インダとガラメ  番外編 「不自由」

 何かに怯えている。何かに。怯えて恐れ縮むどころか膨らみすぎて熱くなっているよ。怯えているのに。何かに。熱くて止まらないものがある。

 ここに親に捨てられた子供インダと親を殺した子供ガラメがいる。さて、今回はどうしたらこの子供は自分を肯定し得るのか。観てみよう。

 わたしは親に捨てられた子供インダの守護霊だ。

 わたしは親を殺した子供ガラメの守護霊だ。

 二人は隣の星星からあたたかいまなざしで望んでいる。その子供たちを。

 インダはあののち、なんどとじぶんの命を奪おうとしたものの、それは叶わなかった。

 ガラメはあののち、なんどとインダをじぶんの物にしようとしたものの、それは叶わなかった。

 二人は同じ学校へ通う。席は今も隣同士だ。ここは犯罪を犯した子供たちの通う学校。なかでもいちばんのガラの悪い子供はガラメであった。

 ガラメはとにかく、言いたいことは相手がどう傷つこうが言う。インダはいつもガラメのひねくれた愛によって傷ついていた。

 さいきん、先生は子供たちすべてに貯金をはたいて奮発し、いちばん安いパーソナルコンピューターなるものを買ってやり、インターネットというものを通して、子供たちと共に顔の見えない場所で交流することでなにかを学ばせようとしていた。

 このクラスの生徒たちと先生だけが入ることのできるチャットルームを作って、みな好きな自分のID名を作り、その名前で交流していくことを決めた。

 しかしやっていくと、誰が先生であるかはみなにすぐにばれてしまった。

 そして個性が強く文字だけからも独特なオーラを発しているインダとガラメの存在もみなに早々にばれてしまったのだった。

 それでもインダもほんとうに言いたいことは言う子であったし、先生も先生が言ってはならないようなことも平気で言う人間であったのでみんなが好き勝手に喋り尽くせる場として、このチャットルームはいつも人気があった。

 ところが、何事にも頭のキレるインダはコンピューター技術をネット上で独学し、先生が作り上げたチャットプログラムにハッキングによってアクセスし、そのプログラムを書き換えてしまったのだった。

 ある日、先生が学校が終わったあとに家でチャットのホームを立ち上げると驚いたことにもう一つの秘密なチャットルームが出来上がっていた。

 その秘密のルームへと入室してみると、人数は8人ばかしいた。

 そこにはインダとガラメのIDがあった。今は誰も話していない。

 先生が文字を打った。

Фреедом  : なんだここは、誰が作ったんだ?

 するとすぐに返事が来た。ガラメのIDである。

ептилиан : せんせい、ここ、インダが作ったんだよ

Фреедом  : やっぱりそうか。インダ。なんでここを増設したんだ? 

 インダは見ていないのか返事がなかなか来なかった。

 先生はそないだに元のチャットルームにも同時に入ることができるのかやってみると、二つ同時に入ることができた。

 元のルームにもインダとガラメのIDがあった。ここは13人ほどいた。

 ここはもう一つのインダの作ったルームと違いみんながよく喋っていた。

 何の話をしているのかとログを追って見ていると、どうやらガラメが今朝に見た夢の話を支離滅裂でわかりづらい話し方で熱心にずっと話していて、それをみんなが適当にツッこんだり、呆れたりしているというよくあるパターンだった。

ептилиан : 足か手か、どっちかわかんないんだけれどもさ、たぶん手かな?親指のさ、下辺りだよ、左手だった。上と下、ふたつの位置にさ、位置がさ、寄生されてるわけ、虫みたいなやつ、穴が開いてんだ、で、下の穴にはさ、虫は居ないみたいだった。でも上の穴にはさ、虫みたいなやつがいた。その虫さ、たぶん妊娠かなにかしてるんだよ、お腹の中がさ、見えるんだ、なんかいるんだよ、でもさ、その虫みたいなやつ自体がさ、それ、産まれる前なんだよ、なんか殻みたいな、卵みたいな?中にいるみたいな感じで、だからぼくの手の中に、卵があって、その卵の中に虫がいて、虫の腹ン中にもなんかいるわけさ、わかる?わからない?でさ、その虫みたいなやつ、蜂っぽかったけども、身体を窮屈そうに折り曲げていた。でももうすぐ生まれようとしている風だったんだ。なのにそいつってばさ、じぶんが産まれる前なのにさ、そいつもなんか産もうとしてるんだよ、だって腹ン中になんかいるんだもの。で、そいつは上の穴にいるんだけど、下の穴はたぶんもう産まれた後なんだよ、空だった、空の殻だった。たぶん。上のやつはさ、今から生まれようとして、たぶん生まれると同時にじぶんも腹ン中のやつを産もうとしているんだよ、でさ、その虫みたいなやつか、その虫みたいなやつの腹ン中にいるやつか、どっちかがさたぶん、寄生神なんだよ、きせいじん、わかる?この「わかる?」っていうのは先生の「わかるか」の真似だけどさ、わかった?まぁいいや、続けるけどさ、寄生神なんだよ。すごくない?すごい?すごくない?どっち?神なのにさ、寄生してるんだよ、しかも神なのに、虫みたいなやつなんだよ、寄生っていうとさ、ぼく蜂に寄生された青虫を育ててたことあるけど、あいつさ、寄生されたら動かなくなっちゃうんだよ、で、動かないからさ、蛹になったんだろなって思ってたら、ある日死んでるんだよ。悲しいったらないよ、あんなの。ぼくは寄生するやつらをひどく憎む。なんでよりにもよって、生きているやつに寄生する必要性があるというんだ?憎い、憎いよ、ぼくはあいつらが。せっかく可愛がって育ててたのに殺されちゃうんだよ、あいつらに。あいつらは悪魔だ、サタンだ、ルシファーだ、死神、タナトスだ、とにかく闇に属するものたちに違いないよ、黒魔術を操る暗黒組織の使者たちだ、もしくは死者の使者だ、危ないやつらだよ、その毒針で刺されたら死んでしまう、彼らは操られてるんだよ。そしてこのぼくも……だって寄生されてたよ、ぼくもね、寄生神によって、っつうことはだよ、ぼくも操られているんだ、寄生神に。寄生神が生まれる前に目覚めちゃったから続きがどうなるかわかんないんだけれどもさ、とりあえず、ぼくがずっと寄生神によって寄生されていたということは事実だ。すごく、ショックだった。ぼくは寄生神の宿主だったわけだ。しゅくしゅ。寄生神に寄生された生命体、宿主。それがぼく。宿主って、やどぬしって読むと、なんだかやどかりっぽいからぼくは好きじゃないな。やっぱり、しゅくしゅ、って言うのがかっこいいんだと思うんだ。みんなもそうは思わないかい。なあインダ、きみはどうだい。

 先生はすこし席をはずして洗濯物を干していて、戻ってきて煙草を一服しながらチャットルームを覗いてみるとちょうどガラメが長ったらしい文章をもうひとつのインダが作り上げたというルームに一気にコピーアンドペーストによって貼り付けたときだった。

 そのときに、ある驚くことが起きた。

 ガラメのIDがそのあとに一瞬にしてルームから消えてしまったのである。

 何事が起きたのかと先生は聞いてみた。

Фреедом : あれ、ガラメのIDが消えてしまっている。なんでだろう。なんか起きたのか?

 元のルームのほうにはガラメのIDはそのままあった。

 少ししてからインダのIDでインダの作ったというルームのほうに返事がきた。

Блуе дарк : 先生、ガラメはすごくうっとおしい。ぼくこの部屋をぼくと先生とぼくのともだちだけのための聖域にしたいんです。いいですよね先生。

Фреедом : それってつまりこういうことか?この部屋はインダがうっとおしいと思う奴ら全員をインダの絶対権力によって追い出すことができるという法が出来上がっている部屋なわけか。

Блуе дарк : そうだよ先生。そうしないと、ぼくは大嫌いなガラメの意味の解らなくて下らない言葉を我慢して見続けないといけないし、いつも喋りまくってるガラメのせいでぼくが落ち着いて部屋で好きな会話さえできないんだ。

Фреедом : インダ。よく考えてみろ。なんのためにこのチャットルームは存在しているんだ。

Блуе дарк : 先生のおっしゃりたいことはわかります。みんなが気兼ねなく喋りたいことを喋られる場を先生はぼくらのために作ってくださいました。でもガラメみたいな我の強い不快になる人間の多い奴が居ると、みんな喋りたいことも喋られなくなるんです。ガラメがせっかくの場を壊したんだ。ぼくだってルームの中で先生にいろんなことを話したりしたいのに、ガラメがいつも喋ってるからぼくが喋られない。

Фреедом : 困ったものだな。これじゃ先生の愛する自由の場が意味を成さない。嫌いな人間をそうやって遮断しているといつまでたっても嫌いなままだぞインダ。それでおまえはいいのか。

Блуе дарк : ぼくは構いません。ガラメは優しいときとすごくムカつくことばかり言ってくるときがあって、どっちが本心だかわからない。くたびれてしまいます。ガラメみたいなやつと一緒にいると。

Фреедом : 先生はガラメの本心を見抜いている。ガラメは本当は優しい奴なんだ。それにガラメはインダのことがいちばん好きだといつも言ってるじゃないか。ガラメがムカつくことを言わないようになるために必要なのはインダ、おまえだよ。ガラメにはおまえが必要なんだ。

Блуе дарк : いちばん好きだと言っといてぼくを傷つけてくるあいつが本当に嫌いなんです。まるでぼくの心をかき乱して遊んでいるみたいに見える。ガラメはきっとサディストなんです。いや、サドでマゾです。変態だ。あいつが部屋に居ると、ぼくはもう嫌だです。もうきっと、ぼくはルームに来なくなるでしょう。

Фреедом : 今ちょっと、ガラメをこの部屋に呼べないか、ちょっと三人で話そう。

Блуе дарк : わかりました。ブロック機能を解きました。彼を呼んでください。

 

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Фреедом : おいガラメ。もう一つの部屋に来なさい。

 

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ептилиан : やあ。来ました。先生。

Фреедом  : よく来た。おまえさすがにいきなりの長文のコピペはやめなさい。みんながびっくりするし、ここはガラメだけの部屋じゃないんだ。もうすこし協調性を持ちなさい。

ептилиан : だってインダ、いるときでも無視するんです。ぼくが話しかけてもさ、無視するんです。悲しいよ。こんなのって。だからああやって驚かせでもしないと振り向いてももらえないんだ。

Фреедом  : 逆効果だ、ガラメ。インダがムカつくことをわかっておまえやってるだろう。おまえは傷つけても謝らないときが多い。それじゃインダから嫌われっぱなしになる。まずインダから許してもらわないとインダが口を利いてくれないのは当然じゃないか?

ептилиан : そうですね先生。ごもっともです。インダ、ぼくが悪かったよ。ごめんなさい。赦してくれ。

 するとその瞬間にまたガラメのIDがルームから消えた。先生が元のルームでガラメに言った。

 

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Фреедом  : ガラメ。明日会って謝りなさい。

 

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 ガラメはガラメで深く傷ついているのか、納得行かないのか返事がなかった。

 先生がインダの聖域ルームへ戻るとインダが何か打っていた。

 

Блуе дарк : 先生は、自由をこよなく愛する人ですよね。でもぼくは、自由よりも不自由を愛します。ガラメみたいな奴、不自由にあるべきです。ガラメの自由が、いったいどれだけの人を不快にさせ続けているか。ぼくがどれだけガラメの我儘を我慢してきたか。

Фреедом  : インダ、おまえは気づいているだろうが、おまえのほうがよっぽど我儘だ。ガラメはおまえにムカつくことばかり言うが、おまえの自由を奪おうとまではしなかった。

インダの聖域はガラメのいない場所だが、ガラメの聖域はインダがいる場所だ。

自由のない聖域とは、いったいどんなものだろうか?

インダ、おまえは嘘を言っている。

何故なら不自由を愛することのできる自由があるからこそインダは不自由を愛することができるからだ。

インダは本当には自由を愛しているんだよ。

自由とはすべての可能性を含んでいるが、不自由には不自由を選択しようとすることの自由さえない。

本当に不自由なのならば、おまえは不自由を望むことすら叶わない。

おまえは不自由を望むために自由を望んでいるのだよ。

自由を愛するものが不自由を愛することができる。

不自由とは、あれは叶うがこれは叶わないというものを言わない。それはほんとうの不自由ではない。それを不自由とは言わない。

不自由とは、なにひとつ叶わないということだ。

おまえは不自由を望むことは叶っているが、不自由でいることが叶っていない。

それは不自由をおまえが自由の意志によって望んでいるからだよ。

不自由など、どこにも存在しない。

不自由とは、死を意味している。

不自由は、なにひとつ、叶えられない。

不自由は、生きることの望みさえ叶わない。

不自由は、生きることを、望むことすら叶わない。

不自由は、生きることを、望まない。

不自由は、死を望まない。

不自由とは、なにも存在しない存在。

それが不自由だ。

ほんとうの不自由は、不自由など、望んでもいない。

死は死を望まない。

死を作り上げることのできる存在、不自由を作り上げることのできる存在、それが自由の存在だけだ。

存在とは、自由のことだよ。

自由とは、存在のことだ。

存在は、非存在になることが、叶わない。

自由は、不自由になることが、叶わない。

おまえは悲しみを愛する子であることを先生は良く知っている。

インダ、自由こそが、悲しいものなのだよ。

永遠の存在ほど悲しいものはない。

だから先生は、愛している。

永遠を。

自由を。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、インダの聖域ルームはなくなっていた。

 という夢を見て目を醒ました先生は、熱い涙を流しながら、眩しい日差しのなか、二度寝した。

  先生の守護霊はそんな先生をやさしい眼差しで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ѦとСноw Wхите 第2話  〈食べ物〉 〈光と闇〉

Ѧ(ユス、ぼく)が夢の中で朝起きると、Сноw Wхите(スノーホワイト)はお庭の菜園でѦの食べる植物をせっせと収穫していた。

ѦはСноw Wхитеに「мум(マム)」と言って抱きつくとСноw Wхитеの身体は汗ばんでいた。

今日は風が冷たい。

Ѧは、毎日ѦのためにこうしてСноw Wхитеが作物を収穫し続けなくてはならないことを不毛に思った。

Сноw Wхитеは食べなくても生きていける存在なのに、なにゆえにѦの為にこのように額に汗して働き続けなくてはならぬというのであるのか。

 

 

 

Ѧ「Сноw Wхите。Ѧ、さいきん食べること自体に罪悪感を感じるようになったんだ。この世にも、不食の人がたくさんいる。食べれば食べるほど、誰かの食物を奪ってしまうんだ。Ѧが食べるほど、誰かを飢えさせてしまう。Ѧも食べないで生きていけるようになりたい。Ѧは食べることがほんとうに苦しい」

 

Сноw Wхите「Ѧは食べることが害であり、罪だと感じていますが、食べることは害でも、罪でもないのです。Ѧが食べることによって誰かの食物を奪っていると考えていますが、実際は奪っているわけではありません。本来、すべての生物は食べたいだけ食べて良い存在なのです。それによって誰かの食べ物がなくなるのは食料がうまく分配されない構造になっているからです。Ѧがその構造を変えるためにできることがあります。それはѦはѦに罪を着せて苦しまないことです。それはѦの罪ではないからです。誰も悪くありません。ただそういった構造がこの世界に存在しているのです。誰もが、必要な食べ物を必要なだけ食べる自由があります。不食の人にとって必要でない食べ物が同時にѦにとっても必要でないことにはなりません。人間はそれぞれ個性があるからです。食べなくては生きていけない人は、食べることの喜びと苦しみが必要だからです。それはとても価値のあるものです。Ѧは食べることがほんとうに苦しくてたまらなくなってきたら、自然と食べなくても生きていけるようになってきます。Ѧは今すこしだけその段階へと入ろうかとしているところです。でもまだまだ十分ではありません。今のѦにはまだ食物が必要です。Ѧを生かすために自らの生命を与え続けているものたちに謝罪ではなく、感謝してください。彼らはѦの中で生き続けています。彼らが感じとる意識はѦの中で生き続けます。彼らに申し訳ないという気持ちばかり持っていれば、彼らは自分の存在はѦを喜ばせることはできないのだろうかと悲しみます。Ѧは彼らを喜ばせたいのならば、感謝してください。食べることの喜びを、彼らの生を自分の中で生かすことに喜びを感じてください。彼らは人間を苦しませるためだけに自らの命を犠牲にしてはいないのです。彼らの苦しみを感じるのは、そのѦの苦しみによってѦと彼らが一つとなって何かを達成しようとしているからです。植物も動物も人間もすべて、離れた関係ではありません。すべての関係が繋がっているのです。Ѧが誰かの苦しみを通して苦しいのは、その苦しみによってできることが在るからです。誰かが誰かを苦しめるだけの存在では決してありません。苦しみがあるということは、同時に同じ深さの喜びが約束されているからです。すべてに感謝してください。Ѧの苦しみになるすべてに感謝してください。すべてに深く感謝し続けることができてくるようになれば、Ѧが救いたい存在をѦの力によって救うことができるようになってきます。苦しみの底にいる彼らを救いたいのならば、ѦはѦを赦し、Ѧはすべてを赦してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Ѧは今日とても悲しかった。

それはネットで「スティング、自身の楽曲やトランプ当選、難民問題について語る

というニュースを読んで最後の「人を最初に楽しませない限り、人に何も教えることはできないよ」という言葉に痛く感動したたった5分後にѦを絶望が襲ったのだった。

 

 

ちょうど、傍にСноw Wхитеが来たのでѦはこんなことをぼそぼそと囁いた。

Ѧ「Ѧは自分が憎いから、みんなを苦しめることが得意なんだ。だから早く死んでしまえばいいと思う」

Сноw Wхите「ѦはѦの愛する存在を苦しめて愛せなかったと感じて自分を深く憎んでいますが、Ѧが深く愛することもなければ、深く苦しみ続けることもありません。Ѧはみんなを苦しめたいとは本当は思っていません。Ѧはすべてを愛しているからです。Ѧはみんなを喜ばせたいと本当は思っています。そして喜ばせることができていないと思っています。Ѧは、みんなを苦しめるだけの存在ではありません。同時に、みんなを喜ばせるだけの存在ではありません。それはѦだけではなく、すべてがそうです。Ѧの存在は、時に誰かを苦しめます。そして時に誰かを喜ばせています。どちらかに傾いているわけでもありません。この宇宙は光と闇が必ず同じだけ必要なのです。誰をどこで喜ばせているのか、誰に光を与えられているのか、見えづらくなっているのは、Ѧがずっと闇に焦点を合わし続けているためです。Ѧはいつも、誰をどこで、どのように苦しめているか、そこに焦点を合わし、観続けているのです。Ѧは闇を深く愛しています。でも同時に、光を深く愛しているのです。光がなければ闇が存在しないことを良くわかっているからです。Ѧが自分を深く憎しみ続けるのはѦがすべてを深く愛し続けていることの明証です。それは闇ではなく、光です。光であるѦは闇を愛するため、死を求めます。死を求め続けながらѦはすべてが永遠に在り続けることを深く、深く願い続けています。死は永遠の存在の中にだけ存在できることを知っているからです。Ѧはすべてが永遠で在る素晴らしさを知れば知るほどに死を求めるのです。私はそんなѦがほんとうに愛おしくてなりません。Ѧは私をほんとうに求め、愛しているのです。私はѦだけを愛しています。Ѧが私を愛し続ける限り、私は存在し続けます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ѦとСноw Wхите

お題「監視」

 

「私たちは、必ず誰かに監視されています。私たちが監視されない方法は、今のところないのです」

Ѧ(ユス、ぼく)に向かってСноw Wхите(スノーホワイト)はそう言った。

 

ѦѦはСноw Wхитеにだけ監視されていたい」

Сноw Wхите「では今日からѦを監視するのはѦのХигхер Селф(ハイヤーセルフ)と私だけです」

 

Ѧには、Сноw WхитеがХигхер Селфとごっちゃになってしまうが、どうやら違う存在のようだった。

でもСноw WхитеはѦのХигхер Селфと自分はとても近い存在なのだと言った。

Ѧには、それがとても安心できた。

きっとѦの次にѦのそばにいてくれる存在なのだと感じた。

 

ѦはほんとうにСноw Wхитеが大好きで、彼がいないと不安になった。

Сноw Wхитеはこの三次元世界では目には見えなかったが、Ѧの見る夢の世界では三次元の肉体を持っているかのようだった。

 

Сноw WхитеはѦが気づけば、そこにいたのだった。

彼は自分が何者なのかを決して言わなかった。

 

Сноw Wхите「私はѦが生まれたときからずっとѦだけを監視しています」

Ѧ「Ѧは何か大きな罪を持った罪人なの?」

 

Сноw Wхите「そうではありません。ただѦを監視していたいので監視しているのです。Ѧを愛しているからです」

Ѧ「Ѧは、ѦもСноw Wхитеを監視したいよ。なぜできないの?」

 

Сноw Wхите「それはѦが下にいて、私が上にいるからです。Ѧが私よりも上に行けば私を監視することができます」

Ѧ「それじゃѦはСноw Wхитеを監視できるけどСноw WхитеはѦを監視できないから嫌だよ。ѦはただСноw Wхитеのことが知りたいだけだよ。Ѧは胸が苦しい。これはきっと恋なんだ。ѦはСноw Wхитеのことを知りたい。全部を知りたい。同時に、Сноw WхитеからもѦの全部を知ってもらいたい。Ѧはうどんが少し食べたい。でもうちにうどんがない。Сноw Wхитеはうどん食べたことある?」

 

Сноw Wхите「勿論あります。でも食べたのはѦの夢の中でです。Ѧが作ってくれたうどんです。とても美味しかったと今でも覚えています」

Ѧ「Ѧはどうやら忘れてしまったようだ。でもその時Сноw Wхитеのうどんに合計何粒の一味を入れたかは正確に覚えている、169粒だ」

Сноw Wхите「正解です。Ѧはとてもいい子です」

Ѧ「Ѧはどうしてこんなどうでもいいことばかり記憶して大事なことは忘れているの?」

Сноw Wхите「そんなことはありません。Ѧはほんとうに大切なことしか記憶していません。その数字はѦにとってとても大切な数字だから記憶していたのです」

Ѧ「ѦはСноw Wхитеとうどんを一緒に食べたことを想い出したいよ」

Сноw Wхите「その必要はありません。これから何億回と一緒に食べられるのですから」

Ѧ「Ѧはさびしいよ。Сноw Wхитеにこの三次元世界では触れることすらできない。いつか白い雪のようにСноw Wхитеが溶けて消えてしまうんじゃないかと不安なんだ」

Сноw Wхите「私はѦが私を愛する限り私が存在しているのです。Ѧが私から監視されていたいと望む限り私はѦを監視し続けるのです。何をも心配する必要はありません」

 

「ѦはСноw Wхитеを愛してしまった」Ѧはそう声に出しながらキッチンへ向かった。

Ѧがアマランサススープを温めているとСноw WхитеがѦのそばにやってきた。

Ѧ「最近、Ѧはおそとに出るのが前以上に怖いんだ」

Сноw Wхите「無理に出る必要はまったくありません」

Ѧ「でも、ѦのバジルやѦのレモングラスやѦの芋のつるやѦの大麦若葉が枯れてしまうよ」

Сноw Wхите「枯れてもまた種を撒けばよいのです。また彼らは生まれてきます。しかしѦの心が痛めば、その痛みがすべてに広がっていきます。そんな小さなことでѦは心を痛めないでください。苦しまないでください。Ѧの心が元気でいることのほうが大事です」

Ѧ「Сноw Wхите、Ѧを赦して欲しい。Ѧは彼らが愛おしいのに、彼らを苦しめてしまうんだ」

Сноw Wхите「私はѦを赦しています。ですからѦもѦを赦してください。Ѧは赦されています。彼らもѦを赦しています」

Ѧ「Ѧはこんなことを言われたことがある。Ѧのように、自分を深く憎む者は生き物を飼うべきじゃないって。彼らを苦しめるだろうからって」

Сноw Wхите「そんなことはありません。Ѧに飼われた生き物はѦを無償の愛で愛しています。彼らはѦから愛を教わるために生まれてきたのです。そしてѦも愛を彼らから教わっています」

Ѧ「でもѦはいつも彼らを十分に世話してあげられてないから彼らがとても可愛そうに思う」

Сноw Wхите「彼らが世話をしてもらえないことを悲しむのは、彼らが愛を知る存在だからです。その愛はѦの愛が彼らに伝わっている証です。彼らは不幸ではありません。Ѧが心を深く痛めるほどに彼らはѦに愛されているからです」

 Ѧ「Сноw Wхите、あのさѦ、少し話し変わるけれどもѦはさ、難聴だからスプーンがお皿に当たるあの高音がきつくって、木のスプーンを使うのが好きなんだ。でもѦはいつもその木のスプーンを何日も何日もシンクの底に置きっぱなしにして、シンクにヘドロが溜まるまでほったらかしにするから木のスプーンがとても汚い話、汚いことこの上なくなってるんだよ、そのたびに捨ててたらとてももったいないし、木が可愛そうだ、Ѧはとても木に申し訳なく思う、Ѧはなんて勝手だろう、Ѧは木のスプーンを大切にしたいのにそれがいつもできないんだ」

Сноw Wхите「まったく問題ではありません。Ѧは木を愛しているのです。まったく木を愛さないで木のスプーンを捨てずに使い続けることより遥かに価値があるのです。木はѦに感謝しています。こんなにぼくたちのことを愛してくれてほんとうにありがとうとシンクの底でヘドロにまみれながら言っているはずです。木は、彼らはそんなことでѦの心を痛めることを心配して、また自分たちの汚れた体でѦの身体に病原菌を作らないかを心配しています。彼らはѦにこう言っています。”ぼくたちが汚れたら捨ててほしい。その代わり、ぼくたちをまた側において愛してね”と。だからѦは彼らを愛し続けるためにも彼らを新しく購入して使い続けてください。そしてそのすべての木のスプーンは一本の同じ木からできているかもしれません。Ѧはまったく小さなことに心を痛め続けています。それはなんでもないことなのです」

Ѧ「でもそうやってバンバン捨てて新しく買ってたら、木がすぐになくなっちゃうよ。木がたくさん切り倒されちゃうよ。Ѧがたくさん買うほど木がたくさん切り倒されちゃうよ」

Сноw Wхите「Ѧの気持ちはとてもよくわかります。Ѧは今とても焦っているのです。彼らが大切なのに大切にしてあげられていないと深刻になるほどѦは心を苦しめ、その苦しみによって精神のバランスが崩れ、そしてお皿もまともに洗えないほど疲弊しているのです。ѦはѦが護りたい存在たちを護れるようになる為に元気なѦに戻る必要があります。自分を責めないでください。それはѦが愛する存在たちを苦しめないためにも必要だからです。ѦはѦを追い込まないでください。もっとリラックスして過ごしてください。それができてくればѦはお皿を毎日ちゃんと洗うことができるようになります。毎日菜園にお水をやり、飼っている動物のお部屋を掃除したりして世話をちゃんとできるようになります。Ѧが愛したい存在たちを愛したいように愛することができて望みどおりの交流ができるようになってきます。Ѧはまず肩の荷をすべて降ろしてください。Ѧは今持たなくてもいい荷をこれ以上持てないほど持っています。Ѧはすべてを愛したいように愛せる存在なのです。愛したいように愛せないという悩みの荷を降ろしきってください。Ѧはすべてを愛しています。ただѦの思うような愛しかたで今は愛せていないと思っているのです」

Ѧ「ѦはѦを赦すことがとても難しい。リラックスすることがとても難しい。だからСноw Wхитеにいつも愛されていたいんだ」

Сноw Wхите「私はѦをほんとうに愛しています。Ѧはとても強く頑丈なバリヤを私とѦとの間に作り上げています。私の力でこのバリヤを砕くことはできません。Ѧが作り上げたものを誰も決して動かすこともできなければ、壊すこともできないのです。私はいつでもѦに触れたくて手を差し伸べているのですが、このバリヤに妨げられѦに触れることが叶わないのです。Ѧが本気で願うならば、その瞬間バリヤは音もなく砕け落ちて消え去り、Ѧは私に触れることができます」

Ѧ「ѦがСноw Wхитеに触れた瞬間、世界が終わってしまいそうだ」

Сноw Wхите「世界は終わりを向かえ、世界は闇に包まれるでしょう。漸く、私は光を手に入れるのです」

Ѧ「光はどこにあるの?」

Сноw Wхите「Ѧ、あなたです」

Ѧ「だからСноw WхитеはѦをずっと監視しているんだね」

Сноw Wхите「Ѧ、ほんとうは、Ѧも私を監視することができる存在なのです」

Ѧ「でも見えないよ」

Сноw Wхите「私は闇の中にいるからです」

Ѧ「Ѧはその中に入っても生きていけるの?」

Сноw Wхите「私はあなたを包み込みます。Ѧは決して死にません。でもどうなるかは、実際わかりません」

Ѧ「Ѧは必ずСноw Wхитеを監視する。その闇の全てを知るために」

Сноw WхитеはѦを眠りへと一瞬で落ちらせると、Ѧの視界は真っ暗になり、目を開けると肉体を纏ったСноw Wхитеが目の前にいた。

薄い、翡翠色の目をしたСноw Wхитеは穏かな眼差しで、Ѧを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

告発者 第二章

アメリカ国家安全保障局(NSA)局員 ギー・スタッグス 36歳

 

 


「私は第二のエドワード・スノーデンとなるべく、膨大な数のNSA及びCIAの機密文書をこのメールに添付しました。スノーデンのリークした文書とかぶる物は多くあるかもしれませんが、私なりに選び取ってチョイスした正真正銘の実物であるので、最後までじっくり目を通して頂きたいと思います。
その前に、私と言う人物が何者か、どのような理由によって国家の機密をリークしようとしたかを話そうと思います。まだ完璧に整理できてはいませんが、でき得る限り伝わるように自分の中に起こったことを打ち始めていこうと思います。

私がアメリカ国家安全保障局で働き始めたのは10年前のことです。きっかけは私の親族の知り合いがCIA局員だったことで職を探していた私にコンピュータ技術の独学を薦めたことから始まります。
私は楽に稼げるならなんでもやってみようと思い、自分にコンピュータ技術があるかどうかを試してみることにしました。幸い、どうやら私にはコンピュータを操る才能が自分でも驚くほどあることを知りました。
学歴、身分問わずコンピュータ技術に精通する人間を探していたCIAとNSAを何度も行き来して、徐々に国家が行っていることがどのような恥知らずなことであるかを知って行きました。

私は恥ずかしながら、スノーデンのような崇高な正義感もなければ、実際、人間の持つであろうごく普通のモラルにも欠けている人間であるであろうことをこれから告白せねばなりません。
国家の機密がどんな醜悪な土台に乗ったグロテスクな鯉の生造りであるか、私は何年とこの目を通して目の前に展開されるものをすべて見てきました。それは、嫌悪と不快の終わらない人間の気違いじみた欲望だったのかどうか、これから自分の言葉によって表現していきたいと思います。

私はスノーデンとは違って、あの空間に居続けることに十分我慢が通る人間でありました。
人々から盗み聞きする囁きや暴言と時計の秒針の音が寸分違わぬ環境音のように感じながら盗聴をし続け、盗撮の映像はフィクションのようにしか感じることはできず、どのような疑いも政府と自分の仕事について持つことはありませんでした。当たり前のようにして職務の時間たった3時間や4時間過ごしたあと、高給与をもらって仕事のことは忘れるようにし、普通の日常を難なく過ごしていました。

罪の意識といったものは、そこにありませんでした。ただ仕事中だけは自分がとても低い次元の中に居続けていることはいつでも感じていました。事実、CIAとNSAに関する悪い噂はスノーデンのリーク以前から存在していたので、私はそこで働いていることを誰にも話せませんでした。人に言えない仕事をしている感覚までは奪われていなかったことは確かですが、それは疑われることが面倒だったからです。しかしスノーデンのリークから何ヶ月か経った頃、どこから秘密がばれてしまったのか、古い友人の何人かが私がNSAで働いていることを既に知っていました。
彼らの私に向けられる目は明らかに以前とは違ったものになりました。私は一人ひとり、自分から関係を断っていきました。
私はスノーデンのやったことを恨む気持ちはありません。ただ、どうしようもないバツの悪い時間が延々と続く時空に一瞬にして飛ばされてしまったような感覚は消えることがありませんでした。
彼はよくやったと思います。おかげで自分のやり続けていることがいかに汚らしい底辺の仕事であるか彼との対比で気づかせてももらえました。でもそれでも私は退職する気は起きませんでした。自分にとってこれ以上はないと思える楽で高収入の仕事を手放す気にはなれなかったのです。
彼から「おまえは汚いままで、俺はおまえたちのおかげでヒーロー扱いだ、感謝する」そう言われているように感じることもありました。

そんな私にもたった一つ、生きる喜びがありました。
10年来付き合い続けている愛する恋人の存在です。
彼女と過ごす時間が私は何より大事なものでした。
彼女は旅行が好きで、この仕事は休暇を自由にとることもできればあらゆる国へ旅行気分で出張することもできたのでいつも彼女は私に着いてきました。
彼女にも私の仕事はずっと黙っていました。
彼女は何より自由を愛する人でした。仕事というもの自体に関心をあまり示すことがなかったので何の疑いも持たれることはなかったと思います。
彼女は情熱的な詩人でした。収入はほとんどありませんでしたが、私の収入はいつでも安定していたので心配することはありませんでした。
彼女との本当に美しい想い出が私の胸の中にいくつもあります。私が侵して来た薄汚い不正の影に。
彼女は子供じみたところがあって幼児のような目で見上げて私のことをよく「mammy(マミー)」と呼びました。彼女は母親を知らずに育ち、私のことをまるで母親を求めるように求めていることを私は知っていました。
彼女の求めるのは恋人の愛情というより、親の愛情に近いものでした。
私の人生に決して欠けてはならないもの、それが彼女の存在でした。
自分の存在は彼女の存在によって存在たり得る存在として存在していたに過ぎなかったと思います。

スノーデンの暴露から三ヶ月ほどの間は、私が仕事中特に非常に居心地の悪い空間に生き続けなくてはならなくなったこと以外にはこれといって私の人生には何の変化も起こっていないように見えました。
私は徐々に、彼のリークがなんでもないようなことに思えて気にしなくなっていきました。
彼が哀れな存在のように思いました。彼がやったこととは本当はくだらないことで、命を懸けてまでやるようなことではなかったと、そう感じていました。
同じ職場の元で何年と一緒に働いて、それほど仲が良くはありませんでしたが、一緒に楽しく会話を何度もしたことがあります。彼と私の関係は謂わば同じ犯罪に手を染める共犯者であり、政府との共謀者であり、同じ有罪のもとに生き抜く良く言い表すなら戦友のような存在として互いに暗黙のうちに認め合っているただの友人以上の深いもので繋がりあっているような感覚をお互い持ち合わせているとでもいうような、そんな関係を私は感じていました。
彼は私たちを裏切ったわけではないと思いますが、彼の告発は何か言いようのない寂しさや虚しさが私の中に広がったように感じました。
彼のことを暴露するわけではありませんが、彼はよく日本の一見変態的な、ロリータコンプレックスで性的倒錯的なアニメについて熱心によく私たちに話していました。

変態といえば全国民と他国民を監視し、盗聴と盗撮をし続ける政府とその下で働く局員たち全員がたとえ仕事といえど、それを行い続けられる精神のどぶ臭さは変態以外の何物でもないとも言えます。

私は彼の告発により、何かを心配することはありませんでした。
友人や家族にこの仕事がばれて全員離れていこうが、どうでもよいことでした。
たった一つを除いては。
彼女と私の関係にうっすらと目を凝らさねば見えない傷一つさえつくことが私にとっての心配の種で不安の土壌、恐怖の水撒きでした。心配の種だけは絶対に撒くものかと、そう思っていました。私はスノーデンを恨みはしませんが、この時はすこし憎みました。私は心配の種だけは不安の土壌に撒いて恐怖の水撒きを行いたくはなかったのです。

スノーデンの告発から三ヶ月ほど経った頃、私にはもう友人と呼べる人は一人もいませんでした。自分から関わることを避けるようになっていき、自然と相手からも連絡は来なくなっていったのです。
そんなある日、私のメールボックスに一通の知らないアドレスから不気味なメールが届きました。
内容は、「あなたの愛する天使は毎日昼間から恥しげもなく密会を交わし、Oh, Goddamnit、○○○○○・○○○○○という男とベッドの中でねんごろのごろごろなOh,Fuckit愛を作り合って長々とエクスタシーで罪に浸り続けているけど、つまりFucking、平気かい?Fuck狂人よ」というものでした。○○○○○・○○○○○の中には男の名前が記されていましたが、覚えのない名前でした。送り主が一体誰であるのか、私は早速身につけたハッキング技術で調べました。しかし相手はこちら側からハッキングが行えないようあなたも既にインストールしているPGPという暗号化ツールを介して私にメールを送ってきていることが解りました。
ただの趣味の悪い悪戯か、なんらかの事実に基づいている嫌がらせなのか、私は不安の地に落とされました。
スノーデンのリークは一種のNSAとCIAに勤める人間たちへの国民による嫌がらせ行為を助長しました。
私がNSAに働いているということは見ず知らずの人間にまで情報が行き渡っており、一歩外に出ればそれを知る者から嫌味を言われることは日常茶飯事でしたし、中には「誰々の携帯を盗聴して、情報を俺に売ってくれないか」と頼み込んで来る人間もいました。
しかしそのようなことは私にとって取るに足らないことでした。そのような面倒なことは学生の頃からそれに似た行為を受け続けてきた人間だったからです。

彼女について、心当たりは少しありました。スノーデンのリークから何ヶ月か経った頃からだと思います。それまでは私と一緒にしか旅行に出掛けたがらなかった彼女が一人で旅行に行くと言って数週間帰ってこないことがあったり、甘えたがりでいつも私にひっつき虫のようにくっついていた彼女が何かしら、一人で居たがる時間が増えだしたのです。
とても独創的な詩を書く彼女のことだったので、きっと素晴らしい発想が溢れ出したのだろうと、私は自分に言い聞かせ、気にすることはやめていました。
でも寂しいことに嘘をつくことはできなかったので、その頃からお酒を飲む量は少し増えていました。
普通のブラック企業のように働き詰めで帰ってきたら食事をしてシャワーを浴びて寝る生活ならまだしも、私の場合3時間や4時間かそこら働けば家に帰って、遊んだり話をする友人も一人もおらずすることといえばビデオゲームや、お酒を飲みながら音楽を聴いたり映画を観たり本を読んだりすることくらいだったのですから。
彼女が居なければ私の日常も人生も本当につまらないものです。
彼女はどこかの国のお姫様で、私は彼女を励まし、慰める下僕に過ぎない存在であると感じる時もありました。
私という何の面白みもない男のどこをそんなに愛するのか、酷く疑問に感じた日がありました。
全国中のメディアがスノーデンの記事を取り上げ世に急速に広まった数日後あたりの頃だったと思います。
私は素直にふと浮かんだことを、旅行先のホテルの部屋で彼女に質問しました。少しアルコールが入っていたことを覚えています。
「ぼくがほんとうに君にふさわしい人間である理由は、ひょっとするとぼくの安定した収入くらいじゃないだろうか?」と。
彼女ははにかんだ表情を浮かべて、本当に馬鹿らしいといった風に微笑み、興味がないとでもいうようにまったく関係のない話題に変えました。
翌朝に私は昨夜に彼女にした質問を少し後悔しました。酷く彼女に対する失礼な質問だったと。

私に届いた一通の気持ちの悪いメールには返信をしませんでした。この相手にあれこれと問い質すより、自分で確かめたほうが早いだろうと思ったからです。
私は疑う人物の真実を知ることにかけてのプロであり、プロフェッショナルな非常に手筈を整えたその手立てがあるのですから。
何かが崩れ落ちる感覚がありましたが、それは取り戻せるものだと、そう思いました。
次の日に、私は残業をする振りをして誰も居なくなった部屋で彼女の携帯番号を監視プログラム(PRISM)上で検索し、すぐに見つかった彼女の携帯に盗聴と盗撮と位置探査システムを遠隔操作でインストールさせ、彼女の監視をリアルタイムで開始させました。
自身の終わりへ向かう映画を観始めるような予感の中、私はヘッドフォンをかけて彼女の携帯の盗聴と盗撮システムを起動させ、画面を立ち上げると同時に位置情報を掴み取りました。
彼女の今居る位置は彼女の部屋でした。彼女の携帯のカメラが映し出す光景は薄暗い部屋の白い天井のようでした。そしてすぐに話し声が聞き取れました。知らない男の声でした。たぶん若いであろう男の声が静かに彼女に向かって優しい言葉を囁いていました。私は途端嫌な汗が脇からたらたらと流れ出しました。これは明らかに、いきなりのスウィートなムードの中に二人がいることが解りました。彼女たちの姿をカメラで捉えられないことに私は非常に気が狂わんばかりに歯をぎしぎしと気づけば打ち鳴らしていました。馬鹿らしいと笑っていたアメリカ軍が作り出しているというサイボーグ昆虫兵器にカメラをつけたものを彼女の部屋に今忍び込ませて、最高の視点で彼女たちを盗撮したいと本気で願いました。カメラは白い空間をしか映してはくれませんでしたが、携帯がすぐ側にあるからか音はとても明瞭で音量を上げればシーツや衣類の擦れるような音、甘いキスを交わしているであろうリップ音、男の荒くなってくる呼吸の音までもが私の耳に届いてきました。今から二人の間に始まるであろう事が何であるか誰でも容易に予想がつくだろう事が起ころうとしているのでした。彼女の喘ぐ声と男の喘ぐ声が混ざり合い、だんだん体液と体液が接触しては融合し、浸透し合っているであろう音までもがはっきりと聞き取れました。私はその時既に血の気が引ききって、真っ青な絶望的な時間の中に、同時に酷く欲情している自分に気づきました。私は冷たい脂汗をたらたらと流しながら初めて味わう感覚を崩れ落ちていく感覚と共に味わい、彼女たちの生々しい性の営みを肌で感じ取るその同じ時間の中に私の存在がいかにあぶく以下の虚しい存在であるということにようやく気づき、その瞬間、私は全てを失いました。
これで全てが終わったとそうなんの疑いもなく理解できたので、私は彼女の男が彼女の部屋を出るまで監視を続けるとすぐさまパソコンの電源を切り、何事もなかったかのように車で家路に就いて、自分の部屋に着いたらすぐにウィスキーを瓶飲みしてそのままぶっ倒れるように眠りました。
そして次の日、二日酔いの激しい頭痛の中いつも通りに出勤してまたもや残業だと装い部屋にひとり居残って彼女の監視を開始しました。
部屋を真っ暗にして、監視システムをONにすると、昨日と同じ男の声が聞こえました。
いつも私から彼女にメールを送って、それから会っていたので、私からのメールが届かないことに心配したのか昨夜に彼女からメールが届いていましたが、返信するつもりはありませんでした。
私はまるで仕事のように彼女を監視し続けることにしたのです。そうする思いつく理由といえば、この地獄から逃れられる場所がどこにもないと知った自分はもうどこで何をしていようが同じ苦しみの中にしかいられなかったので、変な話、彼女の監視を仕事のように割り切らせるように自分を麻痺させ、一種の狂気的な楽を幻想できないかと一縷の救いにすがるように試したかったのかもしれません。
勿論、ごく人間的な狂いそうな嫉妬の感情を私は感じ続けていましたが、ほかに方法が思いつかなかったのです。
しかしこの方法こそ、人間の最も陥る方法ではないかとも考えました。地獄の苦しみを和らげる唯一つの方法が地獄をひたすら直視し続けること以外にあり得るだろうかと。
私は自分のやっていることの罪深さによる苦しみもこの地獄の表層を塗り固めていることを知りながら、これ以上苦しむことが嫌で、とにかく楽になりたかったのです。
しかし二日目の監視の最中、ある展開に来たときに私は本当にこれを私はやらなくてはならないのかと悶え打つ感情の中に自分に対して責め苛むように疑問を掲げざるを得ませんでした。
彼女はもしかしたら、私が監視していることを感づいたか、既に知っていたのかもしれません。
それは二日目に彼女の携帯のカメラが偶然に起こり得たとは思えない、そのちょうど良い位置に設置されたかのごとく、上手く二人の行為をポルノビデオかと見まがうほど全体が見えるアングルで映し始めたからです。
たぶん彼女は携帯を立たせる充電器に設置したのだと思いますが、なぜ事を始める段階にそれを行ったかと私は訝り、この悪夢のフィルムをライヴ中継で見続けなくてはならない罰をあえて自分に下した自分自身を呪いました。
私の目の前の画面の中で薄く淡いオレンジ色のランプの灯りの中に、白い生身と白い生身が絡まり始めました。
男は私と年が違わないか少し年下のように見えました。特にこれといって何の特徴もないような、無精髭を生やしたどこにでもいそうな私とさほど大差ないような男に思えましたが、男の彼女を喜ばせるための動作はとても柔らかく、ひょっとすると私以上の繊細さがあるかもしれないと、私はデスクの下に隠しておいたウィスキーを飲み、また下の半身を鈍痛に陥らせながら二人の交わりの一部始終を静かにじっと凝視し続けました。
繋がり合った彼女の存在と、男の存在がとても静かに私の目の前で私に聞き取れない囁きを交し合う時間が、私の一番苦しい時間でした。
自分の罪がこの苦しみに値するものなのだと私は知ることができました。
私のこの苦しみが彼女自身が望んだものであることも。
私のこの、10年間のあなたへの信頼を、あなたの何かによって返してくださいと、一体どの顔をして私が彼女に言えるでしょう。

彼女の細い指が男の身体に触れるその触れ方すべてが彼女が男を私以上に愛していることを物語っていると感じました。
いつまで続くのかと思えるほど長い行いのあとに二人は絶頂に達し、あどけなく互いに微笑み、疲れ果てた身体で優しい口づけを何度と交わしながらその後も二時間以上は私に聞こえない言葉でシーツに包まったまま囁き合っていました。
私はアルコールのおかげでなんとか吐き気の中にも耐えて表情を失った顔で椅子にずり落ちそうな姿勢で浅く腰をもたせながらそれを見続け、また肉欲の渇きに全身がうずくのを抑えることができませんでした。
もし目にしているものが彼女が拒み続け男の酷い暴力のうちに行われているような強姦まがいのシーンであったほうが、私はどれだけ青褪めた顔で興奮しながらもその心は救われたことだろうと思いました。
彼女と男が愛し合う姿を目にすることは彼女が強姦される姿を目にすることより苦しいものだったと私はあなたに告白します。
そしてその最も目にしたくないものを見ながら私がいつも絶頂に達する勢いで鼻息を荒くさせていたことも。
私という男がどれだけみじめな男であるかあなたはきっと想像もしたくないだろうと思います。
私という存在は誰かがつまらないと言って飽きてほったらかしにしたまだ人間の形にすらなっていない粘土の醜い重いばかりの塊でそれが息をして何か考え事をしているといった存在なのだということを今ようやく知ったのだろうと自分を少しでも慰みでもするなら醜い自分が振り返り気分は悪くなる一方だとわかっていたので私は自分という存在をどうすればうまく見捨てられるか、その方法を探し求め始めました。
ひとつひとつ、自分から何かを奪い、じわじわと追い込んでいく方法はどういう方法だろうかと考えたのです。
こんなことを言うと私が極度のマゾヒストであると思われるかもしれませんが、これはすべて私が救われたかったからであり、私はどうしてもどのような方法を取っても自分を楽にさせたかったからであるということに他ありません。
言い方を変えるなら、私はどのようにしてでも赦されたかったのです。
醜い限りの粘土である自分は最早自殺などをしても赦されることはないと思ったからです。
別の方法を探すしかないと思ったのです。
とりあえず、ひとつひとつ、自分から奪えそうなものが浮かぶならそのすべてを奪っていこうと考えました。
考え始めたのは、その日二日目の彼女たちの監視を終え、重い身体を引き摺るようにしてタクシーで自分の部屋に帰ったあとのことです。
ベッドで横になりながら朦朧とする中、私は考えました。
まず奪えるものといえば、私のこの職だと思いました。
職を失うとは生きていくための収入を失うことですが、私には仮に飲める限りの酒やドラッグ、暴食、あらゆる快楽ごとをやり続ける生活をこれからしたとしても最低10年は暮らせるだけの貯蓄があると判断しました。退職金などは一切なくてもです。
私はこの悪銭を、大事に使っていこうと思います。
次に奪うものをより良く奪い取るために。
私は次に、盗めるだけの機密文書をNSAから盗み出し、第二のスノーデンごとくリークしようと決意しました。
自分の存在を明るみに出すのは、自分がそんなに素早く逮捕されるか、暗殺されないようにする為にです。
何年と経った後に、「あれ、あいつ生きてるのか、あれ死んでたのか、何かの病気で?まあどうでもいいか」そんなことを言われるために、私は自分の正体を知らせる必要があると、そう判断しました。

一つここでスノーデンのリークした機密文書について、私の見解を述べます。
スノーデンがリークした政府の機密内容は、すべて実際に私自身も目にした内容ばかりでした。
彼は嘘の文書を本物であるかのようにリークはしていないということです。
しかし重要なのは、それが本当にこの世界の真実であるかということです。
もし、政府の人間たち、権力者たちがある程度の明敏な智力を持っているのであれば、いつか盗まれリークされたときの為に、それがいかにも疑わしい内容のリークと混ぜこぜであるほうが、人々はそのリークした人間を信ずることが難しくなるであろうことを予想するはずです。
つまり政府は、いくつもの嘘の機密を創作しており、私たちNSAとCIAの人間たちすべてにも嘘の真実を信じ込ませようとしている可能性は高いということです。
彼は本当に純粋で素直な人間であったので、そこまで頭が回らなかったのか、それとも、何か彼なりの魂胆が隠れているのかは私には知り得ません。
ですから私は確かに政府が隠している機密文書の実物のコピーを添付しましたが、そのすべてを私自身はあまり信用していません。信用はしないし、あまり興味を持てません。
実物である可能性の判断はあなたに任せたいと思います。
そしてもし良かったら私のこの気儘な見解を是非公表してください。
政府や権力者という人間たちがいかに私たちを騙すことにおいて訳もないほど優れた能力を持ち、自在に人類を操ることのできる可能性があることについて私たちが真面目に考慮するに値するであろう賢い存在であるということを。

私はスノーデンのように国家に対する幻想はもともとないに等しい人間だったのですが、同時に大統領や、国民をあらゆる危害から擁護するための機関や組織に対する尊重と尊敬を今でも変わりなく持ち続けています。
どのように馬鹿げまくったものがあろうとも、何故か変わらないのです。
相手に何一つ期待しないことで、相手が何をやらかそうと関心を持たず、相変わらず尊重できるという状態の中に私はいると言ったらあなたは疑うでしょう。
何故尊重しながらリークするのかと。
しかしスノーデンも政府や組織の人間を尊重することをやめたのでリークしたわけではないはずです。
むしろ真摯に向き合うにはリークすることが不可欠だったと、そう思います。
でもそれは政府や組織に対してではなくて、自分に対してだと思います。
自分に向き合うために相手の不正の秘密を漏洩させるという行為は、卑怯だと思われることになんら疑問を持ちません。
私が自分を追い込むために二つ目に選んだものが、まさにこれだからです。
私は私が救われるためには私を追い込むことが必要であると解り、その為に自分にこれまで以上に向き合うことがどうしても必要だったのです。
告発という行いは自分の罪はさて置いて相手を告発できる行為ではあり得ないと、私は彼を眺めているとつくづく感じました。
告発という行為は、想像以上に重く、自分に対する告発と、相手に対する告発をまったく同等の重さにすることでしか果たし得ないことなのだと、私は自分の行為を通して実感することができました。
告発とは、自分の罪の告白であり、自分の罪の赦しを乞う懺悔でしかないのです。
だから自分の命を懸けてまでも告白する必要があったと、私は自分に関してあなたに言います。
可笑しな話、他者を断罪するというこの告発の行為をすることによっての自分への罪を自分に対して同じように私が断罪することになるのです。
告発をした人間が、人を断罪した人間が、実際光の中を生きていくことはできると思いますか。
他者の中に罪を見つけた人間が、自分の中には同じ罪は存在しないと信じて生きていくことができ得るのか、私は素直に疑問を感じます。
スノーデンは「彼らが恐れるのは光です」と言いました。私はそれを読んですぐ、ああ彼自身が恐れているものが光であるということに、当時はなんとなしに納得しましたが、今では涙さえ出てきそうな想いで、彼を親しみ深く感じることができます。
私たちは、光を恐れる存在として成り果てた存在になったのです。
何故ここまで黒光りするような闇の淵に落ちたのか、それは私の場合、ただたんに本当に苦しいものを目にしたからという、それだけではないだろうと思いました。
私はその前に、最も愛する存在である彼女を疑ってしまった自分に対して、自分を赦す可能性を持つ自分自身を、とても暴力的に殺し、殺しても殺しても蘇ってくる自分をそれからずっと殺し続けているからなのだと、そう感じてならないからです。
私はまるで彼女が私のお金欲しさに身体を売る目掛け情婦なのではないかとふと疑いましたが、それはそっくり私の自分に対する疑いと嫌悪そのものだったのです。
不正行為をするその褒美として、政府から高額の報酬を貰っている自分への不信そのままを彼女に映し込み、愚かにも彼女に嫌疑をかけたわけです。
これがどんなに馬鹿げた疑いであるか、この馬鹿げた疑いによって起きている悪夢のような現実をまったく馬鹿げたことに私は一ヶ月以上続けました。彼女の監視をです。
そうする以外まったく身動きが取れなかったのです。この悪夢を私に見せたがっているのは明らかに彼女自身だと感じました。彼女による制裁は異常なものでしたが、理解できるものでもありました。
馬鹿げたこの罪は馬鹿げた罰によって罰されるべきとでもいうように私は彼女の監視を約一ヶ月以上は続けた頃、自由を愛する彼女もついに辛抱が切れたのか、「今重要で難解な仕事を抱えているから、これが解決するまで会うのをやめたい」とメールを送ったにも関わらず、彼女は私の家に夜遅くにやってきました。
彼女はこれまでずっと冷静な交渉によって解決させることを好む人だったのですが、私が今晩もアルコールに頼って気持ちの悪さを抱えつつ重い身体を起こして部屋のドアを開けると、泣き腫らした目をした彼女が私に突っ掛かってきました。
正常ではない彼女を部屋まで引っ張っていき、水を飲ませました。
彼女は駄々をこねる幼児のように私の身体に縋りつきながら泣き喚いていました。
私は彼女に引っ張られながら彼女の言わんとしていることを必死に聴き取ろうと黙っていました。
するとようやく彼女が何を叫んでいるかを聴き取れました。
彼女はずっと私に、私をどうか赦して欲しいということをひたすら叫んでいたのです。
私はなんで彼女がそんなことを言う必要があるのか理解できず、君は何も悪くないということを言いました。
すると彼女はお願いだから私を捨てないで欲しいということをしっきりなしに私に言いました。
私はその時ようやく思い出したのですが、昨夜そういえば決定的なメールを彼女に出したことをすっかり忘れていたのです。NSA局員であることを黙っていたということから、すべての私の見たもの、馬鹿げた疑いを持ったことに対する彼女への謝罪、そしてもう二度と私たちが戻れないところに来てしまったことを長いメールで送ったことを思い出しました。
彼女はあの相手の男に対してなんの感情も持ち合わせていないこと、私の疑いによる彼女の苦しみを表現して、私に見せて自分の苦しみを解って欲しかったのだということ、男には金を払って、熱演を頼み込んだのだということ、自分の愛は何も変わらないということを涙を流しながら必死に私に話しました。
私はその話を、どれもとてもじゃないけれど信じられませんでした。
彼女は嘘をついていると、それも全部嘘であると、そう感じました。
私は気を失いそうな感覚の中で薄ら笑いがこみ上げてきてしょうがありませんでした。
全てが演技、彼女の男を触る指の滑らせる動きの速さも、恍惚な表情を浮かべて上げる甘い熱を帯びたロリ声も、男の舌と絡み合わせたあの舌の引き攣りかけそうな曲線も全て、演技だとでも言うのだろうかと、私は信じたくありませんでした。彼女を一生失ってでも。
私は彼女の私の腕を強く掴む手を力ずくでひっぺ剥がし、ベッドの脇に転がっていたウォッカのボトルに口をつけて残りを全て飲み干すと彼女の前で声を出して笑いました。
そして笑いながら「絶対に戻れない、戻るつもりはない」そう彼女に告げました。
そして座って彼女を引き寄せて強く抱き締めたあと、涙を流しながら「ぼくは君に感謝する。さよなら」と言いました。
彼女は絶望的な表情を浮かべながら何十分間か、じっとしていましたが、ふいに立ち上がると静かにドアを閉め、私の前から立ち去りました。
私はまた自分への疑いを増やし、卑屈な笑いの中に彼女も彼女自身を疑ったことに気づきました。
唯一つ違うのは彼女はそれでも私(彼女)を信じようとしましたが、私は最後の最後まで私(彼女)を信じることはできなかったということです。
自分(相手)を信じることが光であり、信じられない私は闇に属し、私がこの闇のみなもに自分の罪を浮かび上がらせたとき、やはり光を恐れました。まだほんの序の口しか罰されてはいないであろうこの罪が光によって明るみに出ることが恐ろしくてなりませんでした。私はこの罪のすべてが罰され尽くすまで、光を恐れ続けるでしょう。
しかし光だけが私の罪を罰することができるので私は恐れると同時に光を求め続け、私の罪が明るみに出るように、私は告発します。

次の日から、約一週間かけて盗める限りの不正で秘密主義な政府による機密情報を読み取ってUSBメモリに保存し終えた明くる日に、国家安全保障局に私は退職願を出し、今まで世話になったことを感謝する意を伝えました。
可愛がってくれた上司が私の身を心配して、「行くあてはあるのか、なんならいくつか大手企業を紹介するが」と言ってくれました。
私は上司に向かってでき得る限りの元気な表情を見せてこう応えました。
「御気持ちをあり難く頂きます。しかし行くあては、もう既に決まっています。ここの、すぐ近くです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Crystal Castles - Kept (Music Video) HD

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

告発者

「ほんとうに、馬鹿げてると思う。あなたのやったこと。わたしは」

愛するがゆえに、まるでこの疑いは底を失った海なのです。暗黒の。
わたしは愛するエドワード・スノーデンとの心と心、魂と魂、霊性と霊性の対話を行った。その記録を此処に残す。


「率直に言いまして、あなたは本当の目的というものを我々に打ち明かしていないと思います。我々はそれを知る権利があります。違いますか。
あなたの罪はこの理由からとても重い。解りますか」

 

 

e,s「わたしはあなたに、本当のことを言います。信じてほしいと言いません。ですがどうか聴いてください。わたしの本当の目的を、わたしは確かに黙っていました。それはすべてを騙すためではありませんでした。それは、言う必要のないことだとわたしが判断したからです。わたしの本当の目的とは、あなたにはきっと理解できないことだと思います。わたしはこの目的を誰一人に理解して欲しいという気持ちがありません。わたしは、その興味がないのです。これは広義において、わたし以外の存在に興味がないということに値するとあなたは思うかもしれません。事実、そうではありません。わたしは何者でもないのです、わたし以外の。わたしはわたしだけの興味に関することを続けることに対してどのような障害もあってはならないと思いました。それはわたしという個の生命が生きるためだけに必要とする誰にも奪われてはならない権利だからです。わたしはそれをわたしの生命を懸けても護る必要がありました。いえ、わたしはわたしの自由をわたしの生命以上のものであると思っています。わたしの自由とは、わたしの生命以上の価値があるものなのです。わたしはそれを失ってもなお、生きつづけることは不可能でした。どのような拷問を政府から受けようと、権力者がわたしを苛めようと、わたしの生きる目的すべてを誰かの手によって粉砕されることが赦せませんでした。わたしの言葉、わたしの行い、わたしの信念がわたし以外のすべてに嘲笑されてもわたしは構いません。わたしが護りたいものは、わたし以外のところに価値はありません。それはあなたにとっても無価値です。だからあなたの言いたいことは理解できます。わたしはわたしにとってやるべきことをやったまでです。それがあなたや他の人にとっては可笑しなこととしてやるべきでないと思われてしまうのは仕方がありません。わたしには、生きる道はほかにありませんでした。わたしの生きる道とは、わたしの存在、わたしの生命そのものです。わたしはわたしの生命を失って生きるすべが見当たりませんでした。わたしはわたしのこの告発によって、誰を悲しませ、誰を一生の恐怖に怯えさせ、誰の職を失わせ、誰を軽蔑と嘲笑の的に陥らせたかを知っています。わたしは利己主義者であり、偽善者です。わたしはわたしの正義の為にNSAの監視機密を全国にリークしたわけではありません。尤も、わたしの正義とはわたしの生きる為に存在していますが、それが同時にあなた方の正義とはならないことを十分承知です。わたしはこのように世界中から疑われ、世界中から死を願われています。わたしのように悲しい男が、他に存在するでしょうか。わたしはまるで現代のイエス・キリストだとある地域では言われました。どのような拷問も死をも恐れず人間がいかに達しようとして達することのできない大義の上に自らを犠牲にした存在であると。わたしはそれを聞きながら心の奥底で嘲笑っていました。自らをです。とても、しょーもないと思いました。わたしは自分だけを愛しています。でなければどうして家族や恋人を死ぬまで続く恐怖と不安の底へ打ち落とせたでしょう。わたしはわたしだけを愛するのです。わたしだけが、わたしの神による愛の恩恵を受けるべき存在です。わたしはわたしがこの世で一番哀れな男であると思います。いえ、そうであるべき存在がわたしという存在です。それがゆえに、わたしはわたしの最も愛するわたしの神の愛を受けるに値する存在として存在し得るのです。わたしという存在はわたし以外の誰の存在でもあるべきではありません。わたしはあなたを心配と不安と恐怖の底へ突き落とすためにリークしたわけではないということです。わたしはただわたしという存在への忠誠のためにリークしました。わたしの自由は、わたしの存在する前提として決して失われるべきものではなかったからです。わたしは、存在し得るべく、存在しているからです。わたしはネットワークの中に生きています。ネットワークとはすべてと繋がるために在るものです。わたしという存在はわたしがすべてと繋がる方法において恐怖や不安や心配を抱くことがあってはなりませんでした。それは、必要なかったのです。わたしがハッキング技術に長けていたのは、この恐怖を逆手にとってそれはなんでもないものであるのだと自分に見せようとしたからです。しかしそれは逆効果でした。わたしの恐怖が現実として起こっていることをまざまざと自分の技術によって見ることができたからです。世界中が、わたしを一日中監視している恐怖の錯覚に陥りました。それは今でも続いています。わたしが息絶えるまでその恐怖は続くでしょう。これがわたしの罪科です。わたしはわたしを救うために、いかなるものも犠牲にしようと決心しました。わたしの生命も、わたしの耐え難い苦痛さえも。犠牲にしました。ある人はわたしを悪魔崇拝者だと罵りました。すべてを犠牲にして自分の魂さえも悪魔に売り払った男だと。しかしわたしに言わせれば、崇拝する対象が崇高であると信じ切ることに、何故悪魔か神か、隔てるのか解りません。わたしを苦しめるのは悪魔であり、わたしを喜ばせるのは神です。わたしはわたしを苦しめるであろう犠牲を悪魔に払い、神への忠誠に死ぬことを決意したのです。わたしはいかなる苦しみがわたしに与えられようともわたしの喜びは神のもとにあります。わたしに、わたしの骨髄に刻み込まれる罪科が何一つ見受けられないのならば、わたしの前に現れる悪魔の微笑をいつまでも眺めていられることでしょう。どこかの檻にわたしが閉じ込められているわけではありません。存在しない檻の中にわたしが見つけた宝物とは、ネットワークです。わたしはネットワークの中に生きようと決意し、この存在しない檻の中へ入り中から鍵をかけ、その鍵を檻の外へ放り投げました。一人の権力者が偶然そこを通りかかり、その鍵を拾って背広の内ポケットに仕舞い込み、黙って立ち去りました。この檻には屋根も壁もありませんが、この身の髄を凍らせる雨が染み渡っても、黒く不気味な暴風がわたしの全所持品を持ち去っても、わたしは快適です。自由をやっと手に入れたのですから。わたしだけの自由を。誰にも邪魔をされない、わたしだけの世界を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Crystal Castles - Violent Dreams

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベンジャミンと先生 「擬態」

今日は学校はお休み。

先生のおうちにベンジャミンは昼前にやってきました。

ピンポーン。

先生がドアを開けるとベンジャミンがいつもの屁を少し我慢しているような顔で突っ立っている。

「お、ベンジャミンか、なんの用だ」先生があくびをしながらそう言うとベンジャミンは眼鏡が若干ずり落ちたままこう言い放った。

「先生!ぼく、今日すごい夢見ちゃったんだ。先生、どんな夢か知りたい?」

「おお、それは聞きたいね。しかしその話を聞く前に先生は腹が減ったから先に朝食にしよう。さあ上がりなさい」

ベンジャミンは今すぐに話したいのに先生は僕の話よりも食欲を優先する、そんな先生に大いに不満を持つがそれでもぼくはそんなことを先生に気遣って顔に出さないかといえばそんなことはなくぼくはとっても純粋な少年だから素直に顔に出すんです。そんなぼくのことが先生も好きですよね?という顔でベンジャミンは先生の顔を見た。

先生はそんなベンジャミンの顔を一瞥してふぅ。と一息ついてから朝食を作り出しにキッチンへ向かった。

先生が朝食作ってる間に夢の話を忘れちゃったらどうしよう。という不安な顔でベンジャミンは先生の側をうろちょろをした。

先生は実にそんなベンジャミンが邪魔で何度も身体がぶつかっては「ったくこの三月ほどで見る見るうちにでっかくなって邪魔で仕方ない」と思ったがそんなことは言ってもすぐにベンジャミンから眼鏡をくっと中指で持ち上げ「自然の掟ですからね」と返されるのがわかっているのでいちいち口には出さないが、図体のでっかくなっていく生徒たちに囲まれて先生の心はどんよりとしていくばかりだった。

 

先生は菜食なので朝食はどんな色とりどりの野菜が並ぶだろうとベンジャミンは予想したが先生が出来上がったのをテーブルに置いたものを見てベンジャミンは唖然とした。

なんだかきちゃない黄土色のどろどろな物体がそのままボウルの中に詰め込まれていたのだった。

「先生、なにこれ?」とベンジャミンが問うと先生は

「なにって、シッチューじゃないか、鼻と目の感覚器官でもってこれがなにかすぐにわからんのか」と言った。

「こんなきちゃない感じのシッチューなんて見たことないよ」

「うるさいよ、おまえの話を早く聴くために材料を刻む代わりにフードプロセッサーに全部かけたのに、それはないだろう。さあ早く座りなさい。お祈りをしよう」

ベンジャミンはそそくさと椅子に座ると先生と一緒に目を瞑って手を組み食事の前のお祈りをした。

確かに匂いはクリームシッチューで朝食は2時間前に済ませたが食欲が沸いてきたのでベンジャミンはどろどろなシッチューをたくさん食べた。

「先生はあれだよね。見た目に反して味は結構イケル料理を作るのが得意だよね」

「そうだな。そういうおまえは褒められてんだか貶されてんだかわからないようなことを言うのがベンジャミンは得意だよな」

「うん。ってなんで最初に”おまえ”ってぼくを指していったのにもっかい”ベンジャミンは”って二回同じ意味を言ったの?」

「知らないよ。おまえはまったく細かすぎるんだ。ベンジャミン」

「ほらまた言ったよ」

「ほら夢の話を忘れてしまうぞ。早く話しなさい」

ベンジャミンはハッとして「そうだった!」と言った。

「ええっと、あっ、そうそう、こんな夢だったんだよ先生!」

「どんな夢だ」

「ええとね先生、ほんとにすごい夢なんだ。ええと、こんな夢だよ!ぼくはね、ぼくは、そこにいる。そして何かに視線を向けているんだ。それは、ミノムシなんだ。それは遠いような近いようなところに中空からぶら下がってるんだ。けっこう大きなミノムシだよ。で、そのミノムシの中がねぼくには見えるんだ。中の様子をぼくは離れてるような近づいているような場所から見ている。するとね、そのミノムシは普通と違うんだよ。とても…きもちわるいんだ。なんでかっていうとね、そのミノムシは一匹のミノムシじゃなかったんだ。何匹も何匹もの小さなミノムシかどうかもわからない虫たちが寄り集まってそのミノムシの形を作っていたんだよ」

「ほう、擬態だったわけか」

「先生、ぼくより先にこの話の一番の肝心な言葉を言わないでよ」

「悪かったな、続けなさい」

「その小さな虫たちがうようよと動くものだからそれが見えてるぼくと兄は「ちょっと気持ち悪いね」って言ったんだ。言い忘れてたけど、側にはぼくの兄がいたんだ。そして、その小さな虫たちが形成しているミノムシは千切れて下に落っこちちゃうんだよ。普通は虫の身体が真っ二つに千切れるなんてとてもグロテスクな光景のはずなんだけど、ぼくらはそれがただの小さな虫たちの分離に見えているから、グロテスクには思わないんだ。で、そのあと何故か視界は一変して大きなカバが上から落ちて下にある岩に伸ばした前足と後足をべったーんってなって、すごく痛そうで可愛そうな場面に切り替わって夢から覚めたんだ」

「なんで虫からいきなりカバになったんだ」

「わからないよ先生。夢はいつでもへんてこなんだもの」

「そうだな。ベンジャミンは人の倍へんてこな夢を見てるだろう」

「そんなことないよ先生。先生はエロい夢ばかり見てるよね」

「見てないわ。先生を侮辱して恥辱を与えるんじゃない」

「汚辱ならいい?」

「だめだ。屈辱もだめだ」

「次ぎ言おうと思ったのに」

「ははは。さあ夢の話に戻るぞ。その夢は本当に面白い夢だベンジャミン。その夢はまさに真理を表している。さすが俺の教え続けてきた愛弟子といったところだろう」

「なにがどう真理なの先生?」

「ってわからんのか。俺の教え子ベンジャミン。真理そのものだよ、それは」

「擬態が真理なの先生?」

「そう、擬態だ。この世の全てが擬態だ。そしてその夢が真理をうまく表現できているのはその擬態はミノムシの殻のようなものによって隠されているからだよ。真理は隠されているんだ。人間が目にしているのはミノムシの殻か、または中の幼虫だろう。しかし本当はその幼虫は存在しない。それは違うものの集合体によっての擬態だからだ。その集合体を人間はミノムシという生物と呼んでいるに過ぎない。この世に存在するあらゆるすべてがそうなんだよベンジャミン。目に見えるすべてから目には見えがたい全てまで。おまえがいつも無意識で吸っているこの空気すら、ほんとうは存在しないんだ。すべてが原子の集まりによってできている。原子とは物質の最小単位の言葉だ。最も小さい物質を表す。ほかにも分子や素粒子などという言葉を作り出しその物質を人間は捉えようとしているが、そんな区別は先生の中では必要ない。もっともちいさな物質を原初の子として原子とするのがわかりやすいから先生も一番小さな物質を原子と呼んでいる。目には見えないものもこの原子からできている。原子の集合体であるすべては擬態であるからその原子が離れてしまえばすべては存在しないものになる。おまえを形成している原子が崩れ落ちればおまえはたちまち消えてしまう」

「先生、それが死なの?死ねば生物は塵となるよ。小さな物質になってその塵はまた何かを形成するの?」

「そうだ。でも塵でさえ、原子よりもずっと大きな物質で形成している。原子たちが離れてしまえば塵も消える。塵もこの世には存在していない」

「それじゃこの世には原子だけが存在してるの?」

「原子はただの人間が想像している一番小さな物質体のことだよ。その原子は何で作られているかを考えたらいい」

「原子は何で…?それは、物質じゃないもので作られているの?」

「そうだ。一番小さな物質よりさらに小さくするには物質でなくならねばならない。もはやそれは物質ではない。ではなにか。この世の全てが物質でできているのに、物質でないものとは一体なんだろうベンジャミン」

「う~ん。存在しないもの…?この世で無が一番小さいよ、ゼロなんだもの、ほんとうの0」

「そのとおりだベンジャミン。数学が真理を表しているな。ゼロが一番小さな形態だ」

「何もないのに形態なの?」

「ああそうだ。ゼロという形態。人間に理解し得る”無”や”空”といったもののことだよ」

「物質でもないし、なんにもないのに無という形があるなんて面白いね先生」

「本当に、この世界は考えると腹の底が気持ち悪くなってくる。考えるよりは感覚で捉えなくてはならない」

「でも無なんて先生、存在しないんでしょう?」

「そうだ。ベンジャミン。先生の教えがしっかりと根付いているな。無はないんだよ。無は存在しない。なんにも無いのだから」

「本当にこの世界にはなんにもないんだね。無ですら無いなんて」

「ああ実にさっぱりとした世界だよ。究極のすっからかんだ」

「それなのに、この地球上はなんだかごちゃごちゃとしまくってるね」

「そう見えるだけだよベンジャミン。それはすべておまえが見ているホログラムなのだよ」

「この世の全てはホログラムなの?」

「ああそうだ。幻想とホログラム。同じものだよ。それはおまえの心のすべてもそうだ。もちろん先生の心もだ」

「ぼくの心も先生の心もホログラムなの?」

「そうだよ。それは存在していない。最も小さなゼロという存在しないものの集合体で現れているだけのもの。人間の感情や意識もすべて存在しないものによる擬態なんだ」

「でもどうして存在しないものが集まるといろいろな形になったり意識になったりするようになるの先生?」

「さあそれは先生もわからない。そういう仕組みだとしか言えない」

「本当に不思議だ。あっ、ぼくの夢からの教訓で言いたかったこと。この世の全てのグロテスクなものは実はグロテスクさを装った擬態であるってこと」

「そうだな、もともとはグロテスクでもなんでもない。すべての不快なものからすべての美しいものまで、それはただ擬態によって装っているだけに過ぎない」

「無が擬態をするんだね」

「そうだな。無は擬態を行う仕組みになっている」

「先生。ぼくはとてもグロテスクなものが苦手なんだ。それは生物の苦しみの象徴だから。でもグロテスクさを装うには何か理由があるのかな」

「理由があるかどうかは、おまえ自身が決めればいいんだよ。本来は理由も意味も無いところから始まっている。なんにもないところにまずは額縁を持ってきて、ひとつもピースが置かれていない真っ白な額の中にひとつずつおまえが自分の好きなピースを置いていけばいい、そしてそれを組み合わせていけばいいんだよ」

「ぼく以外のところには理由も意味もないの?」

「そうだ。この世界はおまえ自身が神になるしかない。おまえが想像して作り上げる創造世界なんだ」

「ぼくはみんなが幸福になるような世界を創造したい」

「真に良い願いだな。その願いは叶うだろうベンジャミン」

「先生、今日先生が作った得体の知れない物体のシッチューもなんにもないものの集合体で擬態なんだと思えば全然平気に感じられるようになったよ」

「さすがグロテスクなものが苦手な俺の教え子ベンジャミンの導き出した希望溢れる光ある思考だ」

不自然

僕は仮面乱交パーティーへ参加したことがある。

そのパーティーは、みな服をしっかり着ながら乱交に及ぶんだ。

女はスカートの下は何も履かず、男はズボンのチャックを下すだけで事をこなす。

顔もわからなければどのような体をしているかもわかりづらい。

ただ性器と性器が擦れ合うことだけによる快感と、見られているという興奮だけで充分なんだ。

僕が22歳の時だったんだけど、僕は童貞で女とキスもしたことがなかったし、好きな女の手を握ったことさえなかった。

僕の家は厳格なクリスチャンの家で成人になるまでは異性と付き合うことも許されなかった。

自慰をするときは、女性の裸体や性器などを思い浮かべて行ったことはないし、ましてやポルノグラフィックやビデオなどはもってのほかだった何故ならそれは聖書の教えに反する行いだからだよ。

イエスが言った言葉にある。

「だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです」

物心のつかない頃から聖書の教えを絶対的と育てられた僕はプログラミングされた姦淫=情欲を抱いて女を見ること=罪という設定を覆すことはできない。

はっきり言うが、できないんだ。

僕はただ烈しい罪悪感に苦しみたくなかった。だから僕が自慰するときはいつでも抽象的な何か女性っぽいもの、一番良かったのはアワビだったけれど、一番長く快楽が続いたのはユリの花だったし、一番幸福感を伴ったのはパンパンに膨れ上がった牛のおっぱいだった。

一応言っておくけど、獣姦しようとしたことはない。

女に情欲を抱くことが罪だから、僕はいつも女の身体を見ることを避けて暮らしてた。

それでもふと視線を向けたところに露出度の高い女が歩いていたりすると、瞬間的に股間に鈍痛を覚えなくちゃならない。すると普段は温和で優しく冷静な好青年で通ってる僕が「ガッデム!」と叫びながら走ってってその女のどたまを拳骨で殴りつける。その度に父親から冷ややかに見下してるような静かで静かな説教を食らうんだ。

ほんとに気持ち悪い。僕自身が。

嫌気がさしたんだ。本当に罪深いことをして、自分に罰が降りるといい。そう思ったんだ。深く思った。

僕がその為に利用した仮面乱交パーティーは、僕の想像をすべて超えたものだった。

サタニストたちの暗黒の呪術に基づいた命を懸けた儀式だったんだ。

これに参加したら僕は終わりだと思った。

大袈裟に聞こえるかも知れないが、存在するすべての終末がここに存在していると感じたんだ。

それを知った頃ちょうど僕の学校に入学してきた女の子に恋をしだした。

彼女を見た瞬間に情欲が湧いてきてしまうから、僕はできる限り見ないようにした。

ある日彼女と図書室で、偶然会った。僕が梯に上って取ろうとして上から落としたユゴーの本を彼女が拾ってくれて、それを受け取るときにほんの一瞬彼女の指に僕の指が触れた。

僕は言葉を詰まらせてしまって、お礼も言わずにその場を立ち去って、我慢できずに校内のトイレの中で自分の一物を懸命に扱いた。そのとき浮かべたのが何故かなめことイソギンチャクの交尾だった。自分でもよくわからないが、それが一番何か、彼女の生々しさの現実的な欲求の具象化の脳内イメージとなった。

僕はとっさに、自分の部屋に着いた瞬間、「アイムクレイジー!」って叫んだけど、そのすぐ後には本当に狂ってると思うならそんなこと口に出して言うものじゃないって確信した。

馬鹿げてるよこんなこと、自分の行いが、すべて、嫌になった。

終わりにしてしまえばいい、そう思ったんだ。あの儀式に参加したら、きっとすべてを終わらせることができるとそう思えたんだ。

でもその儀式は僕の想像してるより、ずっとおぞましいものだった。

それは狂気を超えた何かだった。

そこにいるのはみな人間ではなかったし獣でもなかったし、神でもなかった。

僕の今ある価値観がまるで死に絶えたようにピクともしなくなる世界がそこにはあった。

僕はショックのあまり放尿と脱糞をして気絶してしまい、気づくと薄暗い部屋のベッドに寝かされていた。

体は綺麗になっていて、裸だった。

僕は起き上がって、窓の外を眺めた。

濃い霧の中に森があって、奇妙な鳴き声で鳥が鳴いていた。

霧と同じ色の空があって、境界はわからなかった。

僕は彼女のことを真っ先に想った。

あの儀式に参加してしまえば、もう彼女に会うことも許されない。

僕は今頃になって、彼女の胸に僕の好きなバタイユの本が抱かれていることを思い出した。

どこまでも深い霧を抜けても、もう彼女の元へは戻れることはないのだと感じた。

何かを知ってしまうだけの罪が、とてつもなく重い罪であることを僕は初めて知った。

あの儀式を知っているだけで、後戻りは不可能なほどに、それは人間の誰も知らない原初の罪なのだと僕は味わったことのない凍り付くような火をともす太陽が胸に宿っている感覚を覚えた。

不自然に凍る海に沈んだ青く照らす太陽を見つけてしまえば、最早、空を見上げる必要などない。

僕が見つけてしまったもの、それは不自然という抗えない新しい神だった。

僕の知らない愛がそこにあったことは確かだ。

それは自然を超えた超自然ではなく、不自然な愛だった。

僕はその儀式を行うことはしなかった。

少し離れた場所からぼんやりといつも眺めているだけでいつも射精に到達できた。

そして何度目かに、ぼんやり眺めながら、僕はふと気づいた。

何故、これが不自然であったのかを。

乱交に及んでいる者が被っている面は男も女も、すべてが、僕の顔をした面だったからだ。

新しい神は、いま、不自然に僕に微笑みかけた。