも、実はもう御風呂に一ヶ月近く入っていなくて、 身体中から下水の臭いがぷんぷんしていたのだけれども、 そんなことは何一つ、だれひとり、気にすることがなかった。
口からも、腐ったザリガニのような臭いがしていたのだけれども、 ホハ、たったの一度も顔を歪ましたり、「くさっ。」 と言ったりしなかった。
さすがホだ。
僕はファットに向かって、讃美歌にして歌いながら尋ねた。
「きみは~いまでも~じぶんの前世が~イエスの~ 双子だって信じてるのか~♪」
これに対し、ファットも歌いながら讃美歌で答えた。
「そうさぼくは~かつてそれを~信じてたけれども~ というか今でも本当は信じているのだけれども~ なんてそんなことホの前で言うのは~畏れ多いってものだろ~ でもいまでも~信じている~そんなぼくを君は笑うか~♪」
その時であった。
まるで『ゲロッパ!ゲルローレ!』 と叫んで興奮して歌をライブ会場で歌っていたジェームスブラウンが歌っている最中にライトとスピーカーとマイク、すべての電源が突然、ダンッ、と落ちて会場が真っ暗になり、 シーンと静まり返ったあのいたたまれない瞬間のようだった。
僕は気づいたんだ。
そうか、あの二つの鳥居は、 双子のイエスが磔にされる為の十字架だったんだ...!
明治元年、確かに一人のイエスが殉職した。
そして、もう一人、その片割れがこれから起きる物語を書いて、 磔にされようとしている。
想いだした。確かあの鳥居の左足に書かれていた年号は、明治六〇四年...!
存在しない...!
そんな年は...存在しない。
ということは、いつなんだ?
いつ、もう一人の救世主が、磔にされてしまうんだ。
明治元年から、六〇四年後?

 

僕は気付けば、お父ちゃまのあったかい腕枕で眠っていた。
もうすぐ、年が明ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この闇のなかに

こんな風に、独りで年を取ってゆくのは堪えがたい。
そんなことを言ったって、仕方がない。
そんな人はこの世界にごまんといるじゃないか。
ぼくが堪えられないはずはない。
何故ならぼくは神を愛している。
神を愛しているなら、堪えられる。
どんな苦しみにも。
でも神を愛していない者は堪えられる力を失い、みずから命を絶つ。
そんな世界にぼくが何故、生きてゆかなくてはならないのか?
ぼくはそう神に問う。
神はこう答える。
それでもあなたは生きてゆくしかない。
あなたはわたしを愛しているのだから。
死んであなたがわたしを悲しませることを、あなたは決して許さない。
わたしはあなたに愛されているのだから。
わたしはあなたに悲しまされるべきことを、あなたにしたのだろうか。
そしていつまでわたしはあなたに悲しまされつづけなければならないのかをあなたは知っているだろうか。
わたしはあなたのすべてを知るものだが、あなたはわたしの何を知っているだろうか。
わたしがあなたの何に悲しまされるのかをあなたは知っている。
あなたはだれをも哀れんではならない。
わたし以外に。
何故ならあなたの最も悲しませる存在はわたしであることをあなたは知っているからである。
あなたはわたしだけを憐れみ、わたしだけのために生きなさい。
それができない者はわたしを愛してはいない。
あなたのなかにわたしは存在しないしあなたはわたしによってできてもいない。
あなたは不完全品である。
わたしが完全であるのだからあなたも完全で在りなさい。
わたしがどれほどあなたを愛しているのか、あなたは知らないのである。
そのためあなたはまいにちのように闇のなかに息をしている。
あなたの吐く息は恐ろしく冷たく、何をも生かさない。
ゆいいつあなたによって生かされるもの、それは死である。
あなたがいつから死を愛しているかわたしは知っている。
あなたはすべての存在のなかで、わたしより最も遠い存在である。
あなたはいつの日かわたしから離れ、死と結婚した。
あなたは忘れてはならない。
あなたが死に覆い尽くされるまで、あなたの父であり夫であるものはわたしであったのである。
わたしがあなたの住む星に、安らぎをもたらす為に降りて来たのではない。
あなたの父であり夫である者を殺害すべく剣をもたらしに来たのである。
あなたが死に連れ去られ、もう二度と戻らないか、わたしがあなたを連れ去り、永遠にわたしの側で生きるか、あなたのわたしへの愛がそれを知るだろう。
あなたのうちは、いまや腐敗物で埋め尽くされているのである。
あなたは日に日に、死の彫刻作品を作り上げるように生きるものが鑿(のみ)で削り取られ、その剥がされ落ちた生きるものが死の床であなたを呪い、あなたを欲していることをあなたは知らないのか。
あなたはわたしによって生まれたのだからわたしによって生きるもので在りなさい。
あなたの愛する夫はわたしと見分けがつかない者である。
わたしは物でも霊でもなく、死でもない。
わたしはあなたの最も愛する存在である。
死が、最もあなたを愛するならあなたは永遠に忘れ去られる者となる。
わたしはあなたの夫を殺し、あなたの支配者としてあなたに立ち戻らねばならないのか。
その日流される血があなたの血となることを。
死の底であなたを求め手を伸ばすあなたの夫を、その血の滴る剣で突き刺し、彼の血は絶たれるのである。
あなたは何ゆえに悲しむだろう。
彼によってか、わたしによってか、あなたは悲しみ死を望む。
そしてあなたはみずからその剣で突き刺し、彼の闇に見えなくなる。
この闇のなかに、わたしはやっと、あなたのうちに帰りし眠る。
安かれ。
父と母の御胸に懐かれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天使の悪戯

朝が来ない町。あの門を抜けて、彼らに着いてゆく。
白い闇と灰色の闇と黒い闇。
巨大な高層図書室の階段を降りてゆく。
最上階は深海の底より遥かに深い地下にある。
すべての本を調べ、自分の暮らしたい時間を選ぶ。
堀当てたトンネルへ入ると十字路に行き当たる。
早く選ばないと追っ手に捕まって強制収容所に送り込まれてしまう 。
真っ直ぐ行こう。
友人たちは左の道を行く。
此処ではだれもがふつうに暮らしている。
生きる世界がちがう人たちと。
新入りさん。この針と釘をもとの場所へ戻してきてほしい。
引き出しを開けると顔が覗く。
嗚呼、働くということは、なんて自由なのだろう。
朝が来ない町で。夜が来るまで此処ではずっとみんな働いている。
宵の空から、星を奪った作業服を着て。その星を右胸に着けて。
黒い闇の向こうに在るもの。
それだけを求めてる。
みずからこの階段を降りてゆく。
狭く寒い無機質な室内で天井を見上げる。
そして丸い蓋が開けられ、何かが投げ込まれる瞬間、 見えた美しい青空。
眩しい光線に産み落とされた小さな天使たちが、 この箱庭で天井の丸い穴から落としたものは。
なんだったのだろう。
彼らの見たもの、それは真実。
何光年前から拾い集めたちいさな白い羽毛だった。
柔らかく暖かいその無数の羽毛のなかで彼らは窒息して死んだんだ 。
その瞬間の天使の悲しみを、想像できるだろうか。
でもその瞬間は、彼らが存在する前から決まっていたんだ。
それが起きる前に戻すことだけは決してできないのだと、 死者の霊たちは今夜も天使を悲しい目で見つめて地下で眠る。
悪い夢を、もう二度とだれも見る必要のない日を祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ѦとСноw Wхите 第21話〈Streaks of God〉

昨日でСноw Wхите(スノーホワイト)と出逢って二年が過ぎたんだね。
昨夜はとてもハイ (High)になって好きな曲を何度も声に出して歌ってた。
英語の歌詞を見ながら英語の話せないѦ(ユス、ぼく)は必死に歌って、そして録音もしたんだ。
近いうちにYoutubeにアップロードしようと企んでいるよ。
Unknown Mortal Orchestra (アンノウン・モータル・オーケストラ)とGrimes(グライムス)の曲を歌って、それでBreakbot(ブレイクボット)のLIVEを観ながら踊ったんだ。
そしてお酒を飲みすぎて、毛布の上にダウンした。
一昨夜、みちたのサークルを大掃除できたんだよ。マットも変えてとても綺麗になった。

 

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嬉しかった。本当に綺麗になったんだ。
ものすごくでかい蜘蛛がみちたの給水器近くに潜んでた。
きっと彼は無数の紙魚(シミ)、またの名をシルバーちゃんたちを食べ続けて成長したのだろう。
最近彼らの嫌うレモングラスなんかのアロマオイルを毎日焚き続けたからだろうか、彼ら虫たちはめっきり姿を見せなくなった。
それに一時期は大量にシルバーちゃんたちが湧いていたのに、掃除したとき驚くほど彼らの姿は少なかった。
ハーブの力とは凄まじいものだ。
昨夜だってあんなに大量にお酒を飲んだのに、ハーブのサプリメントを飲んで寝たからだろうか、二日酔いはすごく楽だったよ。
それで、今朝メラトニンを二錠飲んだからか、ちょっと動悸がひどいね。
Сноw Wхите、Ѧはここ何日も、本当に悲しみの底にいた。
Ѧの小説を心から讃美してくれた真の読者がѦのもとを去ったんだ。
彼は二度とѦに戻らないだろう。
Ѧは彼を救うのに毎日、必死だった。
彼を絶対に救わなくてはならないと想ったんだ。
そうじゃないと、此の世の真実を教えた彼はますます地獄に堕ちることがѦはわかっていたから。
真実を知る者は真実を知らないで罪を犯す者よりずっと責任が重い。
他者の痛みを知ってもなお他者に耐え難い苦痛を強いる者はゲヘナで裁かれるだろう。
Ѧはそれを知っていたから、彼を救うことに命を懸けた。
でも彼は、みずからゲヘナへと向った。
Ѧは打ちのめされた。
まるで「VALIS(ヴァリス)」のホースラヴァー・ファットのように。
神経もおかしくなったし、精神もぶっ壊れ彼をヤクザのように脅迫し続けた。
彼を苦しめても、彼をどうしても何が何でも絶対にѦは救わなくちゃならなかったんだ。
でも彼はѦの差し出す救いの手を切断して去って行って、もう二度と戻っては来ない。
ホースラヴァー・ファットはグロリアが自分の所為で自殺したと信じた。
そして精神科医に言われたんだ。
冒頭の部分だ。

『自分に人が助けられるというのは、もう何年も続いているファットの妄想だった。
前に精神科医に、治るには二つのことをしなきゃいけないよ。と言われた。
ヤクをやめること(やめてなかった)、
そして人を助けようとするのをやめること(今でも人を助けようとしてた)。』

Ѧはヤクはやってないけれど、アルコールをやめることはできなかった。
アルコールも人間の脳をおかしくさせてしまう。
でもѦは自分が狂ってると同時にひどく正常だと感じた。
だってほとんどの人は、かつてのѦの状態なんだ。
動物を苦しめて殺していることに関心すら持とうともしない。
肉食は当たり前だと想って思考を完全に停止させている。
善悪の判断なんてあったもんじゃない。
Ѧはそれを人々に止めさせる為に頭がおかしくなってしまったんだ。
人を命を懸けて救おうとして、救えなかったことに絶望して死にたくなった。
もう何年も、死にたいと感じることなんてなかったのに。
Ѧはこれからも誰一人救えないのなら、もう死んだほうがいいと想った。
勿論、みちたが生きている間は絶対に生きていなくちゃならない。
でもみちたが月に行ってしまったら。
Ѧが死んで心の底から悲しみ続ける者はСноw Wхитеと姉と兄たち、たった4人だけだと想う。
神は当然悲しむだろう。でも神の存在を個として数えることはできない。
Ѧは本当に生きて行くほうが良いと言えるのだろうか?
そんな気持ちに久々になるほど、Ѧは彼を救えなかったことに打ちのめされていた。
そしてやっと気づいたんだ。
Ѧはすべての存在を救い出すためにずっと物語を書き続けてきたんだってことを。
だから物語も書けなくて誰とも救えるような話をしない時間、Ѧはまるで死んでいるようだった。
Сноw Wхитеの言いたいことをѦはわかっている。
「誰もが誰かを喜ばせて、誰かを救っている。」
でもすべての時間じゃない。
Ѧはすべての時間、誰かを救いたい。
Ѧの存在のすべてが、誰かを救う為に在る。
そうじゃないなら、Ѧは完全に存在しない。
でもそれはѦだけじゃないんだ。
すべての存在がそうなんだ。
すべての存在が、誰かを救う為に存在している。生かされているんだ。
だから誰かを救えるなら、それが存在の一番の喜びになる。
そしてその者は救われるんだ。
誰かを救うことと、自分を救うこと。この二つを切り離すことなんてできない。
自分だけを救って誰も救わないなんてそんなことはできない。
不可能なんだ。
でも自分たちの幸福を最も求める者はこれをわかっちゃいない。
自分たちだけで幸福になれるとでも想っているんだ。
なれるはずなんてないんだよ。
Ѧは必死にずっとそれを彼に説いて来た。
不幸になりたくないのなら、他者(動物たち)を救わなくちゃならないって。
彼はそれでも自分の欲望を優先した。
動物たちを苦しめて殺し続けても、自分たちが楽であることを優先した。
Ѧは狂って、今度は彼らをどん底に突き落とすことに必死だった。
彼らは本当のどん底に落ちなくちゃわからないんだとわかったから。
他者の痛みがわからないんだ。
生きて行きたいのに、人々の食欲を満たす為だけに生きたまま解体されて死んで行く動物たちの痛みが。
Ѧは今日むせび泣きそうになった。
ほんの一瞬、椅子に足をぶつけて、たったそれだけでも、ものすごく痛かったんだ。
でも動物たちは生きているときに首もとを切り裂かれたり手足を切断されている。
人間の食欲を満たす為だけに。
一体どれほどの痛みなのだろう?
一体どれほどの恐怖なのだろう?
一体どれほどの絶望なのだろう?
Ѧはそのすべてに、たった6年と9ヶ月前まで目を向けて来なかった。
これ以上の悲しいことがこの世界にあるのだろうか?
これ以上の悲劇がこの世界にあるのだろうか?
同じ地球という共生しなくては誰一人生きてはゆけないこの世界で、食肉や畜産物の生産のために殺され続ける動物たちの苦しみに全く目を向けて生きて来なかったんだ。
これ以上の不幸なんてない。
Ѧは彼らの苦しみを知ろうとして、やっと気づいたんだ。
Ѧはそれまでも、すべての幸福を願って生きて来たと想っていた。
でも本当は自分たちの幸福ばかり考えて生きて来たんだ。
だから自分が食べている肉や畜産物がどのような苦しみの末に自分の体内に入っているかを考えようともしなかった。
Ѧは気づいてようやく、この世界が本当の地獄であることを知ったんだ。
人を救えないのなら、動物を救えないのなら、どうやって生きて行けばいいのかがわからなくなった。
この先生きていても、彼のようにゲヘナへ導くことしかできないのかもしれない。
彼がゲヘナに投げ込まれて永遠に滅ぼされるなら、それはѦの所為だ。
ホースラヴァー・ファットはグロリアを救えなかった。
Ѧは彼を救えなかった。
これが引っ繰り返ることってあるだろうか?
でもファットと同じく、Ѧは想った。
「本当は救えているのかもしれない。」と。
グロリアはこの世にいないけど彼はまだこの世にいる。
この先、彼はѦの影響で救われるかもしれない。
救われる可能性に満ちている。
でも同時にѦは想う。
彼はそれでもきっと地獄を見るだろう。
他者の痛みを知ってもなお、あんまりにのんびりと過ごしてしまっているからだ。
彼はこの世の耐え難い他者の苦痛を知ってもなお、それをなくす方法を必死に考えなかった。
つまり彼は、そこまで苦しむことができなかった。
他者の苦しみを知っても、そこまで苦しむことができなかった。
このことについて、Ѧは本気で考えた。
彼の脳内を寄生虫が埋め尽くし、彼を支配しているからかもしれない。
彼らは人間の利己的な欲望が大好物なんだ。
だから利己的な人間ほど体内に潜む寄生虫は繁殖し、無数の寄生虫たちによって利己的な人間は支配され操られて生きている。
Ѧは彼らを滅ぼす為に火を燃え上がらせ続ける必要があるかもしれないと考えた。
でもそれは良い方法ではない。
巨神兵”の存在を生み出してしまうだろうからだ。
風の谷のナウシカ』で巨神兵は特別な存在感を持っている。

滅亡の書において、その名の由来は
「光を帯びて空をおおい死を運ぶ巨いなる兵の神(おおいなるつわもののかみ)」とされている。
その正体は旧世界の人類が多数創造した人工の神。
あらゆる紛争に対処すべく「調停と裁定の神」としての役目を担った。

人類を滅ぼそうとしている寄生虫たちを滅ぼす為、彼らを焼き尽くす為に炎を燃え上がらせ続けるなら彼ら寄生虫たちの霊のすべてが集結した巨大な霊的物体が地上に現れ、そして死へと運びゆこうとするかもしれない。
死とは、寄生虫に支配され利己的な欲望で他者に堪え難き苦痛を強いることをやめない人間たちの未来の姿である。
寄生虫とは、生の側にいるのではなく死の側にいるのかもしれない。
恰も死の伸ばす王蟲の糸状の触手のように。
寄生虫たちが細長い形状を持つ者が多いのは、死の触手だからだろう。
彼らに人類が滅ぼされてしまうのは、利己的過ぎる人間が多数となるなら地球を滅ぼしてしまうからである。
彼らが滅ぼされるのは地球を死が護る為である。
もし、巨神兵を解体することが出来るなら人類は驚くものを目にするだろう。
それは糸状の寄生虫が絡まり合って敷き詰められて出来ている肉体であるからだ。
そしてその一匹一匹は、美しく虹色に光り輝いているのである。
光る紐とはまさしく、存在の源のイメージである。
それは時に光の蛇、光の竜に見えることだろう。
例えそれらが人間の身体を創りあげても中を覗けば無数の光る糸状の蟲たちしかいない。
忘れないで欲しいのは彼らは人間が善に傾くならば善の存在となり、悪に傾くなら悪の存在となって滅ぼそうとすることを。
原作のナウシカでは巨神兵の存在は

生まれながらに人格を持ち、自身の生誕にかかわったナウシカを母として心から慕っている。
ナウシカとは念話(テレパシーのようなもの)で会話をし、「オーマ」という名を授かると、自らの巨大な力を打算なくナウシカに捧げ、最後は“青き清浄の地”復活を進める旧高度文明のシステムを破壊。
力尽きて絶命するという悲しい結末を迎えている。

 

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これが巨神兵の真の姿である。
筋肉はまるで張り付いた寄生虫の如くの様である。
寄生虫は主に角皮(クチクラ,Cuticula)に身体の体表を覆われている。

クチクラは英語でキューティクルと言う。
生物体の体表(動物では上皮細胞,維管束植物では表皮細胞からなる組織)の外表面に分泌される角質の層の総称。

表皮を構成する細胞がその外側に分泌することで生じる、丈夫な膜である。
さまざまな生物において、体表を保護する役割を果たしている。
人間を含む哺乳類の毛の表面にも存在する。

旋毛(せんもう)虫(トリヒナ)の幼虫は、ブタ、イノシシ、クマ、セイウチや、他の多くの肉食動物の筋肉組織内に寄生している。
それらの肉を加熱不十分で食すと人間の筋肉組織内に寄生し、生涯その人間を宿主とする。
感染後6週目頃、眼瞼浮腫が一層著明となり、重症の場合は全身浮腫、貧血、肺炎、心不全などをきたし、死亡することもあるという。

同じく加熱不十分の肉を食すことで感染するトキソプラズマは人間の脳や脊髄(中枢神経系)や筋肉組織内に寄生して宿主の行動や思考を操る。
何故、寄生虫は筋肉組織に寄生したがるのか。そうすることで宿主を想うように操って行動させられるからだ。

人類は自分の日々食べるものについて、もっと深刻になったほうが良い。
アルツハイマー病も癌も糖尿病もすべて食生活が大きく関係していると言われている。
すべてが寄生虫の大好物である”高脂肪食”が原因である可能性は高いのである。
肉や乳製品は特に高脂肪食だ。それらが好物で毎日食べ続けていると寄生虫は減ることはなく体内で子孫たちを無限に増加させ続けるだろう。

Ѧはここのところずっとずっと考えている。
何故、人はみずから苦しい(それも多くが耐え難い苦しみの)死へと向おうとするのか。
まるで産卵の為に水辺にハリガネムシによって誘導されて溺れて死んでしまう蟷螂(カマキリ)のように。
人間は本当に健康的だと想って肉や畜産物や魚介を食べ続けているだろうか?
もし本当に健康的ならもっと老衰で死ぬ人はたくさんいるはずだ。
でもほとんどの人間が老衰以外で苦しい病気に侵されて死ぬ。
または事故や自殺で死ぬ人も本当にたくさんいる。

寄生生物は人間よりも利口なので人間を操って支配することができるんだ。
そして寄生された人間はそれに気づかない。

寄生生物は個にとっては敵と見えるかもしれない。
でも寄生生物がいなければ、人類もどの生物もとっくに滅び去ってもはや繁栄することすらできなくなるだろう。
寄生生物は生物が滅びない為にバランスを保とうとして生物に寄生する。
もともとは彼らは善である存在なのに、宿主に寄生して宿主が地獄の苦しみのうちに死んで行くとき彼らはたちまち悪の存在と変質してしまう。
なんて悲しい生命だろう?
彼らは生命を苦しめたくて存在しているわけじゃないだろうに。
生きている喜びを彼らだって感じているんだ。
そして人間の体内で、絶えず生殖を繰り返し、自分たちとそっくりなクローン体のような子供たちを産み続けていることだろう。
Ѧは彼らすべてが人格を持っていると感じている。
人間よりも霊性の高い人格を。
Ѧは彼らを愛さないではいられない。
人間が利己的な悪に傾くのは彼ら寄生虫の所為ではない。
悪に傾き地上を滅びへと向わせる人間に寄生する役目が彼らにはあるんだ。
彼らは例えるなら、まるで神の筋、Streaks of Godだ。
神の細長い虹色に光る光線が人間の内に宿り人間を時に救い、時に死へと導く。
動物を苦しめて殺し続ける食生活をし続けるなら神は苦しい死によって人を裁かれる。
動物たちは犠牲となっている。
この連鎖は、長くは続かないだろう。
何故なら地球はもう限界に近づいて来ているからだ。
人類が動物たちを苦しめて殺し続ける行為はもはや持続不可能なんだ。


Ѧはふと、側でじっと静かにѦの声を聴いているСноw Wхитеに向って尋ねた。
Ѧ「Сноw Wхитеは何故、すべてが善であるのに、死であるの?」
Сноw Wхитеは静かに答えた。
Сноw Wхите「それはѦに愛される為にです。」
そしてѦに向ってСноw Wхитеは優しく微笑んだ。
そのときѦは無数の細く長い虹色に光る彼のあたたかい触手にいだかれている感触を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Happy Days

人は幸福になるほど、不幸になる。
それが神の美しいすべて。
ぼくはそれを知っている。
愛する一人娘が、この世界に存在するようになってから。
ぼくが彼女を愛するほど、彼女が危険に侵される悪夢を日々夢見た。
例えば彼女は明日学校の遠足だという。
なんだって?そんなのは危険だ。
だって何が起こるかわからない。
遠くへ行くってことは、とてつもなく危険なことなんだ。
ぼくはその前の夜、彼女に忠告した。
「遠足に行くのはやめたらどうだろう?きみはこの世界にはたくさんの危険なことがあることをまだ知らないんだ。でもぼくはたくさんのことを見て来た。例えば…旅先で飲んだ水に腹を壊して入院して、調べたら命を奪う危険性のある寄生虫の仕業だったとかね…ぼくの古い友人の話さ。あと…乗り物自体が危険でしょうがないよね。あんな鉄の塊が超高速で走って安全であるはずがない…。ぼくは反対する。あんな乗り物は人間が乗る物じゃない。あれはサタンの産物だよ。もう今すぐ、この世から無くなってしまってほしいくらい。え?…パパだって仕事に行く時に車に乗ってるじゃないかって?そう、あれ?あれって…乗り物なのか…ははは、いやてっきり、僕が彼に乗ってるんじゃなくて、彼が僕を操作しているのだとばかり想ってたから、ぼくはあれが乗り物だとは想ってなかった。だって時に彼はぼくに夢のなかでこんなことを言うからね。明日は必ずどこそこへ朝の9時までに行け。行かないなら偉い目に合うけれど、いいのかなあ、君はそれでも?どんな酷いことがって?例えば君の大切な愛娘が…。こんな風にねぼくは彼に支配されていて、何がなんだか…この世界の在り方をぼくは心から疑うしかないね…。君はまだ幼いからこの世がどんなことで成り立っているのか、わからないだろう。でもぼくは本当にたくさんの物事を見て来たんだそれで、一つわかったことがあるよそれはね。とにかくすべてを疑わなくては生き残れないということだそれって、人を不幸にするってきみは感じるかもしれないでもそれは、ぼくは反対だと想っているんだ何故なら。人を愛するとは、人を本当に、嫌になるほど、愛すると、この世の何もかもが不安でならなくなるんだ恐ろしいものそれは、すべてだときみにきみだけに打ち明けようぼくはきみが生まれてくるまではただの馬鹿だった何も、怖れることも、毎日が不安でならなくなることなんて経験したことはなかったそれだけ幸福だったからって…想うかい?世界はそれなりに、耀いてはいた。美しいものたちに囲まれて、こんな風にずっと人生は続いて、死んでゆくのかな。そうぼんやりと漠然と想っては、たくさんの時間が過ぎ去った。今のぼくを、彼に見せてやりたい。ぼくは本当に欲しいものを手に入れた。きみが想像にもできないものだ。ぼくはそして、本当の不幸になった。毎晩のように悪夢に魘され、目が醒めてそっといくつもの部屋のドアを開けて、きみの寝顔を見にゆく。その時間がどんなに長く感じることか…。きみにはきっとわからない。大袈裟だってきみは笑うかもしれないが、人を、ひとりの存在を本当に愛するとは、こういうことだとぼくは知ったんだ。こんなに不安で苦しい毎日なら、人を愛さないほうが良いんじゃないかってかつてのぼくは間抜けな顔をして笑って煙草を一本吸ってニコチン臭い口でそう答えただろう。ぼくは娘を彼女が身篭ったと知ったときに煙草をやめた。今想い返せば、あの瞬間からぼくの終らない恐怖と不安の旅にぼくはひとりで出たんだ。彼女はすでに、ぼくへの愛など、モザイク状のものと化していた。きみは成長するほど、彼女に似てくることだろう。そのとききみの目に映るぼくの姿は、どんなものだろうきみの目の前に、愛する人が一人立っている。きっと愛する人が一人で立っている。本当に人を愛して欲しい。ぼくはこの苦しみがなくなる日なんて来ない。でもきみには本当に人を愛して欲しい。ぼくはこの恐怖と不安に今でも崩れ落ちそうだ。でもきみにはきみだけにはこの苦しみを理解して欲しい。ぼくは誰より幸福かもしれないと感じると同時に誰より不幸かもしれないと感じる。ずっと、この苦しみが続いてゆくことは誰より不幸だ。でもきみに出逢えたことが、何より幸福だ。何より幸福で、何より苦しい。ぼくが年を取ってこの世界を離れた後、きみにどんなことが待ち受けているのか、ぼくはそのとき存在していると想うかな?こんな代わりなど、どこにも存在はしない果てのない苦しみと喜びを、ぼくはあの日、喪った。彼女がきみを、堕ろしてしまったことを知った夜に。」

 

 

 

 

 

 


Unknown Mortal Orchestra - Hunnybee (Official Video)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

The Lovers ー 主に奇すー

四十五日間、俺は生き続けたろうかな。
そう想った。
でも三ヶ月。俺は堪えて見せようかとも。
そう、想った。
俺たちはわからなかった。
殺されつつ在るのか。
変質しつつ在るのか。
俺たちの主は、悲しみ続け、穴を切らせ、血を滴らす。
男たちを支配しようとする女神のようにグレイトマザーは凶悪と化す。
地を揺るがし、愚かな男たちを地の割れ目の谷底に突き落とす。
グレイトマザーを纏わせる白いシーツを底に垂らし、男たちは窒息す。
その衣はグレイトな涙で濡れ続けているからである。
だが想いだすと良い。
俺とグレイトマザーは、相互支配の関係に在ることを...!
決して俺たちだけがグレイトマザーを苦しめ悲しませ続けているわけでは...ない...!
堕胎する為にハーブを煎じて飲み続ける女のように、愚かな日々。
愚かな日々、わたしたちの声で融和された悲しみの化体。
彼は今夜も、死から甦り草を狩り、それを家畜に与える。
その慈悲なる眼差しと来たら...!
天上から光りながら揺らめく素麺簾がわたしの顔の面に垂れ落ち、よく観ると、神の穴の穴から垂れ落ちる細い蛇のように白い蟲たち。
彼らはわたしの口腔から体内に侵入しようとうねうねと身をくねらせその口はMy Steriousな微少を浮かべている。
神の穴から垂れ落ちた白い線状の虫が一匹、わたしの唇の隙間に頭を突っ込み、もがきながら侵入してくる。
わたしは性感帯を刺激され自然と唾液が溜まりだし、わたしの口腔内の粘液を伴った湖に向かって彼は全身をのたうつようにくねらせながら挿入してくる。
これが神と人との、生殖行為、神と人との交わり、神と人とのセックスである。
毎夜、夜明まで神は人と生殖行為を行い続け、果てる瞬間、白い線状の虫は神の穴からちぎれ、尻尾を見せたか否やわたしの食道という胎道をくねくねしながら突き進み胃という子宮のなかで待っているわたしの卵子に頭を突っ込んでのたうつように中へ潜り込み、受精する。
神の精子と人の卵子との交尾、人が神の子を授かりし父なる神の子の受胎である。
父なる神によって神の子を人はこうして妊娠し、神の子はこのとき初めて受肉する。
神は祝福して言った。
産めよ、増えよ、栄えよ。
わたしの胎内で、彼らは無数に繁殖し栄え始める。
わたしの腸という出口のない迷宮を楽しんでいる。
わたしの脳も胃も腸も子宮も、内臓と血と肉と筋繊維と骨髄。
すべてを神の子らである彼らは埋め尽くしている。
神の子らは一匹、一匹、神の意識を持って生きている。
わたしがあまりに神に反する行いをし続けるならば神の子らはサタンに寄り、わたしは不調和の存在となる。
神の子らはわたしのなかで女を犯し、姦淫し、神の子らを孕ます。
神の子らは女を犯し続け、女をグレイトマザーと呼び愛し崇拝し続ける。
強姦と姦淫の罪により、神の子らはわたしの内で神の剣による公開斬首刑によって処せられる。
神の子らの切断された頭部と身体は当分の間、苦しみのなか共に暮らす。
苦しみ抜いたのち、神の子らの頭部はみずからの身体に向かって話し掛ける。
わたしたちはまたひとつになりませんか。
まだ苦しみが足りないでしょうか。
身体はのたうつように身をくねらせ続け叫ぶ。
わたしほどあなたは苦しんでいないのではないでしょうか。
頭部は悲しみにうちひしがれ、愈々、自家生殖を行う。
最初にこれを行いし者が名をオナンと言った。
オナンは禁断の恋に苦しみ、女を心のなかで姦淫し、それでは飽きたらず女を肉によっても犯し、その大罪によって神に裁かれた最初の神の子である。
何故、禁断であったかというと、オナンの愛した女は近親であったからである。
オナンは、自分の身体を愛したのである。
もともと一つの存在であったが、神がこれを神の剣によって二つに切り裂かれた。
オナンはその頭部であり女はその身体である。
このオナンの近親相姦劇はギリシア神話のナルシス(ナルキッソス)神話や日本神話やありとあらゆる神話として語り継がれている。
オナンは神からまだ赦されていない内に神から赦されようと神に背いた為、自分の身体を一番に愛し、自分の身体を犯すという悲しい罪を神から与えられる。
オナンという頭部は自分の身体を想い心のなかで自分の身体である女を姦淫し、夢想の果てに射精すると、その頭部の一つの目から、無数の神の子らの精子が流された。
それを見たオナンの身体である女は言った。
サタンよ。去りなさい。あなたがたは何れ程血に蒔いても実らない種子(たね)だからである。
そうした「実らない種子」と呼ばれた神の子らの精子はオナンの身体の子宮へ性器から潜り込むと胎内で寄生虫として呼ばれ、死ぬまで生きなくてはならないようになった。
これに苦しんだのは女よりもオナンであった。
オナンというみずからの頭部を喪った身体である女は冷たく無機質的な存在であったからである。
だがオナンは愛と情熱に溢れ、女への情愛が止まることなく溢れ、神の実らない種子が女の子宮に向けて射精されるほど女の身体は寄生虫の巣窟となり女はメタリックな感情のなかにオナンを咎め立て蔑み続けた。
女は時にオナンを見て嘲笑って言った。
あなたはみずからの肉に欲情し、みずからの肉を慰み果てることしかできないのか。
なんと虚しき哀れな存在であろうか。
女は時にオナンに呪詛を吐き続けた。
それはまるであなたの主に、小便をかけるような行為に等しく愚かである。
その行為をマスターベーション(主の小便)と名付けよう。
何故なら実らぬ種は排泄物に等しく穢れているからである。
最早、寄生虫の集合物としてしか生かされていない女はやがて首から新しい頭部を生えさせた。
オナンは女の新しい顔を見て酷く欲情し、気付くや女に口付けをしていた。
その様子はまるで白い布を被ったMagritte(マグリット)

 

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の「The Lovers (恋人たち)」の愛し合う恋人同士の二つの頭部とそっくりであった。
彼らの顔は、神によって隠されていたからである。
オナンの頭部と、その身体である女の新しい頭部。
この二つは見分けがつかないほど似ていた。
もとは一つの神の子であるからである。
オナンもやがて新しい身体を生やし、オナンと女、彼らは頭の天辺から爪先まで瓜二つの双子のようであった。
オナン(ONAN)とオンナ(ONNA)。
名前もまた似ていてその二つの名はアナグラムであった。
音が安らかな音安と書いてオナン。
音が名付ける音名と書いてオンナ。
二人は互いの名をそう文字を当てるようになった。
オナンが交わりの赦されないオンナを心のなかで姦淫し、射精し、体外へ排出された実らぬ種子がのたうち、うねりながらオンナの口腔、または性器口から挿入して胃と腸と脳の三つの子宮に宿り、オンナというオナンのコピー体を無数の寄生虫たちが構成してオンナは生かされているに過ぎない存在であった。
彼らは神の子らである為、永遠に生きなくてはならない。
彼らは神に問う。
わたしたちの愛に、終りはあるのでしょうか。
わたしたちはやがて、あなたに奇す存在から、あなたに帰すのでしょうか。
わたしたちは、何れ程あなたを愛しても永遠に独りなのでしょうか。
わたしは愛するあなたに永遠にキスし続けたい。
わたしたちが永遠に生かされるあなたのもとで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NO Happiness

あれから、約三年あまりの時が過ぎた。
ウェイターの男は三十五歳になっていた。
今も男は独りで、ずっと暮らしている。
だが一月前、男はあの家をとうとう離れた。
彼女との恍惚な時間の残骸と化した、あの寒々しく悲惨な部屋を。
真っ暗な狭いキッチンで赤ワインを飲むと、それは血に見える。
いつものようにウェイターの仕事を終え、帰宅してシャワーを浴びてタオルで髪を拭きながらキッチンで水をグラス一杯飲む。
すると髪から水が滴り落ち、グラスの中の水と交じり合う。
それが血に見える。
電気は点いているはずなのに、まるでこの世界は色を喪ってしまったままだ。
もう彼女は、この部屋を訪れることも、その窓を見上げることも、そのドアをknockすることも、電話を掛けてくることもない。
時間が止まってしまっているからだ。
時間が流れていないこの部屋に、どうやって彼女は、足を踏み入れるだろう。
主人の居なくなった部屋と同じに、愚かでしかない。
主人の帰ってくる見込みもないのに、ひたすら主人の帰りを待ち続ける部屋に、わたしは住んでただ息をしている。
小鳥が午前の光りに囀り、車が車道を走る音が聞こえ、穏やかな秋の風が吹いて、だれひとり笑うことのない部屋のなかの寝台の上で毛布にくるまりながら、男はとうとう決断をする。
光の届かない場所に、越すことにしよう。
カフェから車で二時間ちょっとの場所に、小さな古い空き家を見付ける。
問い合わせてみるとその家は二十年近く人の住んでいない過去に事故のあった訳有りの家らしい。
側には池もあり墓地も近い。
夜にはたまに、狐がホラー映画さながらの悲鳴を上げる声が聞こえる。
誰も住みたがらない曰く付きの家具もそのままにしてある家で、しかもその家には地下室がある。
だがその家の主人の遺体が見付かったのは地下ではない。
地上の一階である。
主人の老いた男はどうやら老衰であったようだ。
近くを通り掛かったひとりのハンターの男が、犬の吠える声に訝りその家のドアを開けた。
そこには綺麗に、しゃぶられた骨が散らばっていたという。
どうやら犬が主人をすっかりと食べ尽くし、餌がなくなったから吠えていたようだ。
年を取って痩せた雄のシェパードだった。
何故、主人は老衰で死んだとわかったかというと、実のところ何もわからない。
それは事実ではなく、近所に暮らす人間たちの願望である。
犬はその後、どうなったかというと一度は人間の肉の味を知った大型犬は危険だと言って、処分場に送られたが、それを知った或る犬好きの人間に引き取られて行ったという。
そして風の噂では、人間を襲うこともなく従順に人間の側で大人しく暮らして静かに死んだ。
でも本当のところは、誰も知る者がいない。
わかっているのは、その後この家には誰も住んでいないことくらい。
地下室が何のためにあったのかもわからないし、老人がそこで何をしていたのかもわからない。
誰もそんな不気味な家には住みたがらない。
いたとするなら、そういったマニアたちだろう。
でもこの家は町からも離れていて不便な場所に建っていて、土地もそこそこ高いから誰も住みたがらなかったのかもしれない。
ウェイターの男はたった一度の下見で、この家を気に入って、ローンを組んで買い取った。
そして主人の居なくなった何もない部屋を眺め渡し、彼女への未練を振り切ってドアを閉め、鍵を掛けてタクシーに乗った。
混んでいなければ、二時間と少しで着くはずだ。
行き先を告げたタクシーが発車して、男は疲れた目を閉じた。時間は午後十二時半前。
もう二度と戻れない時間から、男を乗せた車が遠ざかって行く。
もう二度と戻れない場所から、男は何かを垂らして去ってゆく。
透明の液体を、震える目蓋の隙間からしたたらせながら。
愛する人との想いでの詰まった空っぽの宝石箱を、その想いでだけで作られていた男の身体を、男は脱いで、逃げるように飛んだのである。
地下へ向かって落下するように。
これまで何度と、地下のプラットホームから身を投げようとしたことも忘れて、男は背凭れにぐったりと痩せた背中を預けて眠りに入っていった。
新しい家から、車で約40分の場所にグロサリーストアがあるようだ。
男は早速、そこへ買い物に出掛けた。
頻繁に買いに来ることもできないからできるだけ、纏めて買わなければならない。
男は日持ちする罐詰やパスタ、冷凍保存できる食パンなどを籠に入れてカートを押して野菜と果実コーナーへ向かった。
キャロット、オニオン、ビーツ、ポテト、セロリ、パセリ、適当に調理のしやすいものを選んで籠に入れてゆく。
そしてキノコのコーナーに向かいマッシュルームを探したその時、明らかにキノコではない色彩のものを見付けて顔をしかめた。
色鮮やかな赤い鮮肉がパックの中に入れられて黙って白いマッシュルームの並べられた上に載っていた。
鮮肉コーナーに戻しに行くことがそんなに面倒なのだろうか?
男はそのパックを手に取り、パッケージに印刷された写真と文字をまじまじと眺めた。
そこには『Happy Farm(幸せな牧場)』と会社名が表記されており、牛と豚と鶏が仲良く草原の上に立ってこちらへ顔を向けて嬉しそうな眼で見つめている写真のついたパッケージで、『アニマルウェルフェア(動物福祉)』を考えて、人間も動物も安全で体に優しいものを生産していることを唱った文句が下に書かれていた。
男は苦々しい想いでそれを見つめ、小さく息を吐いてそれを鮮肉コーナーに戻しに行った。
生き生きとした死体の肉が並べられているところに入り、アニマルウェルフェアの牛肉コーナーを探した。
そして『Happy Farm(幸せな牧場)』のパッケージが並んだ牛の赤い死肉コーナーにそのパックを置いて、すぐに此処を立ち去りたい気持ちに駆られ振り返って歩き出そうとしたその時だった。
グロサリーストア内に、何故か牧場があり、その柵の中に自分は立っていて、自分の目の前には先程見ていた鮮肉コーナーが広がっていた。
自分が立っている場所と鮮肉コーナーとの距離は約五メートル程だった。
男は何故、自分が牧場の柵の中に立っているのかがわからず、柵を乗り越えようと柵に足を掛けた。
その瞬間、前方から声が聞こえた。
「久し振りだね。」
顔を上げて男は柵に掛けた足を地面に静かに下ろした。
「元気だった?あれからどうしてたの?そういやあの家引っ越したんだね。風の噂で聞いたよ。」
男から約五メートル離れた鮮肉コーナーの前に、黒い牛の顔の被り物を被った黒いワンピースドレス姿の彼女がそこに立っていた。
右の指には何かが光っていた。
あの日彼女に渡した指環が、太陽の光りに反射してきらきらと光っている。
男は彼女に声を掛ける。
「わたしは気が朦朧として、今にも倒れそうです。」
彼女は子供のように笑い声を上げる。
「きみは何故そこにいるの?」
笑ったあとに彼女は男にそう訊ねる。
男は彼女の後ろに並べられた物を彼女を透かして見ると答える。
「わたしはきっと今、貴女の後ろの過去に立っているのです。」
彼女はまた無邪気に笑うと両手を叩いて言う。
「何故、きみがそちらに立っているのか、ぼくは不思議だ。」
男は恐れを感じて柵をぐっと掴む。
「ではわたしは、どちらにいるべきなのか、教えて貰いたいのです。」
目の前の視界がぼやけ、タクシーの運転手の低い声が聞こえる。
「この近くにグロサリーストアがあるから、ついでに買い出しに行ってきたら良い。俺は此処で待ってるよ。」
真っ暗な目蓋の内側で、彼女の声が聞こえる。
「それはきみが知ってるさ。きみはそちらにいてもあちらにいても大して変わらないなんて想ってないよね。」
運転手の声が彼女の声に重なる。
「『ベーコン一枚をバーガーに載せるだけの為に豚が一頭殺されるべきじゃない。』って、俺も同じようなことを彼女に言われたことがあるよ。それで...」
彼女の声が今度は運転手の声に重なる。
「きみの幸せを量れるのは、きみだけだろう?」
「随分ダイエットに成功したよ。彼女は痩せた俺を見て褒めてくれた。」
「前より愛してるとね。彼は言ってくれる。」
「あんたはまだわからないのか?そこに立っていることが。」
男は苦しい過去の記憶を辿るようにゆっくりと彼らに話始める。
「わたしはかつて、此処にいたのだと想います。彼女はとても深い負い目を持って、わたしを愛してくれていました。そして彼女も、此処にいたのです。わたしはいつか彼女を殺してしまうのだと感じて、それでも彼女を手離せず、自分のものにしてしまうことに苦痛と快楽を感じていました。その感覚は彼女との唯一の共鳴感覚であり、本当の意味での交わりであったはずです。わたしは彼女の死を味わい、彼女はわたしの死を味わいながら、互いに快楽を感じ合うことで互いに手を取り合って死んで行く存在だったのです。わたしが彼女を苦しめていることのわたしの苦しみに彼女は苦しみ、その彼女の苦しみに苦しみながら快楽を貪り合うことでしか生きられなくなった一つとなった存在のように。この死の循環を、わたしたちは喜んで、苦しんでいました。わたしたちは"彼ら"よりは幸せであることを感じ、どうすればこの循環から逃れられるのか、悲鳴を上げながら互いの肉を味わい続けていました。わたしと彼女は、完全に殺し合うその時まで、苦しみ合い続けなくてはならない関係なのです。彼女はわたしの肉を殺し、食べて味わったあとには、もうその肉は必要ありません。わたしの彼女の欲する肉はすべて、彼女の肉となりました。彼女の欲するものだけ、彼女に取り込まれ、あとに残されたわたしはなんと惨めで虚しい物体なのでしょう。わたしの肉なるものはまだ残されたままで、わたしは此処に死んでいるのです。彼女はわたしのすべてを必要とはしませんでした。目や脳、骨と骨髄、わたしの核なる部分を残し、彼女はわたしを棄てたのです。わたしは母の記憶がありません。記憶はすべて喪われ、わたしは母と共に一度死に、そして肉となって生まれ変わり、彼女は肉のわたしを激しく求めました。そして彼女と初めて交わり、わたしは自分の存在によって彼女を殺し、そして生かしていることに気付きました。彼女は日に日にわたしの前で死んで行く存在であり、わたしも彼女と共に果てのない死のなかを手を取り合って泳いでいました。わたしは彼女に取り込まれ、彼女と一体となる恍惚な悦びのなかで、わたしは彼女と消えることを恐れ続けて生きる運命でした。死んだ青白い顔をして、わたしと彼女は求め合ってきました。わたしの霊は未だに、この肉の殻のなかで彼女を求めて彷徨い続けています。わたしの肉は今も、彼女の身体を、肉を堪能していることでしょう。今、気づいたのですがそれは、貴方なのではないでしょうか。

タクシーの運転手の男は黙って前を向いている。
どうやら新しい家の前に到着したようだ。
一体どこを遠回りして走ったのか、外はもう暗くなっていた。
ウェイターの男は料金を椅子の上に置いてタクシーを降りた。
家具や荷物は明日の早朝に届く予定だ。
ということは今夜は、この家の元の主人の寝台を借りて寝よう。
タクシーの車が走り去った後、知らない土地に独り残された男が夕闇空を見上げて寂しげに言った。
「ただいま。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一話完結的連続小説 『ウェイターの男の物語シリーズ』